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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
運命に祝福を

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過去を語る④

 その町で俺達が宿泊していた部屋は4人部屋だったのだが、結局俺は自腹で部屋をもうひとつ取った。メリア人の、しかも病人を泊まらせるとあっては宿屋の主人もいい顔はしなかったのだが、そこはもう金で黙らせた。

 元々仕事仕事であまり金を使う遊びもしない俺にはある程度の蓄えもあって、なんで自分はこんな事をしているのか……と思わなくもないのだが、彼等の人となりを知ってしまえば、俺はもう彼等を無碍に扱う事ができなくなっていたのだ。

 メリア人を嫁にもらった兄の事をとやかく言えない状況に、俺は苦い気持ちを抱えながらそれからの数日を姉弟を見守って過した。同僚にも怪訝な顔をされたのだが「少し気になる事があって……」と誤魔化すと「お前までハニートラップにやられたか」と苦笑された。


「別にそんなんじゃない」

「だけど姉の方、よく見れば意外と綺麗な顔立ちをしている」

「彼女をそういう目で見るな、弟に刺されるぞ」


 俺は同僚にそんな忠告を投げて姉弟の部屋を訪れる。部屋の前に立つと、綺麗な歌声が聞こえた。どこか懐かしいような穏やかな歌声。それは姉の歌声だろうか、俺はその歌声に聞き入った。故郷を思い出させるようなその歌詞は郷愁を帯びて、少し物寂しげなのだが心に残る歌声だった。

 歌声が止み、俺は部屋の扉をノックする。部屋に入ればベッドから起き上がり綺麗な笑みを見せる姉と、その前に陣取ってこちらを睨み付ける弟リアン。


「リリス、だいぶ顔色が良さそうだな」

「お陰様で、ありがとうございます、リクさん」


 姉の名前はリリス、リアンは姉の名前を教えてはくれなかったので、結局目を覚ました本人に直接聞いた。

 体調が回復し顔色の良くなった彼女は同僚の言う通りずいぶん綺麗な顔立ちの娘だった。


「この調子でしたら、たぶん数日中には動けるようになるかと、本当にありがとうございます」


 ベッドの上に起き上がり、きちんと座りなおして姉は頭を下げる。彼女は本当に非常に真面目で実直な人柄だった。メリア人は嘘吐きで柄が悪い、そんな判で押したようなメリア人のイメージはすぐに消し飛んだ。


「けれど、こんなに良くしていただいて、このご恩を返せるのかがとても不安です」

「あぁ、金の事なら気にするな。こっちが勝手にやっている事だ。それよりもお前達に聞きたい事がある」


 俺は何もない部屋の弟の方のベッドに腰掛け、2人を見やる。


「リアンから聞いた。お前達は騙されてここ、ランティスへとやって来たと。その詳しい話を聞かせてくれ」


 俺はとても引っかかっているのだ、リアンの言う事が全て真実とは限らない、けれどその話を聞いてしまえば不法移民がランティスへとやってくるのはメリア人側にだけ問題があるという訳ではないように感じるのだ。そこには明らかに手引きをするランティス人の存在を感じる。


「詳しい話……?」

「あぁ、お前達に起こった事を全部、俺に聞かせてくれ」


 姉リリスは戸惑ったようにこちらを見やる。


「何故そんな事を?」

「我が国ランティスでは現在メリア人移民の増加に苦慮している、俺はそういったメリア人は生活困難で流れて来た者達だけだと思い込んでいたが、リアンの話を聞けば、どうやらそればかりではないらしい。リアンは騙されて我が国にやって来たと言い、できるならば帰りたいと言う。それは言ってしまえばこちらとしても願ったりな願望だ、けれどそれができない事情というのを俺は知りたいのだよ」


 姉リリスは躊躇うような表情を見せ、しばし逡巡する。


「何か話せない事情でもあるのか?」

「これは、移民を斡旋してくれている仲介業者に誰にも話すなと口止めされている話でもあるのです。お前達が話す事で助かるはずだった者も助からなくなる、と……」

「姉ちゃん、そんなの悪い奴らの常套句で、そんな人間いやしないよ。悪事が露呈するのを恐れてるだけの口止めだ、今更そいつ等の言う事を真に受けるのはおかしい」

「だけどリアン、そうやってこの国にやって来て、生活ができるようになった人も何人もいるのよ」

「ほとんどが奴隷契約みたいなものじゃないか。主人に媚びへつらって取り入った、自分の無い奴等ばっかりだ」

「リアン……」


 リリスは悲しげな表情で弟を見やる。


「それでもそれがメリアで暮らす事よりマシな生活なのならば、それは彼等の選択で私達に口出しできる事ではないのよ、リアン」

「オレは嫌だ。そんな風に使われ、蔑まれるだけの生活なんて真っ平だ!」

「ふむ、確かにランティス人にはメリア人に対するあまり良くない感情がある。けれどそれは差別というより自国民と他国人との区別であって、メリア移民が我が国に悪さをしなければここまで悪化する事もなかったのだぞ」

「やらせてるのは、ランティス人だろ!」

「何をだ? 我が国の人間は排他的ではあるが基本的には大らかで、自分達に害がなければそこまでお前達に悪感情を持つ事はなかったはずだ」


 「あんたは何も分かっていない」と弟リアンはまた俺を睨み付ける。


「悪事を働かせているのはランティスの人間なんだよ。メリア人を矢面に立たせて裏でそいつ等を金で雇ってるのはランティスの奴等なんだよ! 移民になってランティスに来た人間なんて基本的に金なんて持ってない、生活の為に使われてる、使ってるのはあんた達ランティス人だ!」


 驚いて声が出ない、それは本当の事なのか?


「私達、不法移民はメリアに帰る事ができません。ほとんどの人間が仲介業者に自分の国籍を売り渡してしまっているからです。そのお金で私達はここランティスへとやって来ました、そしてメリアには私達になりすました人間が今も普通にメリア人として暮らしているはずです」

「な……え? どういう事だ?」

「オレ達の存在自体を奪われたって事だ、オレ達はもう今はどこにも存在しない人間、幽霊と同じだ。そんな人間を一体誰が信用する? メリアには帰れない、ここでも暮らしていけない、だったらどう暮らせばいい? オレ達は金をくれると言うのなら犯罪にだって飛びつくさ」

「リアン、それだけは絶対に駄目、お姉ちゃんそれだけは絶対に許しませんよ」


 穏やかな物腰の姉リリスの真剣な声音に弟リアンは「……分かってる」と不貞腐れたように頷いた。こんな生活環境で尚、彼ら姉弟は誠実であろうとしているのだと、俺はそれに驚いてしまった。

 生きるか死ぬかの瀬戸際だ、それでも犯罪だけは駄目だと踏み止まっている、そんなメリア人もいるのだ。自分達はそんな人間も纏めて一括りにメリア難民として町を追い出した。酷い事をしているのは一体どっちだ? 何故こんな事になっている?


「その仲介業者、どこにいる?」

「分かりません、ランティスに入国してしまえばもう、彼等の仕事は終わりですから。けれど、その仲介業者に繋がっている人はきっとこの町にもいるのでしょう。私達は人手の足りない場所へ安い労働力としてこの辺りをたらい回しにされている状態です。今度は少し先の町に口利きがあったようで、皆我先にと向かって行ったはずです」


 確かにメリア難民は驚くほど素直にこの町を出て行った、既に次の行き先は決まっていたという事なのか? けれどそれでもひとつの町であれだけたくさんのメリア難民は受け入れられない、そしてまた俺達は駆り出され、彼等を追い出す、そういう仕組みが出来上がっている?

 俺は眉間に皺を刻む。俺の知っているメリア難民の話と食い違いが多すぎる。これはどういう事だ? けれど俺が知っているのは所詮ランティス人側からもたらされる情報で、メリア人からこうやって直接話しを聞いたのは初めてだ。

 自分はメリア人とこうやって接する事もあったはずなのに、今まで彼等の話と言い分を聞いた事など一度もなかった。

 彼等の話に耳を傾けるような内容など何もないとそう思っていた。

 それから俺は各所に派遣されるたびにメリア人を捕まえては、彼等の話を聞いて回った。確かに、メリア人は嘘を吐く事も多かったのだが、その話は概ね類似していて、その仲介業者というのは確実に存在しているのだと俺の確信は深くなった。

 けれど一方でこの話を同僚や上司に語ってみた所で、誰もが「お前はメリア人に騙されている」と笑うばかりで俺の話を聞いてくれる者はほとんどいなかった。



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