過去を語る③
「姉ちゃんの名前は?」
「何でそんな事聞くんだよ、関係ないだろ!」
「呼び名が分からなければ、呼びにくいだろ」
「呼ぶ必要ないだろ、姉ちゃん助けてくれたのは有難いけど、オレはまだお前を信用した訳じゃない! そもそも何だよ! オレ達だけを特別扱いにはできないって言ったのはお前の方だろ!」
「まぁ、そうなんだがな……」
正直自分の行動に自分でも戸惑っているのだ。
「お前の姉ちゃん、オメガだろう……?」
瞬間リアンの顔色が変わって、姉を隠すように俺の前に立ち塞がった。
「お前、アルファか!」
「お前はベータか、オメガの姉にベータの弟か……他に家族は?」
「オレには姉ちゃんだけだ! それよりも姉ちゃんに指一本でも触れてみろ、ただじゃおかねぇからな!」
「家族はいないのか。身寄りもいないのになんでランティスに来た? お前達の言動を見ていると、その辺のメリア人よりは躾がいいように見える、元はそれ程困窮した生活をしていた訳ではないんじゃないのか?」
オメガの娘、恐らく両親はバース性。娼婦にオメガは多いと聞くが、彼女からはそんなすれた女の匂いはしない、この目の前の少年にしてもそうだ。
親族にアルファがいる家庭は大体が一定の以上の成功を収めている事が多い、それはメリアでも同じだろう。彼等は他の不法移民とは違う、俺はそんな気がしていた。
「騙されたんだよ! お前等ランティス人はオレ達メリア人を嘘吐き呼ばわりするけどな、お前達の方がよっぽど酷い嘘を吐く。メリア人が嘘を吐くのは生活に困っているからだ、そうしていかないと生活できない。だけどお前達は違う! 奪う為、自分達の益の為だけに平気で嘘を吐く、ランティス人の方がよほど嘘吐きだっ!」
「その言い草、まるでランティス人に騙されたような言い草だな」
「そうだよ! オレ達はランティスの奴等に騙されたんだ! 両親が事故で死んで、それでも姉弟2人で慎ましやかに暮らしてたのに、あいつ等はオレ達のそんな小さな家を奪って追い出した。オレ達が食うに困っていたら仕事を斡旋してやるって言って連れて来られたのが、ここランティスだ。ランティスは裕福で食うに困らないって聞いてきたのに、着いてみたら仕事は重労働なのに大した給金も与えられずにこの有様だ。メリア人は安い労働力、だけどメリア人がどんどん増え過ぎると困るんだろ。だからお前達が呼ばれてオレ達はこうして何の保障もなしに追い出されるって訳だ。言っておくが、これが初めてじゃないからな! オレ達はもう何度もこうやって色々な町を追い出されている。オレ達だって帰りたいんだよ、でももう故郷に居場所はない、帰る旅費すらありゃしない!」
リアンは瞳に涙を浮かべて一気に捲し立てる。
「あんた、ここの町長に会ったかよ! あの強欲じじい、自分に傅く奴等だけ奴隷よろしく残してただろう、あいつの所に残った奴等は自分を売っちまった奴等だ。金の為にここの人間に取り入った、そういう生き方の方が楽かもしれない、だけどな、オレ達は奴隷じゃねぇんだよ!」
自分は直接この町の町長に会ってはいない、けれど町長に話を聞いていた上司は言っていたのだ「この町の町長はできた人間で、不法に流れてきた移民を快く受け入れていた、けれどそんな話を聞きつけた者達が大挙して押し寄せ町はこの有様。恩を仇で返すとはまさにこの事だな」と。
治安の悪化はメリア人が増えればどこでも見られる現象で、それはこちら側から見たら不思議には思わない。
「町長がメリア人を奴隷のように扱っているなんて話しは聞いていない」
「メリア人が言える訳がないだろう、言ったらこの町を追い出される。それにまた嘘吐きのレッテルを貼られるだけだ。この町のランティス人だってそんな事言いやしない、安上がりな労働力は必要な程度にこの町は過疎が進んでいる、奴隷は必要なんだ」
「信じられないな」
「別に信じなくていい、どうせメリア人は嘘吐きなんだろ!」
リアンは自嘲するように吐き捨てた。
「お前はメリアに帰りたいのか……?」
「帰れるものなら帰りたい。でも帰れない、オレ達は国境を越えられない」
「あ……? なんでだ? お前達は国境を越えてきたんだろう? 同じようにして戻る事はできるはずだろ?」
「あんた何も知らないんだな」と、リアンは俯く。
「業者がいるんだよ、不法入国させてくれるブローカー。だけど、一端こっち側に来たら、もうその後は何もしてくれない。自分達で好きにしろってスタンスで戻す事もしてくれない。オレ達はこっちに来る時に向こうでの身分証的な物全部取り上げられるんだ、こっちに来たらもうそんな物は必要ないって言われてな。だけど、それがなければオレ達はメリア人である事も証明できなくて、正規ルートでは戻れないんだよ……また同じように裏ルートで帰ろうにもそんな金はありはしない、そもそも稼ぐ事もできやしない」
そんな馬鹿なことがあるのだろうか、そんな話は聞いたことがない。
「ここランティスではこの赤髪だけでメリア人だって言われるのに、オレ達はメリアではもうメリア人扱いすらしてもらえないんだ。行く場所も逃げ場所もないんだよ。ただ搾取されて使い捨てられる家畜なんだよ……」
俺は言葉も返せず黙り込んだ。彼の言っている事の何割が真実なのかが分からない。
『メリア人は息を吐くように嘘を吐く』それはある意味ランティスでは当然の事のように語られている話で、俺は彼のその言葉をそのまままるっと信じる事はできなかったのだ。
「もし、あんたが姉ちゃん目当てでオレ達に良くしてくれようとしてるなら、オレ達はすぐにでも出て行く。姉ちゃんを商売女になんて絶対させない」
リアンはぎっと俺を睨みつける。まだ幼い身で姉を守ろうと必死なのだろう。
「お前の姉は弱っている、このまま出て行ったらそう長くはもたないぞ」
俺の言葉が真実を告げている事を悟っているのだろう、悔しげに押し黙り、それでも彼は俺を睨みつけた。俺は盛大に溜息を零す。
「言っておくが俺はお前の姉の身体目当てでお前達をここに連れ込んだ訳じゃない。オメガが生き辛いのは自分の家族を見ていれば分かるんだよ、保護してくれるアルファがいないオメガは尚更にな。その分じゃ碌に抑制剤の類の薬も買えてないんだろう? なんの警護もない無防備なオメガなんて場合によっては襲ってくれと言っているようなものだ」
「姉ちゃんはオレが守る!」
「子供に何ができる」
「今はまだなりは小さくても、すぐに大きくなる!」
「栄養足りてないガキが一丁前に偉そうだな。そう思うんなら食え」
「施しなんて受けねぇよ!」
あぁ言えばこう言うクソガキが、だから子供は嫌いなんだよ! 何もできないくせに口だけは達者で彼は俺をイラつかせる。
「いいから食え! これは施しじゃない、お前への貸しだ! 悔しかったら利子つけて返してみせろ、このクソガキ!」
「は!? 高利貸しかよ、しかも貸しの押し付けとか最悪だな!」
本当に腹の立つ……俺は無言ですくっと立ち上がり、少年の身体を押さえつけ、無理矢理口の中に出来立てのパンを捩じ込んでやる。
「うむっ、何……ぐっ」
「さっきから、腹の虫が鳴いてんの聞こえてんだよっ! 大人しく食えっ!」
しばらく抵抗していた彼だったのだが、腹に入ってしまっては、それは美味しかったのだろう、悔しそうに泣きそうな顔で、それでも「ちくしょう……」と悪態を吐きながら、パンを頬張っている。可愛げはないのだが、どうにももう放ってはおけない。
「ミルクもある、これも飲んで、ゆっくり食え」
「これ、貸しだから、ぜってぇ返すからっ、恩に着せるんじゃねぇぞ」
「分かってる」
呆れたようにそう言って、俺はこの2人をどうしたものか……と真剣に考え込んでいた。




