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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
運命に祝福を

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過去を語る②

 町の掃討作戦にはそう時間はかからなかった、元々彼等は抵抗する気もなく出て行けと言われればそうしなければならない事も分かっている風だった。


「もっと抵抗されるかと思ったんだが、意外とあっけなかったな……」


 同僚はそう言って荷を背に背負い町を後にするメリア人達を眺めている。彼等は何処へ向かうのだろう、この町を追い出したからと言って彼等が素直にメリアに帰るのかと問われれば、それはどうだろう? と思わずにはいられない。

 本来ならば保護をして、適切に母国へ送り返すのが筋なのだろうが、現在メリア王国にはそうやってランティスへとやって来たメリア人を受け入れるような機関が存在しないのだ。

 メリア人は自国では何も頼れない、だからランティスへと流れてくる。メリア王国に新しく立った王はまだ歳は若いが、その辺の事は考えている人物だと聞く。けれどその人物はあの兄嫁の弟にあたる人物だ、それが一体どれ程のものなのか、俺には分からない。

 荷を背負い、歩いて行くメリア人の中にこの町についた当初俺に声をかけてきた子供の姿が見えた。まだ幼い、歳は10歳やそこらだろう、そしてその脇には同じように荷を背負った歳若い娘が蒼白い顔でふらふらと歩いている。少年はそんな彼女を気遣うように見上げているのだが、彼女はそれに気付いたのか「大丈夫」と微かな笑みを見せた。

 けれど彼女の顔色は明らかに悪く、彼女の体調が思わしくないのは遠目から見ても一目瞭然だった。

 ふいに彼女の身体が崩れ落ちるように倒れ込む、それを見ていた俺は思わず彼等に駆け寄っていた。


「おい、大丈夫か?」

「すみません、少し体調が優れなくて……すぐに出て行くので、どうかお許しください」

「姉ちゃん、無理だよ。熱が高い、ただでさえここの所まともに食事にもありつけなかったってのに……」

「だけど、私達はもうここにはいられないのよ、分かっているでしょ?」

「そうだけど!」


 またしてもあの時感じた甘い匂いが鼻を擽る。この匂いは多分間違いなくオメガのフェロモンだ。その薫りは最初少年から漂ってきたのかと思っていたのだが、どうやらそれは姉の残り香だったのだろう、その姉からは驚くほどいい匂いがした。

 少年と少女はどうやら姉弟らしい。それにしても親はいないのだろうか? それらしい保護者は見当たらないが……


「おっちゃん、どうしても今日中じゃなきゃ駄目なのか? 姉ちゃん身体が弱いんだ、こっから先オレ達には行く宛もない、せめて姉ちゃんの体調が良くなるまでこの町にいちゃ駄目なのか?」

「お前達だけを特別扱いすれば他の者から不満が出る、悪いがそれはできない」


 元来オメガとはか弱いものだ、こんな生活環境ではこの娘もずいぶん苦労をしているのだろう。けれど自分はそれを慮る事はできても、何かをしてやる事はできない。

 少年は悔しそうな表情で俺から瞳を逸らす。


「勝手に連れて来て、用がなくなれば勝手に追い出す。ランティスは天国みたいな国だって、そんなの嘘ばっかりだ、この国に来て、オレ達いい事なんて何もなかった。メリアもランティスも変わらない、むしろ生活環境悪化して、何が天国だよ、反吐が出る」

「リアン、ごめんね、お姉ちゃんが変な人に騙されたばっかりに、お前には辛い思いばかりさせて。でも今はこの人にそんな事を言っても仕方のない事、パパとママもいつも言っていたでしょ、明けない夜はないって、次の町ではきっと屋根の下で寝られるようになるし、食事もできるようになるはずよ、大丈夫、私達には神の御加護が付いているもの」

「神様なんていやしないよ、姉ちゃん」

「いいえ、リアン。神様はいつでも私達を見守ってくださっているわ」


 そう言って彼女はふらりと立ち上がり、歩み出そうとするのだが、やはり顔色は悪いまま、数歩進んでまた崩れ落ちた。俺はその身体を抱きとめて、その軽さに戦慄した。

 よくよく見れば彼女はずいぶん痩せ細っている、それは弟も同じで、碌に食事を摂っていないのだという事は考えずともすぐに分かった。俺の中で2人の自分が言い争いを始める。


『こんな奴等放っておけばいい、死のうが生きようが俺には関係ない』

『お前はそんな奴だったのか! 目の前で苦しんでいる人間を無慈悲に放置できる、お前はそんな非道な男なのか!』

『メリア人に関わるな! 碌な事にならないぞ!』

『何人だろうが同じ人間だろう!!』


 2人の自分が心の中で問答を繰り広げていると、彼女の弟は怒ったように「姉ちゃんに触んな!」と俺の腕の中から姉を奪い取っていった。ある意味俺はそれにほっとしてしまった。


「リアン、そんな事言ったら失礼よ」

「だって、俺達の居場所を奪ったのはこいつ等だ!」

「仕方がないのよ、誰も上の人間には逆らえない。世の中には使う人と使われる人の二種類の人しかいないの、使われる人が使う人に逆らえないのはどこに行っても同じ。さぁ、行きましょう、リアン」


 弟に縋るように立ち上がろうとする姉。彼女の言う事は真実ではあるがそれはそれで何だか腹立たしい。俺は確かに使われる側の人間で、仕事でメリア人をこの町から追い出している、それをまるで蔑むように彼女は俺をも哀れんでいる。何故だかそれに腹が立った。


「待て、お前達」


 思わず制止の声を上げた。そんな事をしても自分に得など何もない、けれど俺は黙って2人の背を見送る事ができなかったのだ。


「少し聞きたい事がある、こっちへ来い」


 言って、俺は彼女の細い体を抱きあげた。リアンと呼ばれた弟は驚いたように「姉ちゃんを放せ!」と俺に殴りかかってくるのだが、所詮子供の力、それは痛くも痒くもなかった。


「お前もだ、ちょっとこっちへ来い」

「何だよ! 嫌だよ! オレ達何もしていない、お前達に話す事なんて何も!」

「いいから、黙ってついて来い!」


 姉を連れて行かれては、弟リアンもそのままその場を離れる訳にもいかなかったのだろう、しぶしぶという表情で俺に付いて来る。


「おい、リク。そいつ等どうする気だよ、面倒事に関わるな」

「ちょっと、気になる事を言っていたから尋問だ、気にするな」


 怪訝な表情を見せる同僚にそう告げて、俺は2人を連れて自分達の宿泊先へと彼等を連れ込んだ。


「こんな所に姉ちゃん連れ込んで、お前一体何するつもりだ!」


 気が付けば、少年の手にはナイフが握られている、その手は震えていて物の役にも立ちそうには見えないのだが、姉に何かするようであればそれで攻撃するという意思の現われだろう。


「ガキの癖に物騒な物を振り回すな」

「オレ達は自分の身は自分達でしか守れない」

「俺は何もしない」

「そんな事を言って嘘じゃなかった奴なんて今まで一度もいなかった!」


 少年の手も身体もがたがたと震えている。一体この幼い身で彼は今までどのような経験を積んできたのだろう。年の頃はうちの弟妹とさして変わらぬ歳だというのに彼には弟妹のような無邪気さは一切感じられない。


「俺がお前達に何か手を出すような素振りを見せたら、遠慮なくそのナイフで俺を刺せばいい。だが俺は何もしない」


 そう言って俺は彼の姉を俺のベッドの上へとおろし、額に手を当てる。彼女の体温は高く顔色は蒼白だ。下手をすれば何かの病を抱えている可能性すら否定できない。


「坊主、ここで姉ちゃん見てろ、医者呼んでくる」

「え……は?」

「そこ俺の場所だから、この荷物は漁っても構わんが、それ以外の奴のはやめておけ、命の保障はできないからな」

「人を泥棒呼ばわりしてんじゃねぇよ! そんな事しねぇ!」

「だったら大人しくそこで待ってろ」


 そう言いおいて俺は部屋を後にした。医者、それに食料だ。彼等が大人しくそこで待っているとは限らない、それこそ部屋中の騎士団員の荷物を攫って逃げ出す事だってあり得る話だ、けれどそれでも俺は彼等を放置できなかった。


 医師を連れて部屋に戻れば、彼ら姉弟は大人しくそこで待っていた。

 医師は2人の赤髪を見て、瞬間眉を顰めたのだが、それでも姉の診察をしてくれた。それは多少おざなりな物であったのかもしれないが、それでもその診断結果がただの栄養失調である事に俺は胸を撫で下ろした。


「お前達、ちゃんと食事はしているのか?」

「金がない」


 リアンはそう言って不貞腐れたようにそっぽを向く。そんな彼に買い込んできた食糧を差し出してみたのだが、腹の虫は鳴きっぱなしなのに彼はそっぽを向いたまま食料を見ようともしない。姉は疲労も限界に達したのか意識を失うように深く寝入ってしまった。



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