変わりゆく者②
その日私達は朝から祖父の家であるデルクマン家を訪れていた。祖父のバースデーパーティ、親族がこぞって集まるとは聞いていたのだが、その人数に私はカイトと共に呆然としていた。
「兄さん、これ本当に全員血縁あるのかな……?」
「いやぁ、どうなんでしょうねぇ……」
デルクマン家は決して小さな家ではない。四方をぐるりと囲むような形の屋敷の真ん中には中庭が有り、そこは常には剣の稽古場にでも使っているのだろう結構な広さが取られている。そして、今その中庭がパーティ会場として提供されている訳なのだが、決して狭くはないその庭が人で埋め尽くされているのだ。
庭だけではない、庭に面した幾つかの部屋は休憩場のような感じで解放されていて、そちらにも人が溢れ、和やかに談笑をしている人々が幾らもいた。
小さな子供達もそこら中を駆け回っているし、まさに老若男女を問わない人・人・人。
父から親戚が多い事は聞いていたし、しばらくデルクマン家に通って、幾人かの親戚は把握したつもりでいたのだが、これはもう本当に誰が誰だかさっぱり分からない。
一通り人の数に驚いた私達だったが、とりあえず本日の主役に挨拶に行かなければ……と庭の奥へと進んで行く。本日の主役はギマール・デルクマン。私の祖父である。
彼はたくさんの人に囲まれて、祝いの言葉を投げられていた。既に騎士団は引退して隠居の身とはいえ、その体躯は元騎士団長の名に恥じない堂々としたもので、やはりどことなく父によく似ている。ふいに彼と目が合うと、彼はにこりとこちらに向かって微笑んだ。そんな笑顔もやはり父によく似ていた。
「よく来てくれたね、ユリウスにカイト君」
祖父はカイトの素性を知っている。それもそうだろう、カイトのフルネーム、カイト・リングス、その名前だけで元騎士団長の祖父はカイトの素性に思い至った。エリオット王子とカイトの母親カイル・リングスの関係を知っていれば当然だろう。
「ギマール、その子達は? 見かけない顔だけど、どこの子だい?」
祖父と談笑していた祖父よりも年配の老人が首を傾げるようにして私達を見やった。私達もその老人に会うのはたぶん初めてだったので、ぺこりと頭を下げる。
「この子達はうちの長男の子供達ですよ、叔父さん」
どうやら、その老人は祖父の叔父にあたる人のようだ。
「長男? この子はナダールの……?」
途端にその老人の表情が険しくなる。
「デルクマン家の恥晒し者の息子どもがどの面下げてここへ来た? こんなめでたい席で気分の悪い!」
その老人が吐き捨てるように言った言葉に辺りがシンと静まり返った。まさかこんな席でそんな事を言われるとは思わなかった私も驚きを隠せない。
「ギマール、お前の所はどの子も立派に育ったが、長男だけはいただけない。問題ばかり起す放蕩息子になりさがりおって、アレは本当に親不孝者だ。どうせ本人は親戚連中に顔向けできないような生活でも送っているのだろう? 孫だからと言ってお前もこいつ等を甘やかすような事はするでないぞ」
「叔父さん、前々から言っていますが、ナダールはファルスでちゃんと働いていて、決して放蕩をしてる訳ではないのですよ。ナダールの生活の基盤はファルスにあって、それをとやかく言われるのは私としても心外です。ましてやこの子達まで悪く言うのはやめてください」
「ふん、それも気に入らないと私は言っているのだよギマール。何故わざわざファルスなのだ? 我が国では暮らせないような事をしでかしたからなのだろう? しかもあやつの嫁はメリア人だと聞いている。この子等にもメリアの血が流れているかと思うと吐き気がするわ、デルクマン家の血を汚す恥さらし者が!」
『あぁ、またか……』と思わずにはいられない。さすがに祖父もその言葉を聞きとがめて「叔父さん!」と声を上げたのだが、老人は嫌悪を隠さない表情でこちらを睨み付けてくる。
この国ランティスは人種差別が激しい国だ、とくにメリア人に対する差別が酷く、こんな事がよくあるのだ。
私の見た目はランティス人に近くて、それに気付かれない間はファルス出身だと言っても面と向かって何かを言われる事はないのだが、片親がメリア人だと知ったランティスの人間はこうやってあからさまな嫌悪の言葉を投げつける。
慣れたつもりでいても面と向かって言われるとやはり辛い。
私はその老人と同じような表情を知っている。最近ではファルスの国境付近でもメリア人との諍いは絶えず、メリア人を蔑み憎む人間が増えているのだ。
その瞳は私に向けられるのではなく明らかに容貌がメリア人寄りの母や姉、そして幼い妹に向けられる事が多く、私はそれがいつもとても悲しかった。
母や姉、ましてや幼い妹が彼等に一体何をしたと言うのか? けれど彼等はそんな言葉に答えはくれない「メリア人だから悪い」その一言で斬り捨てる、そんな事がまかり通っている事が私は悲しくて仕方がないのだ。
何か不穏な気配を察した周りの者達が老人をそれとなくこの場から離すように連れて行ってくれた、けれど私の気持ちはどうしても翳ってしまう。
「すまんな、ユリウス。叔父は昔、騎士団で働いていた息子を若くしてメリアとの争いで亡くしていてな、どうしてもメリア人を受け入れる事ができないのだよ」
「そうでしたか……それは心中お察しします」
「最近はもうすっかりメリアとの争い事も減ってきているのに、それでもまだまだこうやって昔を思い出してしまう人間がいる、争いとは本当に何も生み出しはしない、悲しい事だな」
祖父の言葉に頷いて私は去っていく老人の後ろ姿を見やる。これは悲しみの連鎖、負の感情は何も生み出さない事を私は知っている。
「せっかくのおめでたい席に水を差したようで、本当に申し訳ありません」
改めて祖父に向き直り頭を下げると「お前が謝る事ではないだろう」と祖父は困ったような表情で苦笑した。
「私はナダールの事も君の母親の事もちゃんと理解している、お前が気に病む必要はない。今日はめでたい宴席だ、お前達も存分に楽しんでいっておくれ」
「はい、そうさせていただきます。改めて、おじい様、お誕生日おめでとうございます」
「ふふ、ありがとう」
祖父は晴れやかに笑みを見せて、また祝いの宴の中に戻っていく。私達は、それを見送って庭の端へと移動した。
少し人気の少ない庭の端は子供達のかっこうの遊び場になっていて、3・4歳くらいの小さな子供から、10歳くらいの少し大きな子供達までが所狭しと駆け回っている。そんな中、隅に置いてあるベンチにとても大きな身体を小さく丸めるようにして一人の大男が腰掛けていた。
歳は30後半から40前半くらいだろうか、その大男の周りには小さな子供がわらわらとはしゃぎ走り回っている。そして男の大きな身体をまるで山登りでもするようにして、何人かが登ろうとしているのだが、数人が登った所で男は身震いするようにして、子供を身体から振り落とす。
振り落とされた子供達はそれが楽しくて仕方がないのだろう、きゃっきゃと笑い声を上げてまた我も我もと大男によじ登っていくのだ。
そんな事を何回か繰り返す男に遊んであげているのかと思いきや、ふいに立ち上がった男が「お前達いい加減にしないか」と困惑したような声音で子供達に告げるので、彼は遊んでいた訳ではなかったのだと気が付いた。
ただでさえ大きな背中だと思ったのだが立ち上がった男は更に大きく、たぶん父と同じくらいの身長に恰幅もいいので、更に大きく見える。
子供達はそんな彼に更に果敢に挑んでくるので、彼は心底参ったという顔で自身の髪を掻き混ぜた。
「あの……大丈夫ですか?」
「大丈夫そうに見えるのか? この子供達をどうにかしてくれ……」
よくよく顔を見ればその大男、ずいぶん厳つい顔付きで子供達も怖がりそうなものなのに、子供達は全く動じる様子もなくきゃっきゃと笑っている。
子供に好かれる性質なのだろうか? よじ登ろうとしてくる子供を抱きあげてはおろし抱き上げてはおろしを繰り返しつつ男は溜息を零す。そんな男の顔をまじまじと見やって、私は記憶を反芻する。この顔には見覚えがある。
「もしかして、貴方、リク・デルクマンさんですか?」
「ん? そうだが、お前はどこの子だ? マルクのとこの子だったか? いや、ユリアのとこか? すまんな、人数が多すぎて顔と名前がいまいち一致してないんだが、名前を聞いてもいいか?」
「私の名前はユリウスと申します。父はナダール、お久しぶりです、叔父さん」
叔父は驚いたような表情で私を見やった。やはり間違いではなかった。彼と会ったのは遥か昔、まだ私が物心付くか付かないかという幼い頃の記憶だ。私はあの時の彼の顔を忘れていない、彼の怒りを忘れられない……
「お前、兄貴のとこの子供か……はは、ずいぶん大きくなったもんだな」
「もう十年以上お会いしていませんでしたからね」
そう、その出会いは十年以上も前。親戚が集う宴の席で彼は父を怒鳴りつけていた。父と叔父の大喧嘩の末に母は泣きながら彼に頭を下げていた。その当時私はまだ幼く、この人が何に怒っていて父が何を反論していたのか、そして何故母が泣きながら謝罪をしていたのかその意味が分からなかった。私はその時訳も分からずただ母に縋り、母の背中越しに彼を見ていた。その当時の記憶はとても恐ろしい出来事として自分の中に残っている。
「そうだな、俺がお前に初めて会ったのは確かお前がまだこんなチビの頃だった」
そう言って、叔父は纏わり付く小さな子供をまた一人地面の上へとおろす。
「名乗ったら『出て行け!』と言われるかと思っていました……」
「はは、さすがの俺もこのめでたい席でそんな事は言わないよ」
「けれど、内心ではそう思っていらっしゃいますよね」
「昔の事を根にもっているのか?」
苦笑するように彼は言ったのだが、それでも記憶の中の彼の怒りがここにきて理解できてしまった。当時はただただ怖いおじさんが怒鳴っているとしか思わなかったのだが、歳を重ね世界が広がり彼の反応はランティスではむしろ普通の反応であった事も分かってしまった。
仲の悪いランティス人とメリア人が結婚するというのはこの国ではそれくらいの大事なのだ。しかも母はかつてメリア王家に名を連ねていた事もある人だ、そんな人物と実の兄が結婚するだなんて彼にとっては寝耳に水の話だったのであろう。




