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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
運命に祝福を

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変わりゆく者①

 俺達が連れて行かれたのは町外れの森の中だった、そしてその森の中には何故かぽつんと家が建っている。町ではこの森には獣が出るから子供はあまり近付くなと言われていた。なので、森の中にこんな家がある事を俺は知らなかった。


「なんでこんな所に家?」

「さぁてね? だけど、この家は割と由緒正しい建物でね、かつては現国王陛下がお住まいになっていた事もあるんだよ。ついでに言うなら王子様の伯父さん達が新婚時代を過ごした家でもある」


 そう言って男はツキノに笑いかける。

 そういえばツキノのおじいさんはファルスの国王陛下だっけ?


「じいさんがなんでこんなあばら家に住んでんだよ? 仮にも国王陛下だろ?」

「あばら家ってのは酷い言い草だね、見かけはもうだいぶ古びてるけど、中は綺麗に修繕したからちゃんと住めるよ、おいで」


 そう言っておじさんは俺達を家の中へと招き入れた。俺とツキノは2人でその家の中を覗き込む。

 彼の言う通り家の中は綺麗なもので特別何か変わった家の造りをしているという事もない。

 彼は自分の名前を「ルーク」と名乗り、俺達をリビングに通してソファーに座らせると自分は台所に立ってお茶を入れてくれた。


「おじさんはここに1人で住んでるんですか?」


 俺のその問いに「いや、嫁と2人で住んでる」と彼はさらりと答えた。

 一体いつから暮らしているんだろう? さほど大きくないルーンの町では町人はほとんど顔馴染みだ。特に我が家は食堂を営んでいるから顔は広いつもりでいたのだけど、俺は彼等の顔を見た事がない。黒髪は目立つから見かけたら覚えていそうなものなんだけどな。


「とは言ってもここは仮住まいで家は別にあるんだけどね、そっちでは息子が1人で暮らしてる。たまには帰りたいんだけど、なかなか休みがとれなくてね」

「俺がここに越してきたから?」

「うん、まぁ、そうだね」

「子供1人で大丈夫なんですか?」

「うちの村は面倒を見てくれる親戚がいくらもいるし、うちの子、歳も君等より年上だからよっぽど大丈夫だと思ってるよ」


 ルークと名乗る男性はずいぶん若く見えたのだけど、予想外に歳を重ねていたようで驚いた。しかもまさか自分達より年上の子供がいるとは思わなかった。


「奥さんは?」

「今、領主様の屋敷の様子を窺ってると思うよ、だからこそ君達にはここに来てもらったってのもあるんだけど。基本監視は二人一組、あんまりあちこち動かれるとこっちの対処ができないからね」

「奥さんも黒の騎士団なんですか?」


 「まぁね」と彼は頷いて、俺達2人に茶を差し出す。

 ツキノは何故か出された茶を親の敵でも見るような目で睨んでいたのだけれど、俺がそれに口をつけるとしばらくじっとこちらを見たのち、安心したようにそのお茶を口に運んだ。

 あれ? これ、もしかして俺、毒見役にされた……?

 お茶は普通のお茶だったし普通に美味しかったけど、ツキノは自分の味方だと思ってる人の出したお茶まで疑ってかかっているのかと少し驚いた。

 命を狙われているという話は聞いているし、用心しているんだろうな。大変だな。


「さて、ここに連れて来たはいいけれど、何もする事がないね、どうしようか? 君達オレに何か聞きたい事とかあったりする?」


 おじさんはそう言うと人の良い笑みを浮かべた。


「あんた達のボスって確かうちのじいさんだよな? この一年で何か変った事とかそういうのは?」

「あぁ、そういうの興味有るんだ? 色々あるよ、どこから話そうか? 何が聞きたい?」


 ツキノが「何でもいい」と答えるとおじさんは「何から話そうかな」としばし考えて「それじゃあ、近場の話から」と語り始めたのは「マリオ」という名の領主様の奥方様の兄弟の話だった。

 あれ? でもおかしいな、確かロディ様は奥方様は天涯孤独の身の上だと言っていたように思うのだけど……?


「その人、確かランティスの王子だよな?」


 え……?


「うん、その人。毒物を盛られていたのは確定したよ、今カイル先生が解毒してる真っ最中」

「命に別状はないのか?」

「うん、それはね。だから君の大事なカイト君も、何も問題がなければきっちり一年で帰ってこられると思うよ」


 ツキノがホッとしたような表情を見せる傍ら、俺は初っ端から彼等の話に付いて行けない。奥方様の兄弟がランティスの王子ってどういう事? 奥方様が天涯孤独の身の上って話はどうなったんだ? ってか、奥方様ってもしかして元々ランティスの人間なのか……? でも領主様と奥方様は幼馴染だって聞いてるのにどういう事?

 いや、でも領主様自体がファルス国王陛下の関係者な訳だし、ない話じゃない……? のか?

 俺がぐるぐると考え込んでいるとツキノがそれに気付いたようで、その辺の事情を語ってくれた。奥方様はランティスの第一王子の双子の弟で、忌み子として捨てられた存在しないはずの王子である事、そしてカイトはそんな奥方様の双子の兄の隠し子である事を聞いて俺は驚きが隠せない。

 今聞いたのはそんな双子の王子の下に生まれた末の王子の話で、彼はどうやら毒を盛られて殺されかけていたらしい。

 ってか、怖っ! 毒殺怖っ! 先程ツキノがお茶を飲むのにすら躊躇って居た理由がはっきり分かる。王家の人間って大変なんだな……


「俺の知ってる情報もあるけど知らない情報もたくさんあるんだな。カイトがランティスの王子だったってのは聞いてたけど、今回の交換留学ってそんな感じだったんだ……ユリ兄、そんな事一言も言ってなかったのに」

「お前に心配させない為だろ。そもそもお前が知った所で何ができる訳でもないし」

「確かにその通りだけど、言い方!」


 確かにこれはユリ兄が俺に話してどうにかなる問題じゃないし、どちらかと言えば国に関する機密情報だろうけど、言い方! どうせ俺は完全な部外者で役立たずな子供だよ!

 俺がツキノの言葉に憮然としているとそんな俺を軽く無視してツキノは「他には?」とルークさんに問いかける。


「それに関連してランティスの情報、現在うちのボスと向こうの王子様とで黒幕探しの真っ最中だけど、病巣が大きすぎて手が付けられない状態みたいだね。まずは目に見えている問題だったメリア移民の対応から始めてるみたいなんだけど、元々ランティスって移民差別、人種差別の激しい国だろ? 王子自身もメリア人を嫌っていた程度に差別が常態化していて、それを是正しようにも反発する人間が多すぎるんだよね。だから急にそんな事をし始めた王子の人気は急落の一途で、王子自身が今は窮地に立たされてる感じ」

「国を良くしようとして窮地に立たされるんですか?」

「人はね、自分達の下に自分達よりもっと下の人間がいる事で安心する生き物なんだよ。例え生活が苦しくても『あいつ等よりマシ』って感情が働けば我慢ができる。だけど、そんな最下層の人間の待遇を改善したらどうなると思う?」

「下を見て我慢していた人間が怒り出した……?」

「まぁ、そんな所」


 ルークさんはそう言って、自分も茶を啜りながら「人って難儀なものだよねぇ」と零すように呟いた。


「ランティスはそこまで貧しい国ではない、だけどそれは目に見え難かっただけで、やっぱり貧しい人っているのはいるんだよ。しかもここにきて暗躍している商売人なんかが一般人から搾取して一部の人間ばかりが潤う構造が出来上がりつつある。これが完成してたら、それこそ王家乗っ取りもあり得たんじゃないかってくらい力を付けてきてるんだよ。エリオット王子はカイル先生がいたから、今まで見合いという見合いを全部断り続けてきてたんだけど、見合い相手の中にはそういう輩の子息がいくらもいて、ある意味見合いを断り続けてきたのは正解だったって感じだね。それこそ、体裁のみで結婚なんてしてたら王家の半分はもう乗っ取られたも同然だった」


 怖い怖い怖いっ! なにそれ、これって俺の聞いていい話? 王家の乗っ取りなんて物語の中ではよくある設定だけど実際あるんだ、怖すぎる!


「今、王家に味方はいないのか?」

「いる事はいるよ、ただ数は限りなく少ない。周りをきちんと見てこなかったツケ、って王子に言ったら怒られるだろうけどね」


 ツキノが険しい表情で溜息を零す。その横顔が愁いを帯びてずいぶん大人に見えた。年齢はひとつしか変わらない俺とツキノだけど、抱えている物が違い過ぎる。

 それはたぶんカイトやユリ兄も同じ。自分一人だけがぽつんと取り残されたようで居心地が悪い。俺は平凡で何の変哲もないただの田舎の子供なのだ、これはそんな田舎の子供が首を突っ込める問題ではない。

 よく分からない焦燥感、自分だけが取り残されていくような不安な気持ちが胸に広がる。


「ランティスはそんな所で、次はメリア。君の両親の改革成功はもう目前だよ、おめでとう」

「え……そうなんだ?」

「うん、それこそカイト君がファルスに帰って来る頃には問題がなければメリアの王政は完全に廃止されると思う。ようやく君も両親に会えるし、国に帰る事もできるようになる」

「そう、なんだ……」


 メリアの王政廃止……なにそれ、それも聞いてない。「おめでとう」と言われたツキノは複雑そうな表情で瞳を伏せた。

 それは果たしておめでたい事なのか、それともそうでもない事なのかツキノの反応を見るかぎり俺にはよく分からない。


「嬉しくない?」

「メリアだけが平和になっても、ランティスがそれじゃあ……」

「君はメリアの王子なんだから、自分の所が平和になった事を素直に喜んでもいいんだよ? 君に対する火の粉は払われた、君は自由だ」

「俺だけが自由になったって……」


 ああ、そうだよね。メリア王国が平和になった所でランティス王国がまだ問題を抱えているならそれは素直に喜べないよね。なにせ彼の番相手であるカイトはランティス王国の王子の子であるのだ。カイトの火の粉はまだ全く振り払われていない。

 物思いに耽るように頭を抱えたツキノを見やり、ルークさんは優しい笑みで「君は優しいね」とツキノの黒髪を撫でた。


「俺は優しくなんてない」

「君はランティスと関係ない所で、それこそ平和になったメリアで、カイト君と隠れて暮らす事はできると思うよ?」

「隠れて暮らさなければいけない事がそもそも間違っているだろう? 俺達は二人揃って自由になれなければ意味がない」

「国の事なんて放っておけばいい、だってそもそも君達には関係のない所で事件は起きているし、起きていたんだよ?」

「それでも、俺にはメリア王家の血が、カイトにはランティス王家の血が流れてる」

「ふふ、そうだね。オレ達は君達みたいな考え方の子供が生まれてくる事を待っていたのかもしれないね」


 ルークさんは瞳を細めてツキノに優し気な笑みを浮かべる。

 それにしても、待っていた? それは一体どういう意味?


「君が今ここでオレの言う事に頷いて、2人で国の事なんて関係ないと隠遁生活を始めたとしてもオレ達にそれを止める権利はない。だけど、そうやってこの大陸中の事を自分の事として受け止めて考えてくれる、そして、それができるであろう子供が育ってくれた事がオレは嬉しくて仕方がないよ」

「皆がそうやって俺達を育てたんだろう?」


 ルークさんは静かに首を横にふった。


「子供なんてね、親の思い通りになんて育たないんだよ。子供には子供の想いも感情もあるんだ、他人にそれを制御する事なんてできはしない。確かにオレ達はそういう風に君達を導きはしたかもしれないけど、それは強制ではなかったはずだ。そして今オレがこれを言う事で君の中での意見はまた変わるのかもしれない、それでもオレは君達が悪い方向には行かないって信じているんだよ」


 まるで計算されているかのように、時流は争いへと流れている。それを見守ることしかできない自分達がとても歯がゆかったのだと彼はそう言った。


「そういえば王子様に見せたい物がある、付いておいで」


 ルークさんに導かれるように連れて行かれたのは家の二階の一室。その部屋には何もなかった。それこそ幾つかの本が並べられた棚がひとつぽつんと置かれているだけだ。


「見せたい物って、この本……?」


 ツキノもそれには戸惑ったのだろう、不審気に本を一冊手に取った。俺もそれを後ろから覗き込んでみたのだが大した内容の本には見えないし、古びたその書籍には埃が積もって長く手に取った形跡すらない。不思議に思って首を傾げると、ルークさんは「違うよ」と笑っておもむろに書棚を押しやるように横に動かした、そしてその裏には一本の縄梯子。


「これ……」

「見せたいのはこの上。屋根裏部屋だよ」


 そう言って彼はその梯子を登っていくので、俺とツキノは顔を見合わせるようにして彼に続く。これいわゆる隠し部屋ってやつなのかな? 家は普通の民家に見えたのに、こういう仕掛けってわくわくする。

 梯子を登りきり、その部屋を覗き込むと、そこはずいぶん広い空間に雑多に物が散乱していた。二階には幾つか部屋があったのだが、その部屋の壁を全部ぶち抜いた三階部分と言った感じだろうか。


「ここは……?」

「さっきも言った通りの屋根裏部屋だよ。だけど、ここはブラック国王陛下が使っていた書斎でもあるんだ」

「じいさんの……」


 ツキノが驚いたように声を上げる。けれど驚いたのは俺も同じ。ここが国王陛下の書斎だなんて!

 ある程度埃は払い、空気の入れ替えくらいはしているのであろうその部屋は、それでも埃臭くてかび臭い。けれどよくよく見ればそこにはこの大陸中のありとあらゆる資料が揃っている。

 図書館でも持ち出し禁止の札が付いていそうな物まで無造作に積まれていて、俺達は言葉も出ない。


「これ全部、君のものだ」


 ルークさんがツキノに告げる。


「君のおじいさんが君に託した。だからこれは全部君のもの。機会があったら教えてやって欲しいって言われていたんだ。どう? 役に立ちそうな物はあるかな?」


 ツキノが驚いたような表情のまま棚に並んだ資料をひとつひとつ眺めている、俺もこんなたくさんの本を一度に見るのは初めてで、驚きを隠せない。

 この町には町人に解放されている図書館がある。そこに在る本は小説などの物語がほとんどで、しかも蔵書量もさほど多くはない。けれどここにあるのは国に関係するような難しそうな本ばかり、しかも膨大だ。


「ここにある資料はやっぱりそれなりに年季が入っていて情報的に古い物も多い。だけど、貴重な資料も幾つか残っている、これをどう使うかは君次第だよ」

「はは、これ全部に目を通すのにどれだけ時間がかかると思っているんだ」

「時間は幾らでもあるだろう?」

「その通りだな。ノエル手伝え、まずはどこに何の資料が置いてあるか把握する所からだ!」

「……え?」


 ツキノが晴れやかな表情で俺に命じる。まさかツキノこれ全部読むつもり!? 確かにツキノはこの町に来てから領主様の屋敷で本を読んでいる事が多かった。けれどこの膨大な量の国に関する資料を前に瞳を輝かせるなんて予想外。

 俺も学ぶ事は嫌いではないけれど、さすがにこの量の資料を前に瞳を輝かす事なんてできやしない。ツキノは少し変わってる。

 天井にある天窓を全開にしたツキノは「まずは大掃除からだな」と、楽し気に部屋を見渡した。もしかしてそれ俺もやるのかな? 命令されたしやるしかないんだろうな……うん、でもやるよ、手伝いますよ! だって俺もこの部屋には興味があるからね!



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