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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

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動き続ける事件の闇②

 あぁぁあぁぁ、やっぱり!

 なんか違う! 聞いてた印象と違う!

 妻子ある男に手を出された日陰の人のイメージ全然ない! ってかこの人、むしろ自分からぐいぐいいくタイプだろ、優しい人なら押し切られるのなんとなく分かる……


「ところで君、名前は? どこの子?」

「え? ノエルです。ノエル・カーティス……」


 瞬間カイルはまたしても他の人同様驚いたような表情を見せた。この人も爺ちゃんの知り合いなのか?


「君、もしかしてメリッサの?! うわぁ、驚いた! 大きくなったねぇ」


 爺ちゃんじゃないのか? 母さんの方と知り合い?


「メリッサは? 来てないの?」

「来てないです。先生は母と知り合いですか?」

「ルーンにいた頃懇意にしてもらっていたよ。というか、メリッサのお産で君を取り上げたの僕だよ。あの赤ん坊がもうこんなに大きいんだ……カイトも育つ訳だよねぇ」


 なんだかしみじみした表情のカイルさん。まさかこの人が自分を取り上げた人だとは思わなかった。


「あ……もしかしてノエルは父親に会いに来たの?」


 言われた言葉に硬直した。え? この人もしかして俺の父親知ってるの?!


「あれ? 違う?」

「先生、俺の父親誰だか知ってるんですか!?」

「え? 聞いてない……?」


 しまったな……という表情で慌てたようにカイルさんは自身の口を押さえる。


「誰ですか! どこにいますか!? ここにいるんですか!?」

「えっと……いると言えば……うん、いるね」

「誰ですか!? 俺、探しに来たんです! 自分の父親が誰なのか! 俺はそれが知りたい!」

「うぅ~ん……僕の口からは言えないかなぁ……お母さんに直接聞いて」

「教えてくれないから聞いてるんですよ!」


 あぁ……とカイルは瞳をそらした。


「言ってないんだねぇ……まぁ、言えないよねぇ……」

「言えないって、どういう事ですか!?」


 カイルは困ったように周りを見回し、そしてひとつ息を零した「うん、やっぱり僕の口からは言えないかな」と呟いた。


「常に非常識な奴が常識的な事を言いやがる。知っているなら教えてやればいいものを……」

「スタール、うるさい。僕はちゃんと良識を弁えた上で非常識な事をしているのであって、常に非常識な訳じゃないんだよ」

「非常識な事をしている自覚を持った上で非常識な事をしている人間が、良識があるとかのたまうのは可笑しな笑い話だな」

「スタール、僕にそんな事を言って、あとで後悔しても知らないよ!」

「生憎と俺は後悔の残る人生は送っちゃいねぇ、処置が終わったんならさっさと帰れ」


 カイルさんは少し憮然とした表情を見せたのだが、すぐに元の笑みを見せこちらに向き直った。


「ごめんね、これはメリッサとの約束だから今は言えない。だけど、君のお父さんは君が思っているよりすぐ近くにいるよ」


 彼はそう言って、怪我人一人一人に薬を手渡し去って行った。

 薬を貰った者達は皆一様に複雑な表情でその薬を眺めている。


「なんで、皆あんな顔になってるんですか?」

「あいつの薬は本当によく効くんだよ。それは分かっているんだが、あいつは時々まだ完成していない試作品を何の説明もなく俺等に使う。死人が出た事はないが、酷い目にあった奴等はごまんといてな、あいつに手渡された薬は危険物と隣り合わせだ。買うなら薬局を通すに限る」


 やはり苦々しい顔でスタールはそう説明してくれた。


「ハリーもわざわざ悪かったな。向こうの様子はどうだ?」

「まだ様子を見ている所ですね。なにせ攫われた人の数が分からなくて、下手に突入して人質を殺されでもしたら目も当てられません」

「でも、中にお嬢もいるんじゃなかったか?」

「はは、そのようですね。ですが、お嬢は別に隔離されているようで、やはり中の事は分からない様子です。お嬢の居場所だけは分かっているのですが、それ以外の方々は一般市民ですからね」

「隔離って……何をやらかしたのやら」


 呆れたようにスタールは息を吐く。

『お嬢』その言葉はここイリヤに来て何度か聞いている。ユリウスの『坊』と恐らく対で使われているのであろうその言葉はユリウスの姉である「ルイ」の事を指すのだろう。


「そういえば、あの屋敷の持ち主が判明しましたよ」

「お、そうなのか。誰だった?」

「それが……私達にはあまり縁起のいい名前ではなくてですね……」


 言いよどんだハリーにスタールは片眉を上げる。


「ロイヤー家ですよ、あのクレール・ロイヤーの弟、クロウがあの屋敷の持ち主です」

「ロイヤー……あの馬鹿貴族の弟か、これは確かに縁起が悪い。あいつ等確か貴族の資格は剥奪されたんじゃなかったか?」

「私もそのように伺っていたのですけどね……」


 二人揃って溜息を吐くのを何とはなしに聞いていた俺なのだが、よく考えたら俺、こんな話聞いていていいものだろうか?


「あぁ、そういえばそこに縁者がいるじゃないか。お前、本家がどうなってるか、じいさんから聞いてたりしないか?」


 突然話を振られて驚いた。


「は? ……え? 本家?」

「カーティスの家はロイヤーの分家だと聞いているが、聞いていないか?」

「そんな事言われても……うち、そもそも貴族なんかじゃないですよ?」

「なんだ、じいさんは本当に何も話してないんだな。カーティス家はそれほど大きくはないが、貴族の端くれのはずだぞ」

「そんなの、聞いたことないです……」


 全くの初耳に動揺を隠せない。我が家が貴族の出だなんて、誰もそんな事一言ですら言った事はないはずだ。


「コリー副団長は、そういうしがらみも面倒になってしまったのですかね。あの方らしいといえばそれまでですが」


「確かにな」とスタールもハリーに同意する形で頷いた。


「それで、そのロイヤー家って縁起が悪いって言ってましたけど、何かあったんですか?」

「じいさんが何も話していないものを話すのもなんだが、ロイヤー家の息子が昔ちょっとした事件を起してな、貴族の位を剥奪されたんだよ。その事件に俺達も関わっていたから、少しばかり縁起が悪い。ついでにその時ロイヤー家を嬉々として叩き潰したのはお前のじいさんだったんだがな」

「本家を叩き潰したんですか……?」

「昔何か色々あったみたいでな、恨みつらみを楽しそうに呟きながら叩き潰していたのを今でもはっきり覚えている。あの人だけは敵に回したくないな、とあの時俺は思ったよ」


 なんだか妙に恐れられていた祖父の現役時代の話に、そんな事があったのかと驚いてしまった。


「まぁ、何も知らないのならこれ以上首を突っ込む話しではない。それにしてもロイヤーか……どいつもこいつも全く」

「何かありましたか?」

「さっき暴れて牢に放り込んだ男。あいつだ、ジミー・コーエン」


 瞬間、ハリーは驚いたような表情を見せ、その後困ったように眉間に皺を寄せた。


「……あの人、出てきてたんですか……」

「そのようだ、まったくこのクソ忙しい時期に問題ばかり起しやがる」


 そうぼやきながら、スタール騎士団長は「お前はもう行っていいぞ」と手を振った。

 行っていいと言われても、ウィルもどこかに行ってしまったし、これはもう第一騎士団の詰所に戻るしかないのだが、自分の現在位置すらよく分からない。

 城を見ながら歩いて行けば辿り着けない事はないだろうが……と少しばかり途方に暮れた。


 とりあえず大通りに向けて歩いて行けばどうにかなると思い、そちらに向かって行くことを決めた俺は歩き出す。だが、俺は昨日の今日で完全に失念していたのだ、その大通りの人の数を……


「やばい……この人波を渡れる気がしない……」


 その人波を抜けて向こう側に行ってしまえばいいのだが、そこまで辿り着けるのか分からないその人波に俺はまた途方に暮れた。

 どうしようか……としばし考え込んでいると突然脇で「ヒナは!?」という叫びが聞こえた。

 何事かとそちらを見やればたくさんの子供達に囲まれた綺麗な赤毛のすらりとした女性が青褪めて周りを見回していた。


「さっきまで手繋いでたんだけど、引っ張られた時に離れちゃって……」と幼い子供は涙目で訴える、それを慌てて「泣かなくていい」と慰めつつも、困ったようにその人はまた周りを見回した。

 子供達は彼女の子供だろうか? それにしても数が多い、ぱっと見て5人はいるし、年齢はばらばらだがさすがにこの子供達が全員彼女の子供とは考えにくい。

 それでも酷く困った様子に見ていられず、俺は思わずその人に声をかけた。


「どうかしましたか?」

「え? あ……子供が一人はぐれたみたいで、その辺に見当たらなくて。近くで赤毛の女の子を見なかった?」

「赤毛の?」


 そう言われれば彼女の髪も綺麗な赤髪だ、彼女はメリア人なのだろうか? 瞳も赤いし、こんな瞳の色の人初めて見た。彼女が連れている子供達は赤毛もいるのだが、髪色も瞳の色もばらばらでなんの団体なのかよく分からない。


「しっかりした子だから一人でも目的地まで辿り着けるとは思うけど……」


 そう言いながらも彼女はきょろきょろと周りを見渡している、それでもその荒波のような人の波の中から子供一人を探し出すのは難しいと思われた。しかも、彼女の周りには不安そうな表情を浮かべた別の子供達が何人もいる。


「ねぇね、迷子……? どっか行っちゃった……?」


 先程手を繋いでいたと言っていた幼子が途端に瞳を潤ませ泣き出した。


「あぁぁあ、泣くな。大丈夫だから! ねぇねはちゃんと、先に行ってる、とりあえず行こう!」

「え? ちょっと、それ大丈夫なんですか?!」

「うちの子はちょっとやそっとでへこたれる子じゃないから大丈夫。目的地も分かってるし、さっきまでは一緒にいたんだ、問題ない」


 えぇえぇぇ……さすがに母親としてそれはどうなんだ?

 いや、でもこれだけの人数の子供を抱えていたらそうなるのか? でも、その子一人で泣いてたらどうすんだよ……


「少年、心配してくれてありがとう、でも大丈夫。もし万が一その辺で赤毛の女の子見付けたら先に行ったって伝えて貰っていい?」

「え……それは構いませんけど」

「じゃあ、よろしく!」


 それだけ捲し立てると、彼女は「行くよ」と子供達を抱えるようにして行ってしまった。

 なんか引率大変そう。だけど子供達も皆彼女の言う事を聞いていて統率は取れている、これで一人でも空気を読まないような子がいたら統率は大変そうだが、纏まりは良さそうだ。

 彼女達が人波に姿を消しても、俺はまだそこで人の流れをぼんやり眺めていた。

 俺は一体こんな所で何をやっているんだろうな……

 父親探しは一進一退、でもカイトの父親(?)であるカイルさんは俺の父親を知っているようだったし、ここイリヤに俺の父親はいると言ったのだ。

 だからきっとこの街のどこかに俺の父親はいるはずだ。


「ママ、見付けたです!」


 どすん! と腰の辺りに衝撃が走り思わずよろける。

 は? ママ?

 声の主は「よかったですぅ」と息を吐きながら上を見上げて俺の顔を見た瞬間「違うです!」と叫んだ。

 それは小さな少女だった、とはいえ自分が大き過ぎるだけでたぶん歳は自分と大差ないと思われる。

 少女の髪は綺麗な赤髪、そして瞳は真っ赤な真紅。先程の女性の娘なのだと一目で分かった。


「ごめんなさい、人違いです! はわわ……完全にはぐれたですよ……」


 先程の女性も綺麗な人だと思ったが、娘も非常に可愛らしい顔立ちで少しドキドキしてしまう。母親の方は長い髪を後ろで括って纏めていたが、彼女はその長い髪を風になびかせぺこぺこと頭を下げた。


「もしかして、さっき子供をたくさん連れてた人を見かけたけど……」

「私みたいな髪色の? こんな瞳の?」

「あ、うん、そう」

「母です、どっちに行きました!?」

「えっと、向こう」


 母親の消えた方向を指差すと彼女は「はわぁ……」と絶句した。

 俺は少しばかり背が高いから、人波の向こうが見えるけど、彼女の背は俺の胸辺りまでしかない、どう頑張っても人波しか見えないよなぁ……


「さっき、その人、娘は行き先を知っているからって言ってたけど?」

「母と話したですか? 確かに聞いてはいますが、私イリヤに来るのは初めてで……いえ、幼い頃には暮らしていたらしいのですよ? ですが、覚えていないですよ」


 泣きはしないが、彼女はどうにも途方に暮れたような顔をしていて居たたまれない。


「君の母親、先に行くって言ってたけど……」

「この人波では妥当な判断ですね」

「行き先分かる?」

「はい、まずは第一騎士団の詰所です」


 はきはきと彼女は答える。しっかりしていてへこたれないというのは母親の言葉通りだ。

 それにしても第一騎士団の詰所って、俺と行き先一緒じゃないか。


「誰か知り合いでもいるの?」

「父がそこで働いているものですから、まずはご挨拶です」


 本当にしっかりした娘だな。


「実は俺もそこに行きたいんだけど、一緒について行ってもいい?」

「知らない人とはあまり親しくするなと父に言われているです」

「ぐっ……確かに、それは至極まともな意見だと思う」

「ですが、私一人では今とても心細いとも思っているです」

「だよね、俺もすごく心細い」

「お兄さんもですか?」

「俺、昨日イリヤに着いたばかりで、この街のことまだちゃんと把握してなくて……」

「それは大変ですね。ではお兄さんお名前を教えてくださいです」


 彼女は綺麗な笑みでにっこり微笑んだ。


「名前……ノエル。ノエル・カーティス」

「ノエルさん、私の名前はヒナノです。これで私とノエルさんは知り合いです。さぁ、行きましょう!」

「え?」


 彼女は果敢にも人波へと突っ込んで行く。


「ちょっと待って! また迷うよ!」

「迷ったら迷った時です!」


 えぇ……なんだか言動が男前。それでも小さな彼女に一人で先を歩かせる訳にはいかない。

 俺は彼女を人波から守るように、2人でどうにかその人波を掻き分け歩き出した。



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