ルーンでの暮らし④
俺達が町の広場に着くとそこは既に人でごった返していた。俺達のお目当ては武具だが、行商人は何人かいて、それぞれに店を開いている。食料品や生活雑貨、子供の玩具からアクセサリーまで、田舎町ではなかなか手に入らないような珍しい物もたくさんありそうだ。
「ツキノはああいうのも似合いそうだよな」
そう言ってロディ様が指差したのはきらめく宝飾品で、ツキノは彼を睨み付ける。もうこれ、ツキノを怒らせる為にわざと言ってるよね? ロディ様懲りないなぁ……
「武具は向こうだね、人が集まって何かやってるみたいだけど、何だろう?」
俺達がそちらに向かって歩いて行くと、剣がずらりと並んだ武具の店にはありとあらゆるサイズの剣が並べられていて、その剣の出来を試す為だろうか、藁人形が幾つか立てられていた。そして何人かの男達が剣を片手に試し斬りなのだろう、それに斬りつけている。
さすがに剣は物がいいのか藁人形にぐさりと刺さって、試し斬りをしていた客も満足したようにそれを買っていった。
「あんな腕で買われる剣は可哀想だな、せっかく物はいいのに……」
ツキノがぼそりと呟いた。
「なんで? 別に使えてるんだから良くない?」
「俺だったら、今のであの藁人形真っ二つに叩き斬れる」
「へぇ、大口叩くもんだね、本当にできるの?」
ロディ様は笑顔でまたツキノを怒らせるような事を言い、そして案の定ツキノは怒りの表情だ。仲良くなれればいいのにと思ったけど、これ完全に裏目に出た感じだね。ロディ様とツキノは完全に水と油だ、こんな事ならロディ様にまで声かけるんじゃなかったよ。
ツキノはぷりぷり怒りながら剣を眺めていたのだが「女子供に剣は売らないぞ」と店の店主に声をかけられ、更に怒りのボルテージが上がったツキノは、いつもの如くに「俺は男だ!」と怒鳴った。
「こりゃ驚いた、あんた娘じゃないのかい? それにしたってそんな細腕で剣なんて振れるのかい? うちの剣は実用性が売りなんでね、家の飾りにされるのはごめんだよ」
「あぁ!? そういう事は俺じゃなくてその辺の客に言いやがれ、たいした腕もないくせに、ほくほく顔であんたのとこの剣、買おうとしてるじゃないか、なんで俺だけそんな事言われなきゃなんねぇんだよ!」
「失礼な小僧だな、そもそもお前、金を持っているのか? 子供のはした金で買えるような物はうちでは扱ってないんだ、帰った帰った」
ツキノはぎりりと店主を睨む。あぁ……気分転換にと思って連れ出したけど、これは本当に裏目に出たかなぁ。
「だったら俺が買うよ。金なら持ってる」
そう言ってロディ様はにこりと笑った。
「ツキノ、好きなの選んでいいよ?」
「あんたは?」
「一応ここカルネ領主の一人息子だよ」
「領主様の……?」
店主は疑いの瞳でこちらを見たのだが、客の一人が本当だと耳打ちすると180度態度を変えてこちらに満面の笑みを見せた。あ、これなんか、俺でも腹立つやつだ。
「それならそうと先に言ってくださいよ、坊ちゃん」
手を揉むように言った男に「こんな腹立つ男から大事な剣、買う気になんねぇ」とツキノは完全に仏頂面だ。
「そう言わずにさ、試し斬りだけでもどう? 俺はこのあたりかな……」
そう言ってロディ様は中振りの剣を一振り手に取って藁人形の前に立つと、それに剣を向ける。相変わらずツキノは仏頂面なのだが、ちらりと視線だけそちらへと向けたのに気付いたのかロディ様はにぃっと口角を上げて、藁人形を叩き斬った。藁人形は見事に袈裟懸けに叩き斬られて、これ、もう使い物にならないよ?
「ぼ、坊ちゃん意外とやるねぇ?」
店主の顔が引き攣った。ツキノはやはり不機嫌顔で、ふんと鼻を鳴らす。
「ホント、お前は腹が立つ」
そう言って、今度はツキノがロディ様より大振りの剣を選んで肩に担ぎ上げた。いや、待って、それ絶対重いだろ? なに張り合ってるのか知らないけど、ツキノにそれは無理だと思うけどなぁ……と、俺がはらはらしながらそれを見ていると、ツキノはまるで重さを感じさせずにその剣を振り上げ、全体重をかけるようにして、飛び上がり藁人形を正確に頭から真っ二つに叩き割った。
「お見事」
ロディ様は一人笑顔でぱちぱちと手を叩いている。いや、ホント見事だけどさ、藁人形破壊2体目だよ? 商売の邪魔にならない? 店主と周りで見ていた客もポカンとした顔でツキノを見ているのだが、我関せずという顔でツキノはまたその大剣を肩に担ぎ上げた。
「それ買う?」
「いや、いらね。これ、重すぎだわ」
「それはそうだろうね」
使った剣を元に戻して、ツキノは「今日はいいわ」と踵を返した。俺は慌ててその後を追い、ロディ様は「また寄らせてもらうよ」と笑顔で店主に告げて、やはり俺達を追って来た。
「良かったの? 欲しいのあったんなら本当に買ってあげるのに」
「あんたに買ってもらう理由がない」
「貢がせてくれてもいいだろう?」
「だから貢がれる理由がないって言ってんだろ、お前うざい!」
ツキノはまたしてもきーきーと怒るのだけど、なんだかいつもより元気がいいのは気のせいかな? やっぱりロディ様、わざとツキノを怒らせてる?
「ノエル、行くぞ」
「待ってよ、ツキノ、どこ行くの!」
「こいつがいない所に決まってる」
「はは、酷いな、ツキノ」
ロディ様は笑い、ツキノは怒り、俺は困ったように2人の仲裁に入る。そんな時、少し離れた場所でざわりと騒ぎ声が上がる。何かあったのかと振り向くと、何故かそこには鎧に剣を携えた幾人かの男達がこちらに向かって歩いてくる姿が見て取れた。
誰だろ? 見かけない人達だけど、行商人達の護衛か何か? それにしても、物々しい出で立ちに怯える女性達や子供達が何人もいて俺は眉間に皺を寄せる。
「あの人達なんだろう? 見かけない顔だけど」
「そうだね、ちょっと君達下がっててもらえる?」
そう言って、ロディ様は彼等に向かって歩いて行く。
「すみません、貴方達どちらの方ですか? 今この広場では行商人が市を開いていて町の人達も大勢出てきている、そんな物騒な出で立ちだと皆が怖がるので、こちらでお話しませんか?」
「ん? 君は?」
「ここカルネ領、領主の息子、ロディ・R・カルネと申します」
「領主様のご子息でしたか、これは申し訳ない。実は私共ある方の使いで人を探しているのですが、少しばかりお伺いをしても宜しいですか?」
男達は鎧を着込んだ厳つい面々だったのだが物腰は予想外に柔らかく、男の一人がロディ様にそう問いかける。
「誰をお探しですか?」
「ツキノという名の少年かヒナノという名の少女です、年齢はたぶん君と同じくらい、この町にいると伺い馳せ参じたのですが、どこに住んでいるか、ご存知ないか?」
「ツキノだったら我が家で暮らしていますよ」
「おぉ、さようでしたか。でしたらすぐにでもお会いしたい、案内をお願いできませんか?」
俺は男達の言葉にツキノを背後に隠すように前に出た。ツキノの事情は領主様からもユリ兄からも聞いている、ツキノは命を狙われている、だとしたらこいつ等もそんなツキノを狙う刺客の可能性は否定できない。
「おい、ノエル」
「後ろにいてよ、見付かるだろ?」
ツキノはそんな俺の態度が気に入らないようだが、こんな時の為にも俺はツキノと一緒にいるんだ、そう易々とツキノを前に出す訳にはいかない。
そしてそれはロディ様も同じだったのだろう「分かった」とひとつ頷いて、彼等を領主様の屋敷へと導いて行く。
俺達には視線も向けなかったという事は、あとの判断は領主様に任せる事にしたのだろう。彼等が去っていくと広場の喧騒は次第に戻り、取り残された俺達は立ち尽くす。
「どうしよう、あの人達、誰? ツキノの知り合い?」
「知る訳ないだろ、俺達も行くぞ」
「行くって、どこへ?」
「領主の屋敷に決まってるだろ? あいつ等俺に用があるんだろうが?」
「馬鹿言わないでよ、ロディ様が何でこっちに声もかけずに連れてったと思ってるんだ? もしかしたらツキノを狙った刺客の可能性もあるんだろ? だったら今はツキノは身を隠すべきだ」
「そういうこそこそしたのは嫌いだ」
「そういう問題じゃない!」
いつでも強気なツキノは不貞腐れたような表情を見せるが、俺はツキノの腕を掴んで歩き出す。
「おい、ノエル、どこ行く気だ?」
「とりあえず隠れられる場所」
どこがいい? うちの店? それともじいちゃんに報告する? 考えながら広場を抜け出し、人通りが減った所でふいに目の前に現れた人影に驚いて俺は叫び声を上げそうになる。するとその人影は慌てたように俺の口を塞ぎ「おっと、叫ばないで、皆がびっくりするだろう?」と笑みを見せた。
顔を上げて改めてその人物を確認すると目の前に現れたのは黒髪の男性だった。ツキノはその人を見知っている様子で、片眉を上げる。
「あんた確か黒の騎士団? 俺達に付いてるって言ってた人だよな。まだ居たんだ?」
「あはは、ずっといるよ。君はまだ今の所、オレ達の監視対象から外れてないからね」
「監視対象?」
俺が首を傾げると、ツキノは自分とカイトはずっとこうやってこの人達に見張られているのだとそう言った。
「見張っているというよりは、見守り隊なんだけどね」
「あんた、さっきのアレ、どこの誰だか分かるの?」
「さぁてね? オレ達だって何でもかんでも知っている訳じゃない、坊ちゃんが連れて行ったから、あとは大将が相手の素性を割り出すでしょう。その間、王子様はオレ達の隠れ家にご案内でもしようかと思って、こうしてのこのこ現れてみたよ」
「隠れ家?」
「そう。とは言っても普通の家だけどね、おいで」
黒髪の男性は俺達を導くようにして歩き出した。俺はこの人の事はよく知らないのだけど、どうやらツキノは顔見知りのようなので、まぁ問題はないのだろう。
それにしても、さっきの人達何だったんだろう? 変な人達じゃなければいいけれど。
俺はツキノと共にその黒髪の男性の後を追いかけた。




