ルーンでの暮らし③
「ノエル! なんであいつが付いてくるんだよ!」
ツキノの体調が回復した頃、町に行商人が来たという話を聞きつけた俺はツキノを誘い町に繰り出したのだが、一緒に付いてきた領主様の御子息ロディ様にツキノは不満顔を隠さない。
「あれ? 駄目だった? 久しぶりに町に武具の行商人が来てるから、ツキノもそういうの好きそうだし、ロディ様はツキノと仲良くなりたいような事言ってたから誘ってみたんだけど?」
「俺はあいつとは仲良くなれる気がしない」
ツキノは本当に心底嫌だと言う表情で顔を顰める。おかしいな? つい先日まではツキノもここまで露骨にロディ様を嫌悪していなかったはずなんだけど、何かあったのかな?
「ロディ様はいい人だよ?」
「どこがだ!」
怒りを露に言い募るツキノ、俺は困って背後からにこにこ付いて来ているロディ様を見やる。
「ロディ様、ツキノに何かしたんですか?」
「別に『好きだ』って告白したくらいのものだけど?」
ロディ様はなんという事もないというような表情でけろりと言うのだが、俺は驚いてツキノの顔を見やる。ツキノはもう完全に苦虫を噛み潰したような表情だ。
「え? そうなの? いつ? 本当に?」
「ロディ、お前、俺にそんな事ひとっ言も言ってねぇだろうが!」
戸惑ったように尋ねた俺を無視する形で、ツキノはロディ様に突っかかっていく。しかも呼び捨てなんだね? ちょっと仲良い?
「あれ? そうだっけ?」とロディ様は飄々とした顔をしているんだけど、本当に何があったの?
「問答無用の実力行使は告白とは言わねぇんだよ!」
「俺、本気だって言わなかったっけ?」
「ちょっと、実力行使って何? ロディ様、ツキノに何したんですか?」
「え? 少し壁に押し付けてキスしただけだよ?」
悪気が無さそうに言った彼に俺の顔も困惑顔から真顔に変わる。
「ロディ様、それは駄目ですよ。キスはちゃんと相手の同意のもとでする事です」
「おぉ、ノエルは分かってるな。言ってやれ、言ってやれ」
我が意を得たり的な顔のツキノは囃し立てるように言うのだが「他人の恋路に口を挟むと馬に蹴られるよ、ノエル?」とこちらもこちらで譲る気のなさそうなロディ様はにっこり笑みを見せる。
これもう全然悪い事をしたなんて思ってない顔だよね? 割と尊敬していただけに、ちょっと幻滅。
「俺にとってはツキノもカイトも友達です。ツキノとカイトの恋路を邪魔している時点でロディ様も立場は一緒ですよ」
「ふぅん、もしかして、ノエルもツキノに多少なりと気があるの? だからそんな事を言うんだろう?」
「ロディ様までそんな事言うんですか! 俺がツキノに惚れるなんて事はっきり言って100%ないですから! それに俺、ちゃんと好きな人います!」
「あれ? それは初耳だね?」
何故だか少し楽しげな表情でロディ様がこちらを見やるので、「ロディ様には関係のない話ですよ」と俺はそっぽを向いた。
「ねぇノエル、それどこの娘? 俺の知ってる娘?」
「ロディ様は知らない人です」
「そういえば、お前の好きなのってユリとヒナどっちだ? お前どっちにも好かれてただろう?」
ふいにツキノがユリ兄とヒナちゃんの話をふってくる。そんな話ふったらロディ様余計食いついてくるのに、ツキノは分かってないな。
「ユリとヒナって誰? どこの娘? ツキノが知ってるって事はイリヤの娘? もしかしてノエルが騎士団員目指したのってその娘達に会いに行く為?」
ほら案の定だ、俺は「あぁ! もう、うるさい!」と2人を一喝する。
「人の恋路に口出す輩は馬に蹴られるって言ったのはロディ様ですよ! 2人はツキノの兄妹です、ツキノが知ってるの当たり前でしょう! もうここまで! この話、おしまい!」
「へぇ、ツキノの姉妹? それはきっと美人なんだろうね?」
「ロディ様?」
俺が睨むと彼はようやく仕方がないなという顔で口を閉ざした。まぁ正しく言えばユリ兄とヒナちゃんはツキノの従兄弟達なんだけど、説明面倒くさいし、きっと分かってるよね?
「あら、3人でどこかへお出かけ?」
ふいに声を掛けられ振り返れば、そこには人形のように見目麗しい女性が何人かの子供達に囲まれてこちらに微笑んだ。ふわふわの長い髪を靡かせて彼女が微笑めば、世の男性のほとんどは頬を染めて立ち尽くすのに、何故かロディ様は「げっ」と一言発して眉間に皺を寄せた。
「ローズさん、こんにちは。そちらこそ、どこかへお出かけですか?」
俺は笑顔で彼女に尋ねる。
彼女の名前はローズ・マイラー、ここルーンの町に暮らす少し年上のお姉さんだ。この町には貴族と呼ばれる一族が二家系暮らしている。ひとつが領主様一家のカルネ家、そしてもうひとつが彼女の家族マイラー家だ。マイラー家はこの国ファルスでも一・二を争う大貴族なのだが、そんな家系にも関わらず彼女達一家はこの田舎町で慎ましやかに暮らしている。
そんな大貴族の一員が何故こんな田舎で慎ましやかに暮らしているのかといえば、彼女の父親クロード・マイラーがマイラー家当主の弟で本家筋ではないというのもその理由のひとつではあるのだが、ぶっちゃけた話、ただ単に都会暮らしが合わなかったという話を聞いている。
ローズさんの両親は俺が見ていても分かるくらいのおっとりした人達だ、2人のいる空間だけ時間の流れが違うのではないかというくらい、何故か人とペースが違う、忙しない都会暮らしには合わなかったと言われてしまえば頷かざるを得ない。
「俺達は広場に行商人が来てるって聞いたので行く所だったんですけど、もしかしてローズさんもですか?」
「ふふ、そうね。弟妹達には珍しい物もあるかと思って、皆で出かける所ですの」
彼女を囲むようにして子供達は笑みを見せた。どの子も本当にびっくりするくらい可愛らしい。マイラー家は美形一家で町でも名を馳せているくらい美男美女揃いなのだ。だから姉妹兄弟勢揃いすると圧巻の華やかさ、数が多いので余計にだ。総勢8人、本当に多い。
その中で割と平凡な顔付きの弟が一人俺と同い年にいたりもするのだが、そんな彼はまだ小さな弟妹達を困った顔で纏めていて、一人だけまるで付き人のようで少しだけ可哀想。
「姉さん、チビ達が退屈し始めたから先行くよ」
「あら、待ってちょうだい、それじゃあね」
彼が声をかけると、きらきらと華やかな弟妹達ははしゃいだように歩き出す。ローズさんもにっこり微笑み、俺達にひとつ会釈をして彼等の後を追って行った。とはいえ、俺達も行き先は同じだと分かったので、彼女達の後をついて行くのだが相変わらずロディ様の表情は渋いままだ。
「ロディ様、どうかしました?」
「いや、俺はどうも彼女が苦手でな……」
何故かロディ様の歯切れが悪い。
「彼女は俺が知る数少ない番のいないオメガなんだが、甘い匂いがきつ過ぎて気分が悪くなるんだよ。匂いに疎い俺がこうなんだから、相当な物だぞ」
「そういうものなんですか? そうなの? ツキノ?」
「確かにあの人のフェロモンはその辺のオメガに比べれば強いかもしれないが、そんなのは都会ではいくらもいるし、ヒナに比べたら全然マシだ」
「ヒナちゃん? そうなんだ?」
やはりベータの俺にはそういう匂いはさっぱり分からず首を傾げる。確かにローズさんからはいつでもいい匂いがしているし、ヒナちゃんも近寄れば微かに甘い匂いがしていた。けれどそれは女性特有の匂いで、特別な物だとは思っていなかった。
女性は身だしなみ的に香水を付ける人も多い、そういう匂いに比べたら彼女達の匂いはそこまで嫌悪する程の物ではないと俺は思うのだ。
「それに他にも俺がローズを苦手に思っているのには理由がある」
「なんですか? ローズさん、気さくで優しい方ですよね?」
「それは分かっているが、うちは家族ぐるみの付き合いで、向こうとは幼い頃から一緒に遊んでいた。ローズは今でこそあんな感じだが小さい頃は、それはもう男勝りで、俺なんかしょっちゅう泣かされてたんだぞ。一人っ子で兄弟もいない俺にとってローズは姉弟の頂点に君臨してる女王様にしか見えない」
俺は俄かに首を傾げてしまう。長女が兄弟の上に立つのに何か問題があるだろうか?
「あぁ、なんか俺、それ少し分かるかもしれん……」
何故かツキノがロディ様の意見に賛同して頷いた。さっきまで喧嘩腰だったくせに、なんなのさ?
「うちも一番上が姉だったからな。小さい頃は怖かった」
「ルイさん、だっけ?」
「そう、ルイ姉、気が強くてな、2番目のユリがおっとりなだけに、喧嘩はいつも俺とルイ姉でユリとカイトは仲裁役だったな」
へぇ、そんな感じなんだ? ルイさんは見た目も格好良くて、いい人そうだったけど、確かに事件の時クロウを押さえ込んでたのルイさんだし、喧嘩は強そうだったな。しかもユリ兄が仲裁役って、なんかすごく分かる気がする。
「ツキノの兄弟は女ばかりなんだな」
「そんな事はない、男女の数は半々くらいだ」
「まだいるのか?」
「弟妹は増える一方だ、帰ったらきっとまた増えてる」
「あはは、ツキノの所はそうだよね、ヒナちゃん、いつも子供達連れて大変そうだった」
ロディ様がよく分からないという顔で首を傾げるので、俺は事情を説明する。ツキノの両親は大の子供好きで、行き場のない子供を放ってはおけない性質なのだとユリ兄が言っていた、だから兄弟は多いけれど、全員が血縁な訳ではないのだ。
「へぇ、凄いな。俺は一人っ子だから親の期待を一身に負って重いけど、兄弟が多いとそれはそれで違った大変さがありそうだ」
「ロディ様は跡継ぎだという事にプレッシャーとかあるんですか?」
「ない訳ないだろう? うちはもう本当に俺以外いなんだから。正直、跡なんか継ぎたくもないし、できればもっと伸び伸び生きたいと思うけど、そんな我がまま許されないしな」
溜息を吐くようにしてロディ様は言う。ロディ様でもそんな事考えるんだ、意外。彼はもうそんな自分の立場をあるがままに受け入れているのかと思っていた。




