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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
運命に祝福を

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ルーンでの暮らし②

「ふざけんなっ! これしきの事で俺がお前に屈服するとでも思ったか!」

「驚いた、まさか跳ね返されるとは思わなかった」


 フェロモンを弾き返した俺にロディは驚いたような表情を見せる。


「なんのつもりだ? 喧嘩なら言い値で買うぞ、表に出ろ」

「今、真夜中だよ?」

「喧嘩を売ってきたのはお前の方だ」

「そういうつもりじゃなかったんだけど、参ったな」


 だったらどういうつもりだ! と、怒鳴りたい所だが、俺はこの家では居候の身、だからこそ今までそう好きではない彼の態度にも我慢してきたのだ。俺はぐっと拳を握りこむ。

 世話になっている身で、この家で問題を起すのは本意ではない。ここは我を張る時ではないだろう、と俺は自分を落ち着かせるように深呼吸をする。

 すると今度は彼自身が覆いかぶさるようにして俺を背後の壁へと押し付けた。


「何のマネだ? 喧嘩なら言い値で買うとさっき言ったはずだが?」

「女の子ってさ、結局はやっぱりか弱いものだろう? そういう風に我を張って男のふりをしてたって、所詮力は女の物で、男の力には敵わない……違う?」

「あぁ!?」

「こんな風にさ、男に追い詰められたら抵抗なんてできやしないだろ」

「…………ざけんなっ!」


 つい思い切り、彼の腹部に拳を叩き込む。怯んだ所で、蹴りを入れ、転がして上から睨み付け足で抑えつけ「誰が抵抗できないって……?」と鼻で笑ってやった。


「お前が俺をどう思おうと、俺はお前の思うようなか弱い女じゃねぇんだよ、無駄にお前の価値観を俺に押し付けんな、迷惑だ!」

「はは、そうくるんだ、驚いた」


 ロディは転がりながら腹を抱えて笑い出す。なんでこいつ笑ってんだ? どっか打ち所でも悪かったのか?


「確かに君はただの女の子じゃないみたいだな」

「だから女じゃねぇって、散々言ってんだろうが。潰すぞ!」


 股間に狙いを付けて足を振り下ろそうとしたら、さすがに身の危険を感じたのだろう彼は飛び起きて構えを取る。


「こんな場所で、こんな喧嘩はあまり歓迎できたものじゃないんだけど……」

「だから喧嘩を売ってきたのはお前の方だと言っている、俺がやりたくてやってると思うな。俺の事は放っておいてくれ」

「さすがにそれは無理かな。我が家に住んで、四六時中視界に入ってくる可愛い女の子を無視するのはちょっと難しいよね」

「女の子って言うな!」


 彼はあくまで俺の事は女で押し通すつもりのようで、そっちがその態度なら、こちらもそれなりの態度を取らざるを得ない。


「あんたがそうやってわざわざ構ってこなければ、好きにそう思っていればいい。だけど、お前の尺度で俺は測れない、俺は俺で俺以外の何者にもなる気はないからな!」


 言い切った俺に、彼はまた何故か笑い出す。


「あっははは、ツキノ最高。君ってそんな感じだったんだ、これはいけない、完全に見た目に騙されてた。いいね、いいね、その方が俺も話しやすい」

「あぁ!?」


 一体こいつの頭の中がどうなっているのかさっぱり分からない、こっちは滅茶苦茶腹が立っているというのにこの態度、本気で解せない。


「ごめん、ごめん。もう一年も一緒に暮らしてるのに君は全然俺に打ち解けてくれないし、俺としても君をどう扱っていいのか分からなくてね。でも思いの外話しやすそうで安心したよ」

「俺の方は完全に話す気失せたけどな!」

「そんな事言わずに仲良くしようよ」

「お前が俺を怒らせなければ、だ!」

「お前じゃなくてロディ」

「あぁ!?」

「ロディだよ、様付けもいらない。君はメリアの王子なんだろう? 身分的には君の方が上なんだから、俺に様付けはおかしいだろ」


 俺はむくれたままの顔で彼を見やる。


「そのうち俺は王子じゃなくなるらしいから、そんなもんはどうでもいい」

「そうなんだ? う~ん、でもそれでもロディ様ってのはどうにも他人行儀だよね。うちの領民がそう呼ぶのはもう仕方がないと思っているけど、君はずっとここで暮らす訳ではないんだろ?」

「あぁ、それはな」

「だったら、できれば君とは対等でいたいんだけど、駄目かな?」


 どの口でそれを言うのかと呆れて俺は言葉も出ない。散々俺を馬鹿にするような態度を取っていた奴がそんな事を言っても俄かには信じられない。

 余裕の笑みを見せるロディになんと返したものかと、考え込んでいると、沸かしていた湯が沸いたのだろう、ポットから水が溢れ出す音に気が逸れた。ふいに視界が暗くなり、気が付けば目の前にはロディの顔。


「な、んっ……」


 再び壁に押し付けられ唇を奪われた。触れるだけのバードキス、けれどまさかそんな事をされるとは思わず、瞬間固まる。


「俺、結構本気なんだけど?」

「……ざけんなっ!」


 彼を押し退け距離を取り、俺は唇をぐいっと乱暴に袖で拭う。気持ちが悪くて仕方がない。


「実は君の事今までオメガだと思ってたんだけど、君、本当にアルファなんだもん、びっくりだよ。しかも既に番もいるんだって? だったらこのくらいの事、もう全部経験済みだろ?」

「だったらなんだってんだ!」

「君の番相手男性オメガなんだってね? 君は自分を男だと言い張るくせになんで相手に男を選んだんだ? もうその時点で君の主張は矛盾してるだろ?」

「俺とカイトは『運命』だ、他人にどうこう言われる筋合いはねぇよ」

「へぇ、そうなんだ。でも『運命』って本当に曖昧な物だよね、うちの両親も幼馴染でさ、お互いをずっと『運命』だと思っていたけど、実は違ってたらしいんだよね。運命って言えば聞こえはいいけど、実際どんなもんなの? 何が違うの? それは一体どこで判断するの? 君にはそれが分かるの?」


 確かにアジェおじさんは「自分達は『運命の番』ではない」と言っていた。そしてこれはお互いにしか分からない微妙な感覚だ。まだ『運命』に出会ってすらいない人間に分かるものではない。まるで自分の半身と出会ったような幸福な感情、そんな物を理解しろと言った所でそういう人間に出会った事がない人間が理解できる訳がない。

 離れようと思っても離れられない、本当は今だって辛いんだ。また腹の奥がちくりと疼く、ノエルを身代わりに優しくされて心を紛らわせているが、俺は今すぐにだってカイトの元へ飛んで行きたいくらいなのに、そんな感覚をこいつなんかが理解できるはずがない。


「君の番相手、ずいぶん可愛い子だって聞いたけど、それでも男は男なんだろ? 彼は君のそんな態度に納得してるの?」

「カイトは俺を否定しない」

「君はアルファで相手はオメガだ、否定しないんじゃなくて、できないだけだろ? オメガはアルファに逆らえない、そういうものだろ?」

「お前は自分の両親を見ていても、そう思うのか?」


 ロディは少しだけ考え込むように小首を傾げた。


「親父は母を溺愛しているからな、基本的に母の言う事にNOは言わない。だけど、親父が本気を出せば母は親父に従うしかない、そのくらいにアルファの力は強いものだからね」

「まるでアルファとオメガの関係が従属しかないような言い方だな」

「割とそういうもんなんじゃないの? 番契約だってそうだろう? アルファに一方的に都合よくできたシステムだ、オメガには拒否権すらない」

「お前が本気でオメガの事をそんな風に思ってるなら、お前には一生番相手なんてできねぇよ」

「元々こんな田舎ではバース性の人間がほとんどいなくてね、生憎俺は今まで番相手のいないオメガに会った事なんてほとんどないんだ。だからこそ俺は君がオメガだと勘違いしていたんだけどね。アルファはオメガと番わなければ子供ができないって言われるけど、まぁそれはそれで仕方ないとして、人を好きになるのは自由だろ、君がアルファだったのは予想外だけど惹かれるものはあった、だから今こうしてアプローチをかけている」

「嫌がっている相手にこういう事を仕掛けるのはアプローチとは言わない、ただの嫌がらせだ」


 そういえば彼には先程彼のフェロモンを浴びせかけられた、確かに相手が普通にオメガだったらあれだけで相手は落ちていたかもしれない。ベータの中にはアルファのフェロモンをなんとなく感知している人間もいる、そしてアルファを慕って人は集うのだ。

 彼はそんな力を意図的にか無意識にかは分からないが、使って自分にいいように他人を扱ってきたのだろう。


「なんだかんだで俺、人にここまで拒絶された事がなくてさ、今ちょっと興奮してるよ」

「は! 気持ち悪い、変態か!」

「変態はないだろう、失礼だな。でも、そういう態度も新鮮だね」


 彼の言っている事が理解不能過ぎて、俺は混乱するばかりだ。


「仲良くしようよ、ツキノ」


 ロディはにっこり笑って右手を差し出すのだが、俺はその手を振り払った。


「俺はお前が理解できないし、仲良くする意味を見付けられない」

「そこはお互いを理解するために友達から始めようって言ってるのに」

「お前は友達だと思っている人間にキスまでするのか!」

「そこはそれ、ついうっかり?」

「うっかりでそんな事されたらこっちは堪らない。俺はごめんだね」


 どうにも相容れない俺たち2人の会話はどこまでいっても平行線。ロディはアジェおじさんにも似た笑みでにこにここちらを見やっているが、俺はその笑みにすでに胡散臭さしか感じなくなっていた。

 話しはここまでだ、とばかりに俺は踵を返す。こいつと話していると腹が立って仕方がない。だが厨房を出て行こうとした所で、俺はもう一度踵を返し彼の方へと戻っていく。彼も些か驚いたような顔をしているが、それをがん無視して、俺は彼の背後にまだ残っていた夜食のサンドウィッチをひとつ口に放り込み、あとは掴めるだけ掴んでまた踵を返した。

 それを黙って見ていたロディだったが、俺が厨房の外へ出た辺りで盛大に笑い出す笑い声が聞こえてきた。くそっ、俺は腹が減ってるんだよっ!

 しんと静まり返る暗闇の中、彼の笑い声はずいぶん長い事聞こえてきて、俺はそれが腹立たしく、夜食に齧りついた。



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