それぞれの今④
「はいは~い、どちらさま?」
話に退屈していたウィルはこれ幸いにと扉へと駆けて行き、無防備に部屋の扉を開ける。いや、こんな真っ昼間から不審者が、しかも寄宿舎という人間の多い場所にわざわざ来るとは思わないけれども、それでも少しは警戒しようよ、ウィル。
「お邪魔するわよ」
訪ねてきたのはイグサルさんの幼馴染のミヅキさん、ボーイッシュな出で立ちで、ここが男性用の寄宿舎にも関わらずあまり違和感がない。
「どうした、ミヅキ?」
「別にどうもしないけど、私、あっちはどうにも居心地が悪くて……」
「女性用の寄宿舎なのにか?」
「女性用と言うよりあそこはオメガ用よ、無駄に色気のある人間ばかり集まっていて、私みたいな人間には場違い感が半端ないのよ、参るわ……」
溜息を吐くようにしてミヅキさんは部屋へと入ってくる。僕は思わず「ごめんなさい」と謝ってしまう。
「別に貴方が謝る事ではないわ、オメガにはオメガ用の部屋が必要なのは分かっているし、通常時には貴方はこっちにいた方が安全なのも分かってる。ただ居心地が悪いのよ、こっちこそごめんなさいね」
ミヅキさんは現在、彼女自身が言ったようにオメガ用の寄宿舎で1人、個室暮らしをしている。ミヅキさんはオメガではない、そもそもバース性ですらないのに何故そんな場所で暮らしているのかといえば、それはひとえに僕の為なのである。
オメガには定期的にヒートと呼ばれる発情期がくる、本来その個室は僕の為に用意されたものなのだが、それ以外の時に僕に個室は必要ない。むしろ何かがあった時に対処ができないようでは困るという意見から、ヒート時以外の僕の部屋はこの4人部屋なのである。
そして僕にヒートが来てしまった時にはミヅキさんの部屋に転がり込む形になって二重に申し訳ない状態にもなっているのだが、ミヅキさんはけろっとした顔で「別に問題ないわ」とそう言うのだ。
「なんならその時は私がこっちの4人部屋に移っても構わない」というミヅキさんに、さすがにそれは駄目だと僕が止めた。男性寄宿舎に女性一人を放り込むなんて、なんて危険極まりない! しかも本人はそんな事はどうという事もないという顔をしているのが、本当に怖い。もっと自分に危機感持って!
オメガはそういう点ではふりまくフェロモンのせいで常に危険と隣り合わせ、幼い頃から危機管理は徹底的に叩き込まれて育っているので、ミヅキさんは見ていてとても危なっかしい。
確かに彼女にはあまり色気という物がない、身体もスレンダーな少年体形な上に、髪も短髪で傍目には本当に少年にしか見えないのだ。でも、だからと言って男と同じように扱われていい訳じゃない。
ヒート時、僕は周りの事があまりよく分からなくなるけれど、既にツキノという番相手がいて、しかも一緒にいるのがベータのミヅキさんなので、彼女が僕のフェロモンにあてられる事もない。なので僕はヒート時の何日かをミヅキさんと同居生活で過ごし、残りはこちらで共同生活を送っているのだ。
「それで、貴方達は頭を突き合わせて何か話し合いでもしていたの?」
「ミヅキには関係ない」
イグサルさんはふいっとそっぽを向く。イグサルさんとミヅキさんは幼馴染、イグサルさんは普段は割と落ち着きのある男性なのだが、何故か彼女の前だと少し子供っぽくなる。気を許しているのもあるのだろうが、僕にはイグサルさんがミヅキさんに甘えているようにしか見えない。
ちなみにミヅキさんはツキノに一目惚れしたイグサルさんの言動をいつも呆れたように見守り、事ある毎に「諦めなさい」と彼に言っているのだが、イグサルさんはそんな彼女の言葉を聞き入れない。
イグサルさんもイグサルさんで、彼女の前でその話をすると、必ず最後にはその言葉を言われるので、彼女の前ではあまりツキノの話をしなくて助かっていたのだが、イグサルさんはどんどん意固地になるばかりだ。
「そういえばオレ、聞こう聞こうと思ってたんだけど、この間カイ兄とユリ兄、2人でどっか出掛けてただろ? 何処行ってたの?」
「ん? それはいつの話ですか?」
「この間の休みの日、2人でこそこそ出掛けて行ったろ?」
「別にこそこそしていたつもりはないのですけどねぇ」
そう言ってユリウス兄さんは少し困ったような表情を見せた。確かに別にこそこそしていた訳ではないのだが、ウィルやイグサルさん達にはナイショで出掛けたのは間違いではないからだ。
「ねぇ、何処行ってたの?」
「別に変な場所ではないですよ、私の祖父母の家を訪ねただけです」
「あぁ、そういえばお前の親父さん、出身はランティスだったか?」
「そうです、ここメルクードには親戚もたくさんいるのですよ」
確かにユリウス兄さんが言っている事は全部本当の事だ、ただ、何故そこを訪ねたのかはまだ誰にも言えない話。
「なんだ、行き先全然普通じゃん。オレはてっきり2人でどっか楽しい所にでも遊びに行ったのか、そうでなきゃ美味しいものでも食べに行ったのかと思ってた」
「そういう時にはウィル坊も必ず誘うので、変な勘ぐりは無用ですよ」
ユリウス兄さんはまた、にっこり笑みを見せる。
僕達がユリウス兄さんの祖父母の家デルクマン家を訪ねたのには幾つかの理由がある。それは勿論祖父母に孫であるユリウスさんが顔を見せに行ったというのもあるのだが、一番の理由は第一騎士団長ナダール・デルクマンの実弟リク・デルクマンさんに面会する為であり、それはただの口実でしかない。
ナダール騎士団長の弟リクさんはデルクマン家では次男。長男であるナダール騎士団長が家を出て行ってしまっている現状では弟であるリクさんがデルクマン家の跡継ぎなのである。
彼は現在独身で両親と同居している、だから僕達はデルクマン家を訪ねて行ったのだ。
実を言えば、彼を訪ねてデルクマン家を訪問するのは今回が初めてではない、けれどここメルクードにやって来てから、暇を見付けて何度デルクマン家を訪問しても僕達は目指す人物リク・デルクマンさんに会う事ができずにいる。
その理由は簡単、彼が多忙でなかなか家に帰ってこないからだ。朝早く出掛けて行き、夜遅くに帰ってくる、寄宿舎生活で時間割がきっちり決まっている僕達とは根本的に時間が合わないのだ。
だったら、と休日を見計らって出掛けてみる事数回、それでも空振りは続いている。彼は休日は何処かへ出掛けてしまう事が多いのだとユリウス兄さんの祖父母は言っていた。
僕達が彼に会いたい理由は勿論ナダール騎士団長に頼まれた依頼だからだ。現在ここランティス王国で蠢いているのであろう陰謀に彼が加担しているのか、いないのか、僕達はそれを見極める為に彼の家を訪ねているというのに、僕達はそれに対して未だ何の成果も上げられずにいる。
ここメルクードにやって来て半年、留学期間は一応一年という期日が設けられている。諸々の事情によりその期間が延びる可能性も勿論あるのだが、それにしてももう留学期間の半分が過ぎているにも関わらず、なんの手がかりも得られていないというのは、信頼して僕達にこの仕事を託してくれたナダールおじさんにも申し訳が立たない。
僕とユリウス兄さんは実を言えば少し焦っていた。
けれど、ここにきて絶好の好機がやって来た。というのも、来週デルクマン家では祖父の誕生パーティを開催するという話をこの間の来訪で聞きつけたのだ。
デルクマン家は親族が多い。ナダールおじさんは6人兄弟の長男で下に5人の兄弟がいる。それぞれ結婚し独立をして家を出て行っているのだが、その親族がこぞって集まるというのだから、これは間違いなくリクさんもその場にいるはずだと僕達は確信したのである。
「あぁ~あ、留学生活、珍しいものも多いけど、慣れてきたら段々退屈。何か楽しいイベントでもないかなぁ」
ウィルはそんな事を言いながら伸びをする。彼は本当に呑気で羨ましい。
せめてツキノに会いに行く前に、少しくらいの成果は手にしていたいなと思う僕は、そんなウィルを見やって苦笑した。




