それぞれの今①
穏やかな日差しが差し込むその部屋で、俺は腹を抱えて呻いている、なんで俺がこんな目に……と思いはしてもそれは容赦なく定期的にやってきて俺を苦しめる。
腹が痛い。
「ツキノ~大丈夫? 薬持ってきたよ?」
俺が丸くなって呻いている部屋にノックと共に入って来たのは赤髪の少年だ。
「ちっ、ノエルか……今日はお前の相手をしてやる余裕はねぇ」
「そんなの見れば分かるよ、悪態吐かないで、ほら薬持ってきたから、飲んで」
「お前がなんでそんなもん持ってくんだよ?」
「遊びに来たら渡されたんだよ、もう睨むなって、俺何か悪い事した?」
俺はやはり腹を抱えて唸り声を零す。別に睨みたい訳じゃないのだが、今は愛想を振り撒く余裕がないのだ、そんな俺の姿を見て、ノエル・カーティスは困ったように苦笑した。
「大変だね、ほら起きられる? とりあえず薬飲んどきなよ、気休めにはなるだろうからさ」
そう言ってノエルは俺の傍らのサイドボードの上に水と薬の乗った盆を置いた。
「毎度毎度大変そうだね、俺ツキノに初めて会ってからもう一年以上経つけどさ、こんな風に仲良くなれるとも思ってなかったし、まさかツキノがこんな事になってるなんて本当あの時は思いもしなかったよね」
そう言ってノエルは椅子に腰掛け、こちらを見やる。俺がこんなに苦しんでいるってのに居座るつもり満々なのが少しばかり腹立たしい。
「別に仲良くなんかないだろう?」
俺は身体を起してサイドボードに手を伸ばし、薬を掴んで口の中に放り込むと、水で一気に飲み下した。
そんな俺の様子を見ているノエルは「俺達友達じゃないの?」と首を傾げる。
「いつお前と友達になったよ? たまたまこの知らない土地で、たまたま知ってるお前がいたから、たまたまつるんでただけだろう?」
「うっわ、相変わらずツキノ冷たいなぁ、初めてツキノに会った時も今と似たような事言ってたよねぇ、相手、カイトだったけどさ」
そう言ってノエルは俺に怯える事もなく笑みを見せた。怒るでも悲しむでもなく、何故かこいつは笑うので、変な奴だなと俺は思う。
「俺ももうこの町には慣れたし、別にいつまでも構ってくれなくてもいいんだぞ?」
「う~ん? まぁ一応ユリ兄にも頼まれてるからなぁ」
彼が「ユリ兄」と呼ぶのは俺の兄にあたる人物だ、正しくは俺の養父母の実子で義理の兄になるのだが、まぁ、兄は兄だ。ノエルは何故かその兄と仲が良い、交流などほぼなかったはずだし、今となっては兄より俺の方がよっぽど長く彼とつるんでいるのに、それでも彼はそんな事を言う。
「それにツキノ、俺と一緒にいないと色々面倒な事多いんじゃないの?」
ノエルはそう言って小首を傾げる。俺はそのとぼけた顔をまたぎりりと睨み付けた。
「それはアレか? 俺が女に間違われて町の男どもに言い寄られたりしてる事を指して言ってるのか?」
「まぁそうだね。面倒なんだろ? 一々断るのも大変だよねぇ、そうは言っても女に間違われてってのはどうなの? ツキノは半分女なんだから間違いでもないんだろ?」
「俺は! 男だと! 何度も! 言ってる!! っっ……!」
思わず力んで声を大にしたら、またしてもの腹痛に俺はまた腹を抱えてベッドへと倒れこんだ。
「どれだけ力説されても、その姿見ちゃったらねぇ……」
ノエルは椅子から立ち上がり俺の傍らに寄って来ると、俺に毛布をかけ、その上から俺の腹を優しく撫でた。俺はそれがあまり嬉しくはないのだが、これがなかなか気持ちよくて困る。
「これ生理痛だろ? 温かくして、ゆっくりだよ、ストレスも良くないらしいって聞いた事ある」
「なんでお前がそんな事知ってんだよ……」
「うち母子家庭なんだけどさ、母さんも割と酷い生理痛持ちなんだよね。機嫌もすこぶる悪くなるから分かりやすいよ」
「嫌な奴だな」
「今更いい奴だ、とかツキノに言われたらそれはそれで変な感じだし、それでいいよ」
ノエルはそう言ってまた笑みを見せる。本当にこいつは変な奴だ。
しばらくノエルに腹を撫でられ、薬も徐々に効いてきたのか腹の痛みは少しずつ引いていく、俺は詰めていた息を吐いた。
「……んで、お前俺に何の用だ?」
「別に用って程の事じゃないけど、手紙が来たから……」
俺はがばりとベッドから起き上がり、ぐらりと揺れた視界にまた突っ伏した。腹痛の次は貧血だ、あぁ、やばい、ちょっと気持ち悪くなってきた……
「ツキノ、本当に大丈夫?」
「大丈夫なように見えるなら、お前の目は節穴だっ!」
「うん、一応節穴じゃあないはずだから、大丈夫そうには見えないんだけどさ」
「……手紙って誰から……?」
上目遣いに訊ねた俺にノエルは笑って「ユリ兄から、カイトからの分もあるよ」とそう俺に告げた。
「今回ウィルからも来てるし、えっと……イグサルさん? からも来てるよ」
「なんで?」
「いや、なんでって言われても知らないけど、俺宛とツキノ宛、纏めて届いたから、はい、これツキノの分」
そう言ってノエルは斜めにかけた鞄の中から幾つかの封書を取り出し俺に手渡した。勿論俺が一番最初に開封するのはカイトからの手紙と決まっている。
『拝啓 ツキノ・デルクマン様』から始まる手紙、こんな風に畏まった文章はあまり得意ではないけれど、まずそこは定型文だからと読み飛ばす。
俺が伯父達に連れられルーンにやってきてから既に一年程が経とうとしている。今現在俺の横に常にいるのはカイトではなく、この赤髪の少年ノエル・カーティスだ。そしてカイトの傍らには俺の兄ユリウス・デルクマン及び、その他たくさんの仲間が彼を取り巻いている。
俺はカイトからの手紙の文字を目で追って行く、この一年、俺は俺で色々あったが、カイトもカイトで全く知らない土地での生活は慣れない事も多く、カイトからの手紙に愚痴が綴られてくる事も多かったのだが、今回の手紙はそんな内容ではない。
「ノエル!」
「なに?」
「カイトが来る!」
「あぁ、うん、そうだってね。俺宛のユリ兄の手紙にも書いてあったよ、そうは言っても長期滞在って訳ではないみたいだけど……」
俺がイリヤを離れ、その後半年程の時差を置いてカイトはランティスへと渡った。
手紙には『留学もそろそろ半年、ツキノの顔を見に一度ファルスに帰ろうと思う』という旨の内容が書かれていた。言ってしまえば里帰りの一時帰国で、またすぐにランティスへ戻ってしまうのだそうだが、それでもカイトの顔を見るのは一年ぶりだ、これが嬉しくない訳がない。しかも母親の暮らすイリヤではなく、ここルーンに来てくれると言うのだから、俺の顔も思わずにやけるというものだ。
「俺もユリ兄に会うの久しぶりで嬉しいなぁ、しかもウィルも一緒に来るって書いてあった」
『ウィル』それはファルス王国第三騎士団団長の一人息子ウィル・レイトナーだ。彼は今何故か、カイトと共にランティス王国メルクードで暮らしている。
カイトのメルクード留学には色々な大人の思惑が入り混じり、ただの国際交流という物ではなかったはずなのだが、そんな中に呑気な顔をした少年は親のコネを最大限利用して年齢制限的にも無理なはずのメルクード留学に無理矢理自分を捩じ込んだのだと聞く。
『オレ、ちゃんと試験もパスしたもんよ! 文句なんて言わせない』
そう言ってウィルはカイトやユリウス兄さんと共にランティスへと渡り、現在留学生活を満喫しているのだそうだ。ウィル坊らしいといえばウィル坊らしい行動ではあるが、あそこの親は息子に甘過ぎだと思わずにはいられない。
「あと、そう言えばイグサルさんとミヅキさんも一緒に来るんだってね?」
「そうなのか……? ん?」
俺は更にカイトからの手紙を読み進め、段々に眉間に深い皺を刻んでいく。
「どうかした?」
俺の眉間の皺に気が付いたのだろう、ノエルが小首を傾げる。俺は無言で手紙をノエルに差し出した。
「え? なに? 読んでいいの? えっと……」
カイトの手紙をノエルに手渡して、俺は眉間に皺を寄せたまま手紙の束の中からイグサル・トールマンの手紙を引っ張り出す。彼、イグサル・トールマンは兄ユリウスの友人だ。兄が騎士団に勤めだすようになってからはいつも一緒につるんでいて、そこに彼の幼馴染であるミヅキさんを加え、3人はスリーマンセルでよく仕事をこなしていた。
勿論今回のこの留学にもそのスリーマンセルはそのまま同行して、カイトの周りを固めている。
俺はその封書を適当に開封して書かれた内容を読み進むのだが、これがまた文字は目に入るのだが目が滑ること滑ること、内容が全く頭に入ってこなくて俺は更に眉間の皺を深くした。因みに、あまり交流のない俺宛に届いたイグサルからの手紙は熱烈な恋文である。
「なに? これどうなってるの……?」
ノエルがカイトからの手紙を俺に返してよこす。これが一体どうなってるのかなんて俺が聞きたいくらいだ!
カイトからの手紙には『イグサルさん、ツキノに本気らしくて、いくらアレがツキノの女装姿だって言っても聞き分けてくれないんだ、だから今回全部説明した上で彼も一緒に連れて行くから覚悟しておいて』とそう綴られていた。
俺が首都イリヤを離れる直前、俺はとある事情から女装姿で街を歩いていた。勿論俺が好き好んで自分の意思でそんな事をしていた訳ではない、その時はどうしてもそうしなければならない事情があったのだ。
そんな時にタイミング悪くばったり遭遇したイグサルに一目惚れだと叫ばれたのは、本当に全くもって黒歴史以外の何物でもないのに、まさかその話が未だに続いているとは思わなかった。
「ツキノはイリヤで女装してたの?」
「言っておくが、不可抗力だからな! 好きで着てた訳じゃない!」
「でもどのみちツキノとカイトはもう番なんでしょう? 今更他人が入り込む余地なんてないだろ?」
「そうやってバース性を理解してる人間はいいんだよ、でもイグサルはベータだ。っていうか、あそこの家もそういう家系のはずなんだが、どうなってんだ?」
俺は眉間の皺を深くする。カイトに会えるのは嬉しいが、面倒事は真っ平ごめんだ。ただでさえ、一年前から俺の身長は一ミリも伸びず、声もカイトのように声変わりもしなかったせいで女に間違われる機会は増える一方なのだ、これは本当に由々しき事態だ。
「まぁ、直接会って『ごめんなさい』すれば本人も納得するんじゃない?」
「もう既にそれが面倒くさい……」
俺は手紙を投げ出し、ベッドに突っ伏した。ノエルは呑気に「大変だね」と声をかけてくるが、完全に他人事だと思っている空気しか感じない。いいよな、俺もノエルみたいな完全な男性体で産まれたかった、こんな中途半端に男女両方の性を持ち合わせるとか、ホント面倒くさい。しかも生理痛、めっちゃ辛い。
「俺、今日はもう寝とく」
そう言って俺は不貞腐れたようにベッドに潜り込み、ノエルに背を向けた。ノエルの今日の用事は本当にその手紙の束を俺に届けに来る事だけだったようで、彼は「また来るね、お大事に」と部屋を出て行った。
俺がここカルネ領ルーンへ来て一年、日々は淡々と過ぎている。俺は伯父の家でもあるカルネ領主の屋敷で何をするでもなく過している。伯父達は別に俺に何かを強制する訳でもなく、俺も俺で何をして過せばいいのか分からないので、日々屋敷にある蔵書を読み耽って過す事が多かった。
慣れない土地、知らない人々、この土地では俺の黒髪は珍しいようで最初のうちは好奇の目で見られたが、それももうだいぶ落ち着いている。
そんな中で「1人じゃ退屈だろ?」とアジェおじさんが連れて来てくれたのがノエルで、ノエルは最初俺を見てとても驚いたような顔をしていたのだが、そのうち俺に懐くように頻繁に遊びに来るようになっていた。
俺がそんなノエルとつるんでいる理由はノエルが俺を女扱いしないから、これ一点に尽きる。見た目が女寄りな俺はまず第一印象で女と間違えられる。俺は男だ! とその場で否定し、そうやって見てくれる人間がいなくもないのだが、定期的にやってくるこの女の証明は、俺の体調不良を招き、病弱な子のイメージを町の人間に植え付けた。
病弱な訳ではないと言った所で、俺はこうやって定期的に体調を崩すし、察する人間はやはり先ほどのノエルのように察してしまう。そんな状態で「俺は男だ!」といくら叫んだところで、周りは少し頭の残念な子くらいにしか捕らえてはくれず、しかも見てくれだけは綺麗な顔立ち(俺としては不満なのだが)なので色に目がない男どもは寄って来るという、嫌な悪循環に嵌っている。
そんな中で俺の事情を全て知った上で俺を男扱いしてくれるノエルは非常に貴重な人物で、唯一気の置ける存在でもあるのだ。
けれどそれでも、ノエルはカイトの代わりにはならない、ノエルは俺を俺として受け止めてくれるが、俺の全てを受け止めてくれる訳ではない。カイトに会いたい。カイトの顔が見たい、カイトに抱きつきたい、カイトの匂いを嗅ぎながら、抱いて抱かれて交わって、安心したい。
カイトの来訪は滅茶苦茶嬉しいのだが、それに付随するあれやこれやはとても面倒くさい。
カイトがここへ来たら、滞在期間中2人でとんずらする事も視野に入れよう、と俺は頭を巡らせた。




