旅立ち④
瞳を開けると朝一番に目に飛び込んでくるのは宵闇を纏った漆黒の黒髪。
毎日毎日こうやって僕はツキノの髪を眺めていたけど、それも今日を最後にしばらくはお預けだ。
ツキノは自分のこの黒髪をあまり好いてはいないようなのだが、僕はこの綺麗な漆黒の髪色がとても好きだ。黒は何にも染まらない、くすみもしないし交わりもしない、僕はそういうツキノが好きだった。
僕自身すらツキノの中には入れないのかと悲観した時期もあったけれど、今ツキノは僕の腕の中にいて僕もツキノの腕の中にいる。僕達は上になったり下になったり何度も何度も交わって、ようやく無事に番になれた。
僕はツキノの、ツキノは僕のただ一人の番になれたのだ。僕はそれが嬉しくて仕方がない。
「ツキノ、朝だよ」
「んん……」
寝ぐずった様子のツキノは「もう少し」と僕の胸に顔を埋める。僕はその後ろ頭を撫でて離したくないな、とそう思った。
今日ツキノは叔父さんん達とルーンへと旅立つ、そしてナダールおじさん達デルクマン一家はユリウス兄さんを残して国境の街ザガへと帰る。
僕はユリウス兄さんと2人、しばらくここイリヤに留まり、準備が整い次第ランティス王国の首都メルクードへと旅立つ事になっている。
皆ばらばら、今まで一緒に暮らしていた家族がてんでバラバラになってしまうようなそんな心細さが僕にはある。僕の本当の家族である母はここにいるのにね。
目覚めのキスは王子様から、僕は自分が姫なのか王子なのかよく分からないけど、寝惚けた姫に口付ける。最初は無反応だったツキノも息ができないくらいに口を塞いだらさすがに苦しくなったのだろう、目を開けた。
「っふ……おっ前、殺す気かっ! 息、できねぇだろっ」
「だっていつまでも寝てるから。ツキノはもう今日ルーンに行っちゃうんだよ、もっとたくさんツキノを蓄えておかないと」
「カイト、知ってるか? ルーンとメルクードは意外と近い」
「嘘だぁ」
「イリヤからメルクードだと船と陸路で10日以上かかるけど、ルーンからメルクードなら陸路だけで、馬を飛ばせば3日で着く」
理屈で言えばその通りだ。確かにイリヤよりメルクードの方がルーンに近い「だけど1日で辿り着けないような場所は近いとは言わないんだよ」と、僕はむくれた。
「あぁ~あ、僕に翼でも付いてたら、いつでもツキノの所に飛んで行くのに」
「それは俺の台詞だ、寂しがりやのお前に毎日でも会いに行ってやるのにな」
僕達はそんな他愛もない睦言を並べながら、また啄ばむようにキスをした。
「ツキノ君、カイト君、起きてる? グノーとナダールさんが会いに来たよ」
部屋の外からかかった声に、僕達はばっと顔を上げた。僕達の別れも名残惜しいけど、彼等に会う事ももうしばらくできないと分かっている僕達は、慌てて着替えて部屋を飛び出した。
部屋の外、豪華な部屋のリビングには既に幾つもの大きな鞄が並んでいる。それは叔父さん達の旅の土産やツキノの新生活の為の私物である。
「少し早すぎましたか?」
「ツキノ君とカイト君がお寝坊なんだよ、まぁ今日が最後だし、ゆっくりさせとこうと思ったんだけど」
ナダールおじさんの言葉にアジェ叔父さんが含み笑うように笑みを零した。なんかもう色々見透かされてるみたいで恥ずかしい。
「おはよ」
「はい、おはようございます」
ナダールおじさんはいつもと変わらない笑みだ、だがその傍らで何故かグノーさんが怒ったような顔で黙ってこっちを睨み付けている。それにツキノも気付いたのだろう怪訝な顔で「母さん?」と声をかけると、グノーさんはやはり怒ったような顔でぷるぷる震えだして、そのうちぼろりと涙を零した。
「やっぱりヤダ、2人共連れてくっ、ナダール、何で駄目なんだっ」
「それは何度も説明しましたよ、やるべき事も、こうしなければならない事情もあると何度も説明しました。貴方も納得してくれたと思っていたのですがねぇ」
ナダールおじさんが困ったような表情で、泣き顔のグノーさんを抱き込んでいて、こっちまで泣いてしまいそうだよ。グノーさんはいやいやと首を振って、ナダールおじさんの腕から逃げ出すと僕達2人を纏めて抱き締め、頬擦りするように何度も何度もキスをくれた。
「ちょ、母さん、なに……」
「ふふ、くすぐったい」
ツキノが戸惑い、僕が笑うと、グノーさんは泣き笑う。
「2人とも大きくなって、あんなに小さくて俺がいなきゃ生きてけないんだと思ってたのに、いつの間にか2人ともこんなに大きい。俺の腕に抱えきれないのが悔しいけど嬉しくて、そんでもってやっぱり寂しいんだ」
グノーさんの涙はとても綺麗にぽろぽろと零れ落ちる。
「母さんはずっと俺の母さんだよ、それだけはずっと変わらない」
「僕も同じ、僕を育ててくれたのおばさんだもん、本当はずっと『お母さん』って呼びたかった」
「ううっ……もう、これ以上、泣かせんなっ……うぁぁ」
今生の別れという訳ではないのに、僕達の瞳からも涙が零れる。この人は誰よりも僕達を愛してくれた人だから、別れはやっぱり辛くて悲しくて、だけど最後はちゃんと僕は僕で、ツキノはツキノで別れが言えた、それだけは何よりの救いだと思う。
涙ながらに別れを告げて、ナダールおじさんとグノーさんは旅立って行く、そして次は……
「荷物これで全部かな?」
アジェ叔父さんが荷物を馬車に詰め込むように宿屋の人に手配して、確認するように辺りを見回した。あんなにたくさんあった大荷物、綺麗に全部なくなった。部屋の中はがらんとしている。
今日で僕もこの宿屋とはお別れだ、今日から僕はユリウス兄さんと、皆が旅立った後の人気のなくなったデルクマン家でしばらく生活する事になる。
僕とツキノはなんとはなしに手を繋いで、そのがらんとした部屋を見詰めていた。
「ツキノ君、もう時間だよ、カイト君もお迎え来たよ」
かかる声に無言で振り返る。離したくない、この手を離したくない。その想いはツキノも同じなのだろう、掌に込められた力が先程より強くなった。
「ツキノ……時間だって」
僕が促すとツキノはその手を強く握って「絶対、浮気すんなよ」と呟いた。
「する訳ないじゃん、なに言ってんの? それはツキノの方だろう?」
「俺よりお前の方が絶対モテる」
ふいと瞳を逸らしてツキノが言った。わ! これ嫉妬? やきもち? 嬉しいなぁ。
「ふふふ、しないよしない、絶対しない。だからツキノもしないでね」
僕の言葉にツキノは怒ったように無言で頷く。これあれだ、さっきのグノーさんと一緒だね、感情が零れ出しそうなのを堪えている顔だ。
「ツキノ、好きだよ」
「…………っ」
ツキノの顔がくしゃりと歪む、泣かせたかった訳じゃないんだけど。
「ツキノも言ってよ、僕、ツキノの気持ち聞きたいな」
「知ってんだろ、言わせんな」
ぶっきら棒にツキノは返す。恥ずかしがりやのツキノ、言葉はほとんどくれた事がない。天邪鬼なツキノ、態度はいつも気持ちとは正反対。
そんな事を知っているのは僕だけでいい、ツキノは気難しくて嫌われたがるけど、それでいい、そうしていれば誰もツキノに近付かない。
僕達は手を繋いで歩いて行く。今日のツキノは完全に男の姿だけど、もう誰に見られても構わない、変な奴等だと思いたければ思えばいい。
アジェ叔父さんとエドワードおじさんが待っている。僕は彼等にツキノを渡さなければいけない、それはとてもとても辛くて、でも僕達が自分達で決めた事だから。
「ツキノの事、よろしくお願いします」
僕はツキノの手を離し、彼の背中を押した。手を離す瞬間名残惜しそうにツキノの手が動いたの、ちゃんと見てたから、それだけで僕には分かるから。
ふいにくるりとツキノが振り返った。
「カイト、俺はお前が好きだ。誰にも譲る気ないからそれだけは忘れずに覚えておけ!」
そう言い捨てて、ツキノは顔を真っ赤に染めて馬車に乗り込んだ。驚いた僕は、何を言われたのか理解するのに手間取って、理解して顔が真っ赤に染まった頃には馬車の扉は閉じられていた。
ツキノが『好きだ』って言ってくれたよ! 今までも確かに何度か言われた事あるけどさ、こんな公衆の面前で言われたの初めてだ、やっばい、嬉しい。
「カイト、顔が真っ赤ですよ」
「だって、ツキノが僕に好きって……うわぁぁ、聞いた? 聞いた? 聞いたよね?!」
「今更何を言っているのやら、お前達はもう番だろう?」
ユリウス兄さんには呆れたように言われてしまったが、だってそのくらいツキノは言葉にしてくれないんだよっ!
馬車は静かに走り出す、僕とユリウス兄さんを置いて。
僕達はそんな走り行く馬車をいつまでもいつまでも見送っていた。
いつも本作お読みいただきありがとうございます!
ここで第二部「二人の王子」は完結です。ここまでお楽しみいただけましたでしょうか?
たくさんの地雷が埋まっている本作ですが、ここまでお読みいただけてとても嬉しいです。
最終章『運命に祝福を』は5月から転載を始めようと思っています。
最終章には第一部の主人公、ノエル君が帰ってきますよ!
転載元では一応完結していますが、最後の方は力尽きた感が半端ない中途半端な終わり方をしているので、その辺りを含め改稿転載してまいりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
あと、お気付きの方もいらっしゃると思うのですがこのお話には前日譚となる物語が存在しています。タイトルは「運命に花束を」&「君と僕の物語」です。
読まなくても分かるように書いているつもりですが、もし気になる方おられましたらpixiv、アルファポリス、エブリスタ、ムーンライトノベルス、ついでにkindleでも読めますので、お好きな所でお読みいただければと思います。
物語が長すぎてもうお腹いっぱいだよという方、ここまでお付き合いありがとうございました!
もっと続きを読んでやってもいいぞという方、物語はもう少し続きます。どうぞ今後ともお付き合いよろしくお願いいたします(∩´∀`)∩




