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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

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動き続ける事件の闇①

 騎士団長と浮浪者の闘い。

 圧倒的にスタール騎士団長の方が有利だと思われたその闘いだったが、思いのほかその浮浪者は手強く、なかなか留めの一撃が繰り出せないスタール騎士団長は焦れているようにも見えた。

 なにせ場所は騎士団の詰所の中、室内である。大柄な体躯のスタールが剣を振り回すには些か手狭で場所が悪い。一方で浮浪者の男の方はその細身な体躯でぬるりぬるりとスタールの攻撃を避けるばかりだ。


 周りを取り囲んだ他の騎士団員達も討ち取るタイミングを計ってはいるのだろうが、なかなか動けない様子だ。


「あの人、見かけはアレだけど、ちゃんと訓練された兵士だね」


 ウィルは少しばかり真剣な面持ちで小さく呟いて、そっと俺の前に出た。なんだろう、庇ってくれてるつもりかな? それともいざとなったら自分も出てく気?

 危ないから止めた方がいいと思うけど。


「ウィル、団長の言う通り逃げた方が……」

「スタール団長は負けないよ」


 それでも、ここは一時避難が懸命なのではないかと思うのだが、ウィルは動こうとしないので、俺も動くに動けずそこに立ち尽くした。

 それほど長い時間は経っていないとは思うのだが、しばらくすると浮浪者の動きが鈍ってきた。さすがに体力の差、というやつなのだろう。


「大人しく、縛につけっ!」

「縛にはもう充分過ぎるほどついたさ。俺はもう自由だ!」

「また罪を重ねれば、もう二度と出て来られなくなるぞ」

「望むところだ! 俺の人生はもうあの時に終わっている、だったら好きなように生きて、そして死んでゆくのみ!」


 瞬間、スタールの顔に浮かんだのは憐れみの表情。

 過去この2人の間に何があったのかは分からないのだが、浮浪者のようななりの彼も元々はこんな犯罪者になるような人間ではなかったのではないか……そんな思いが頭を掠めた。


「お前は哀れだな……」

「何とでもほざけ、俺には痛くも痒くもないっ!」


 のらりくらりと剣をかわしていた男が動き、その剣がスタールの脇腹を掠めた。

 それはもはや浮浪者の動きではなく、ウィルの言う通り訓練された兵士を思わせた。


「俺はまだこんな所では終われない。行かせてもらうぞ!」


 言って、その男はスタールに真っ向から突っ込んでいき、その剣を払い俊敏な動きでこちらへと突っ込んできた。そう、こちらへと向かってきたのだ。

 俺が言葉も出せずにただ呆然とその男の動きを目で追っている傍らで、先に反応したのはウィルだった。

 ウィルは武器になるような物は何も持ってはいない。それもそうだろう、子供にそんな危険物を持ち歩かせる親などいない。

 幾ら剣の扱いに長けていたとしても、それを持ち歩いていいのはちゃんと許可を持った大人だけだ、だから俺達2人は完全に丸腰だったのだが、ウィルは脅える様子も見せずににぃっと笑みを見せた。


「悪いけど、犯罪者は必ず倒せって父ちゃんと母ちゃんから教わってる」


 身を低くした体勢からの跳躍、足払い、そして押さえ込み。

 それは一瞬の出来事だった。大きな身体をしていてもそれはまだ子供の身体で身軽なのは分かる、だがその動きは常人の動きとは思えない。そして子供の動きでもない。


「因みに犯罪者相手だったら手加減は必要ないって教わってるから、手加減しないよ」


 相手の身体に乗り上げ、後ろ手に相手の腕を捻り上げる。男はまだじたばたと暴れていたのだが「そんなに暴れたら、折るよ?」という無慈悲な一言に、男は瞬間悔しそうな表情を見せた。


「こんなガキにっ……」

「お前が後ろばかり向いて生きてきた間に、後身は幾らも育ってるってこった」


 押さえ込んだ身柄をウィルから受け取るようにして、スタールはもう一度その男を縛り上げた。


「もう逃がさねぇぞ、せっかく出てきたがお前は牢に逆戻りだ。祭りが終わったらゆっくり取り調べてやるから、檻の中で大人しく冷や飯でも食ってろ」


 そう言ってスタールは今度は本人自ら男を牢へと連行して行き、戻ってくると「怪我した奴等はすぐに処置を。無傷な奴は医者呼んで来い」と次々に指示を飛ばしていった。

 そして、最後に彼はこちらにつかつかと歩いて来て、ウィルの前に立つとひとつ大きな拳骨を落とした。


「いってぇっっ!! 何すんだよっ!」

「俺は逃げろと言ったはずだ、怪我がなかったから良かったものの、あんな犯罪者相手に何かあったらどうするつもりだ!」

「何もなかったんだからいいだろ! ちゃんと捕まえたじゃん!」

「それでもだ! お前はまだ子供、こういうのは大人の仕事でお前達は守られるのが仕事だっ! 分かったら返事!」

「むぅ……」


 完全に不貞腐れたウィルは返事を返さない。確かにスタール騎士団長の言っている事は正論なのだが、ウィルがいなければあの男を取り逃がしていた可能性があったのも事実なので、どうにもどちらの肩も持ちづらい。


「ウィル坊、返事!」

「父ちゃんだったらそんな事言わねぇもん! 父ちゃんだったら絶対褒めてくれたもん!! スタール騎士団長の馬鹿っっ!」


 ウィルは叫んで、踵を返すと逃げるように駆けて行く。


「ちょ! ウィル!?」


 待って! 俺、置いてかれたら帰り方が分からないっっ!!

 追いかけようとしたのだが、ウィルの足は思いのほか速く、俺はすぐにウィルの姿を見失ってしまった。


「あいつは本当に仕方がない、第3騎士団の奴等がよってたかって甘やかすから怖い物知らずだ。あいつが充分大人と同等に戦える事は分かっているが、それでも年齢的にはまだまだ子供、何かあってからじゃ遅いんだって事を何で誰も理解しないのか……」


 傍らのスタールは零すようにそう呟くのを見上げて、この人の言っている事は物凄く常識的なことだというのは分かるのだが、少しばかり真面目すぎるのではないかとも思ってしまう。

 叱る所は叱ればいい、けれど今回の場合はまず褒めてから叱るべきだった。

 そんな事を思っていると、彼は少し顔を歪めて脇腹を見やる。そこには先程斬りつけられた傷痕から血が滲み出してきていて、思っていたより重傷で驚いた。


「血! 酷い怪我じゃないですか! 手当て! 早く!!」

「あ? あぁ……そこまで騒ぎ立てるほどの怪我じゃねぇよ……」


 溢れる血を抑えるように、スタールは平然と歩き出す。そんなかすり傷みたいな言い方するほど軽い傷じゃないからっ!


「怪我人はとりあえず仕事はいいから、大人しくしていろ! 医者はまだか?」


 けれどスタールはそんな自分の怪我は隠したままおくびにも出さず、また次々に部下に指示を飛ばしていく。

 部下の怪我には配慮するのに、自分の怪我は二の次か?

 俺がそんな事を考えおろおろしていると、幾人かの騎士が連絡でも受けたのか、慌てたように詰所に戻って来て、詰所の中は更に騒然とする。


「騎士団長、何があったのです?!」


 その中の一人の男が、つかつかと寄って来て、スタールに尋ねる。


「あぁ、大した事じゃねぇ、少し暴漢を取り押さえるのに手間どった」


 すらりと長身のその若い男は他の騎士団員より少しばかり細身で威圧感に欠けるのだが、立場的には割りと高い人間なのだろう、スタールが飛ばした指示を確認するかのように回りに目を配っていく。

 その過程で、男はふとこちらに目を留めた。


「この子は?」

「あぁ……コリー副団長の孫らしい」


 瞬間その男も他の者と同じように驚いたような表情を見せる。じいちゃん意外と有名人だったんだな……


「コリー副団長の……? ということは、メリッサさんの?」

「まぁ、そうなんだろうな……」


 男は目を細めるようにまじまじとこちらを見るので、どう反応を返していいのか分からない。


「えっと……あなたも祖父の知り合いですか?」

「え? あぁ……申し訳ない。はい、そうですよ。私の名はハリー。ハリー・ブライトと申します。ここ第5騎士団で副団長を務めさせていただいています」


 若いのに副団長……この国の騎士団はこの武闘会で出世が決まるとは聞いていたが、本当に年齢は関係ないのだな……と妙な感心をしてしまった。


「俺はノエルです。ノエル・カーティス」


 瞬間また驚いたような表情を見せてハリーはスタールを見やったのだが、彼は一言「偶然だ」とぼそりと呟いた。

 なんだろう、この意味深な感じ……この人達何か知ってるの?


「因みに年齢を聞いても?」

「え? あぁ……12歳です」


 俺の言葉にハリー副団長はまた考え込むように腕を組み「君、大人っぽいねぇ」と呟き、またスタールを見やる。

 彼は居心地悪そうな顔をして「俺を見るな」とぼそりと呟いた。


「あの……もしかして、何か知っているんですか? 俺、ここに自分の父親を捜しに来たんです、もし何か知っているなら……」

「父親を? 父親が誰か分からないのかい?」

「はい、母は何も教えてくれないので……」


 ハリーは少し考え込むような表情を見せたのだが、しばらくすると彼は首を横に振って「私は何も……」とそう言った。


「そういえば先程から気になっていたのですが、団長、顔色悪くないですか……?」

「あ? まぁ、ちぃっと怪我を……」


 言いかけたスタールを上から下まで見渡して、ハリーは不自然に脇腹を押さえるスタールにすぐに気が付いた。


「あなたは何をしているのですか!? 怪我をしているのならさっさと言う! 手を離して、って……酷い怪我じゃないですか! あなたって人はもう!!」


 すぐに身を翻し、どこかへ行ったかと思ったら、すぐに戻ってきたハリーが抱えていたのは救急セットで、彼はすぐにてきぱきとその傷に処置を施していく。


「まったく毎度毎度、生傷が絶えないことですね。おかげでこんな事ばかりすっかり手慣れてしまいましたよ」

「……おまえはすっかり口が悪くなったよな……誰の影響だ?」

「誰のせいでもありません、けれど、しいて言うならあなたです」


 ハリーの返答にスタールは苦虫を噛み潰したような苦い表情を見せる。

 なんだかこの2人仲良いな。まぁ、騎士団長と副団長の仲が悪いよりはいいのだろうけれど。

 ハリーがスタールの怪我の手当てをしていると、医者を呼びに走っていた騎士団員が慌てたように戻ってきた。そしてそれと同時に現れた、派手な人。


「怪我人だって? おや、スタール、君もかい?」


 彼は金色の髪をなびかせてにこやかに笑みを見せた。瞬間、渋い顔のスタールの表情が更に渋い顔へと変わる。


「おい、誰がこいつを連れて来いと言った? 他にもっとマトモな医者はいなかったのか?」


 言われた騎士団員もそれを言われるだろう事は分かっていたのだろう、即座に「すみません」と頭を下げた。


「手が空いている医師の方が他にいなくて……」

「スタール、酷い言い草だな。僕はこれでもちゃんと医師免許は持っているんだよ?」

「お前の専門は薬学で外科の方は専門外だろうが!」

「その辺も専門じゃないだけでできない訳じゃない」


「怪我によく効く薬もちゃんと持ってきたしね」と、見せびらかすようにその派手な男は鞄を持ち上げる。

 歳は幾つくらいなんだろう? 若くも見えるし、老けても見える、丸眼鏡の奥の瞳を細めて笑うその顔立ちはまるで猫のようだ。

 しかし、彼の特徴はなんといってもその輝く金色の髪。クセが強いのかふわふわとうねっていて、それを適当に括っているだけなので、纏まりが悪く、一層彼を派手に見せているのだ。

 それにしても、なんだかこの感じには既視感を感じる。


「俺はお前の薬は信用しないぞ!」

「大丈夫だって、今日はちゃんと普通の薬だよ。僕だって実験をやっていい時と悪い時の区別くらい付けてるんだからね」


 スタールの眉間の皺はますます深くなっていく、騎士団長はこのお医者さんのこと嫌いなのかな?


「さぁ、怪我人はどこ? んん? これは酷いねぇ。大丈夫、僕の薬は良く効くよ」


 にっこり微笑むその人に笑みを向けられた騎士団員達は皆一様に脅えたような表情を見せているのは何故なのか?

 しかし、そんな感じでも彼の手際はとても良く、怪我人の治療はあっという間に片付いていく、ただ手当てされる側の人間の顔は悲壮感が漂っていて、なんだか見ているこっちの方が心配になった。


「もう、皆そんなに怖がらなくていいのに。僕は怪我人・病人には優しいよ? 実験に使うのは健康な人間だけって決めているからね」


 えぇと……それもどうなのだろうか……


「あれ? 君、見かけない子だね? 新人さん?」


 突然声を掛けられ驚いた。


「そいつはまだ子供だ、手を出すな!」

「ん? そうなの? 君幾つ?」

「12歳です」

「へぇ、うちの子より下なんだ。君大きいねぇ」


 瞳を細めて彼は笑う。やっぱりこの人なんだか似てる。


「カイル先生、お代は別途請求お願いします。しかし、うちの団員を実験に使うのは止めてください」

「ハリー、そんなに僕を目の敵にする事ないじゃないか。僕はちゃんとやる時にはやる男だよ?」

「それは分かっていますが、うちの団員が脅えるので止めてください」

「騎士団員の子達は皆頑丈だから実験にはうってつけなのに……」

「何度も言わせないでください。うちの配下は実験台ではありません」


 カイルと呼ばれたその医師は「仕方がないね」と肩を竦めた。


「やっぱり行くならナダールの所か」

「あっちでも迷惑しています。団長が不在だからって、変なちょっかいをかけないでください」

「ハリー、君は昔の方が可愛げがあったよ……」

「あなた達みたいな大人に揉まれて育てば誰でもこうなります!」


 毅然とした態度で言い切ったハリーに、カイル医師は諦めたようにまた肩を竦めた。


「新薬の開発には尊い犠牲が常に必要だというのに……」

「せめて許可を取ってからやるのが筋です」

「承諾はいつも取っているだろ?」

「事後承諾は許可とは言いません」


 なんだか、2人の言い合いを聞いているだけで、この先生はとんでもない人なのだと言うのはなんとなく分かる。そして、こんな言動で人を振り回す人を俺は最近見たばかりだ。


「もしかして、先生ってカイトの……?」

「あぁ、君、カイトの友達? うちの子可愛いだろ? 仲良くしてやってね」


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