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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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旅立ち③

「……イト、おいっ! カイトってば!」


 袖を引かれてはっと顔を上げると目の前にはツキノの顔があって、僕は驚き慌てふためく。


「え? や? 何!?」

「何? じゃない。どうしたんだよ、ぼおっとして、何かそんなに考える事でもあったのか? それとも具合でも悪いのか?」


 少し心配そうな表情でツキノは僕の顔を覗き込み、僕の額に手を当てる。


「ごめん、ちょっとぼんやりしてただけ、何でもないよ」

「本当に? それとも父さんに何か言われた? 話って何だったんだ?」


 僕とユリウス兄さん、そしてアジェ叔父さんは数刻前別室に呼び出され、ナダールおじさんに幾つかの話を聞かせてもらった。それはランティスに関する幾つかの重要機密だ。

 おじさんがこの話しは誰にも言ってくれるな、と僕達に話してくれた内容は、あまり口外できる内容ではない、それは勿論ツキノにもだ。


「これは先程話していた話の続きになります。先程話していたランティスのスパイの話なのですが、彼は彼の持っている幾つかの情報をこちらに流してくれました。それはとても信憑性のあるもので、その中の幾つかはこちらでも確認の取れているものでした。そしてその中で彼が語った内容に信じられないものが混じっていたのです」

「信じられないもの? 何ですか、それは?」


 ユリウス兄さんが首を傾げ、ナダールおじさんに問うのだが、おじさんは難しい顔でしばし黙り込み、ひとつ溜息を零し言った。


「ランティス王家の傍近くに仕える者の中にメリアと結託しランティスを陥れようとしている者がいる、その中には私の弟、リク・デルクマンも名前を連ねている、と彼はそう言ったのです」

「え? リクさん?! あの人そんな事するような人じゃないですよね!?」


 アジェ叔父さんが驚いたような顔で言うのだけど、その人知り合いなのかな?


「勿論私もそう思っています。弟は、いえ、私の家族にはそんな卑劣な真似をするような人間は1人もいない、私はそう信じています。ですが、私は不安なのですよ、リクは確かに曲がった事の大嫌いな人間です、だからこそ、もしかしたらそれに加担してしまう事もあるのかもしれないと、そう思ってしまったのです」

「どういう事?」

「私とリクはもう十年以上会ってはいません、それこそ最後に会ったのはメルクードに私達の結婚の報告をしに行った時なのですが、私とグノーの結婚にリクは激怒し家を飛び出し、私達の滞在中、家に帰って来なかったのです。結果私達はリクの心の内を蔑ろにしたまま放置してしまった。彼は憎んでいるのですよ、家族を苦しめたメリアの事、そんな事件に巻き込んだグノーの事、そして私も。更に言うならば家族が辛い思いをしていた時に手を差し伸べる事もなかったランティス王家をもです。現在彼はランティス王国で騎士団長を務めていると聞いています。さすがリク、我が弟ながら誇らしいと思っていたのですが、よく考えたらそれも少しおかしいのです」

「何で? 何がおかしいの?」

「ここファルス王国は完全実力主義の騎士団です年齢は関係なく騎士団長になれますので、若輩だった私でも30代で騎士団長になれました。けれどランティスは違うのですよ、ランティスの出世は完全なる年功序列、それにも関わらず現在リクが騎士団長を務めているのはどう考えてもおかしいのです、早すぎる。父が騎士団長だったから? それとも素晴らしい働きをして目をかけられたから? 確かに様々な予想はできます、けれど考えてしまうのは……」

「戦争屋と結託して争いを起こし、武勲を立てた……?」


 溜息を零すように「考えたくはないのですが」とナダールおじさんは頷いた。


「でも、そんな……彼がそんな事をする人だなんて僕には思えない」

「それは私も同意です、けれどだからと言って絶対違うとは今の私には言えません。ランティスからのスパイの彼は言ったのですよ『お前は弟と手を結びアジェ王子をも巻き込んでランティスを滅ぼそうとしているのではないか』とね。それは全くの事実無根の話ですが、そうやって疑われしまうほどの不審な行動がリクにはある、という事なのですよ。これもまた、撒かれた火種の小さなひとつなのかもしれません、それでも私はその真偽を確かめ、もしそれが真実なのだとしたら、私はこの手で弟を討たなければならないのです」


 ナダールおじさんは沈痛な面持ちで自身の大きな掌を見やり、その掌を握りこんだ。


「そんな……」

「こんな話、本当は誰にも聞かせたくはなかった、けれど私はどうしても事の真偽が知りたいのです。私は弟の無実を信じています、けれどそれに確証が欲しい」

「僕達にそれを話したって事は、カイト君とユリウス君にその使命を託したいって、そういう事だね? そして僕にも……」

「はい、その通りです。アジェ君の情報網は素晴らしい物です、勿論言えない話も幾つもあるとは思います、けれどそれでもお願いしたいのです、私にランティスの情報をください」

「でもそれって、僕達に託すより専門の黒の騎士団とかに託した方が早くない?」

「この話は誰にもするつもりはありません、貴方達だけです。もし万が一この話をして本当にリクを討たなければならなくなった場合、彼等は私の弟を討つ事を躊躇するでしょう。それはこの世界の理の中で正しい判断ではありません。私の家族だからというそんな感情を持たせてはいけないのです。グノーにもこの話をするつもりはありません、彼はこんな話を聞いたらまたきっと自分を責めてしまう」


 しばしの沈黙「分かりました」と口火を切ったのはユリウス兄さんだった。


「父さんのその指令、必ず解決して参ります」

「ユリウス、これは騎士団長として配下に与える指令ではない、あくまで一個人のお願いだ」

「それは分かっています、けれどこれはそんなに簡単な話ではないのでしょう?」

「お前は聡い子だね」


 ナダールおじさんは少し疲れたような顔をしている。きっと彼はまだ他にも知られてはいけないような秘密を幾つも心の内に留めているのではないかと、そんな気がする。


「カイト、ただでさえ大変なのにこんな話まで持ち込んで申し訳ない」

「ううん、大丈夫だよ。僕1人じゃないし、僕も協力する」

「ありがとうございます」


 そう言って彼はこんな年下の僕にまで深々と頭を下げた。僕はおじさんが大好きだ、だからこんな憔悴しきったおじさんは見たくない。だから僕は決めたんだ、僕は僕のできる事を精一杯頑張るんだ。



「ツキノ君、カイト君、今日は僕達、別の部屋を取ったから、ここでお別れ」


 宿屋に戻って宿屋の受付で突然そんな事を言われて僕達は驚く。


「え? 何でですか? あんなに広いのにわざわざ部屋を分ける必要ありますか? そもそも僕達の部屋と叔父さん達の部屋も別なのに」

「うん、そうなんだけど、この間の話し聞いちゃったら、さすがに今日は遠慮した方がいいかなぁ、と思ってね」


 アジェ叔父さんの頬が気持ち赤い、えっと? この間って何かあったっけ?


「まぁ、そういう事だ。さすがに俺達も子供達のあれやこれやを想像するのは気が引ける、その代わりと言っては何だが、後悔のないように今日はちゃんとやっておけ」


 やる……? やるって……

 意味を理解してぼっと顔に朱が上った。そうだった! 僕とツキノは今日番になるんだ、それやってる時ってフェロモン駄々漏れだって、そういえばそんな話ししてたっ!


「うっ、あぅ……いや、はぅぅ」

「カイト、言葉になってない」

「だってぇ」


 たぶん僕の顔は真っ赤になっているのだと思う、だって物凄く顔が熱い。けれど、ちらりと見やったツキノの顔もとても赤くて、彼はふいっと瞳を逸らした。けれど、がしっと手を握られて僕は更に顔に朱を上らせる。


「まぁ、そういう訳だから、頑張ってね」


 アジェ叔父さんはそう言って小さく手を振り、エドワードおじさんと共に行ってしまう。

 なんか、その時の流れでそういう風になるのは割と平気だけど、こうやってお膳立てされて「やっておいで」と見守られるの、めっちゃ恥ずかしい!


「カイト、行くぞ」

「う、うん……」


 心臓痛い、凄いどきどきしてる、自分より小さいツキノに引きずられるようにして、僕達はその無駄に豪華な部屋へと戻る。

 どうしよう、どうしよう、まず何からすればいい? えっと、とりあえずお風呂?


「カイト」

「ふぁい!?」

「そんなに緊張するな、こっちにまで伝染するだろう……」


 ツキノも顔が赤いのだけど、腕でその顔を隠すようにして瞳を逸らす。


「緊張するなとか、無理言わないでよ。こんなの緊張するに決まってる」

「いつも押せ押せなの、お前の方だろ」

「だって、こんな準備万端で行ってこいって……こういうのは、自然の流れの中でやるもので、こういうのちょっと違う、ムードない」

「だったら、止めるか?」


 上目遣いに僕の顔を覗き込んでくるツキノ。

 いや無い! それは無いよ、ツキノ! 僕が全力でぶんぶんと首を横に振ると「そこはちゃんとやる気なんだ」とツキノは微かに笑った。


「あぁ、それにしても足、痛ってぇ」


 ツキノは靴をぽいっと脱ぎ捨てて「こんな歩きづらい靴、履いて歩いてる女どもはどうかしている」とぼやく。ヒール靴を脱ぎ捨てたツキノの目線はとても低くなって、なんだか僕は訳もなく笑ってしまった。


「これ、後ろチャック、下ろして」


 女装が本当に嫌なのだろう、ツキノはぽいぽいと服を脱ぎ散らかしていく、靴下、カツラ、カーディガン、そのひとつひとつを拾って歩いていたら、最後に背を向けたツキノに項を見せられそう言われた。その項には僕の噛んだ噛み跡がまだはっきりと残っている。

 僕はその項に魅せられるようにしてふらふらとそれに寄っていき、その項に歯を立てた。


「ちょ……お前何やってっ! 痛い痛い、痛いってばっっ!!」

「だって、ツキノが、誘うから」

「誘ってねぇよ、馬鹿っ! しかも今日はお前が噛んでも意味ないだろうが!!」

「そうなんだけど、だって、ツキノからいい匂いする」

「おっ前……今日は俺がお前を抱いて番にする日だろ! お前は俺を抱きたいのか?!」

「そんなのどっちもしたいに決まってんだろ! 僕の前の初めても後ろの初めてもどっちもあげるから、ツキノも両方僕にちょうだい!」

「素直か!」


 呆れたようにツキノは脱力して、でも「ここでは止めろ」とそう言った。


「こんな廊下のど真ん中で初めてなんてどうかしてる」

「だったらベッド行こう、すぐ行こう」

「ムードが無いとか言ってたの、どこの誰だよ」

「欲望の前ではそういうの割とどうでもいいみたい」

「呆れた奴……」

「でも、嫌いじゃないだろ?」


 啄ばむようにキスをする。今日のツキノからは微かに化粧の甘い匂いもしていて、変な感じだ。もつれ込むようにして寝室へと向かい、ベッドにツキノを押し倒したら、不機嫌顔で押し返された。


「なんで、お前が上なんだよっ」

「僕の中の雄の部分と雌の部分が脳内で喧嘩して、雄の方が勝ったから」

「そこに俺の意見は!?」

「僕の中で雌雄代わりばんこで話しがついてる」

「俺は話し合いに参加してねぇだろがっ!」

「えぇ~どっちもするなら順番なんかどっちでもいいだろ?」

「今日のメインイベントは!?」

「ツキノと番になる事だよ?」

「分かってんなら、順番おかしいだろ!」

「ツキノ、メインは最後に取っとくものだよ?」


 にっこり笑って言ってやったら、ツキノはまた盛大に溜息を零した。


「ほんっとに、お前はマイペースだな」

「そんな僕だから天邪鬼なツキノに付き合ってこれたんじゃん」

「そういうお前は嫌いじゃないが、今日は俺のペースでいかせてもらうぞ、最初から最後までお前の言いなりなんて、俺の沽券に関わる」


 そう言って、ツキノは逆に僕を押し倒し僕の上に馬乗りに跨った。あぁ、アレだね、これはこれで結構いい。僕の服を脱がそうとボタンに手をかけるツキノを尻目に、またしてもスカートの裾から手を突っ込み、両手でツキノの腿から尻を撫で上げると「お前は触んな」と怒られた。


「そんなのツキノばっかりずるいじゃん!」

「後で好きなだけやらせてやるから、今は大人しくしとけ! こっちだって初めてで手探り状態なんだぞ、今日のメインイベントは俺とお前が番になる事だって言ってるだろ! ちゃんと番になれたら後は好きにしていいから、今は集中させろ、この馬鹿!」


 集中? と首を傾げてツキノの顔を見上げれば、その表情はとても真剣だ。僕はただやりたいばっかりで、ツキノに触れたくて仕方がないけど、そういえばツキノはこの間までこういうの全然駄目だったんじゃん、もしかして今もやっぱり……?


「もしかしてツキノ、気持ち悪い?」

「番相手がいるバース性の人間は、番相手以外に触られるのを本能が拒絶する。これはオメガの方が顕著に現われる症状だけどアルファの側にだってない訳じゃない、今の俺はお前とちゃんと番にならないとお前と気持ち良くなれないんだよっ」


 あぁ、そうなんだ……そんなの全然知らなかった。それでもツキノは今までそんな事はおくびにも出さずに僕に付き合ってくれていたというのに、僕ってやっぱりちょっと身勝手なんだな。反省だよ。

 ツキノの匂いがふわりと広がる、甘酸っぱいような柑橘系の匂い。僕、この匂い本当に好きだ。


「ごめんツキノ、ツキノの好きにしていいよ」


 両手を差し伸べツキノの背を軽く撫でると、ツキノは不貞腐れたように頷いた。ひとつひとつ外されるボタン、その手は微かに震えていて、緊張しているのは僕だけじゃなかったのだと気が付いた。

 肌に直に触れるツキノの指は少しひやりとしていて身を震わせる。


「カイトは温かいな」


 胸に頬を寄せるようにしてツキノが僕に覆いかぶさってくる。


「ふふ、くすぐったい」


 僕が笑うと「黙っていろ」とまた怒られた。





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