旅立ち②
「そうと決まれば膳は急げと思うのですが、その前に幾つか君達には話しておかなければいけない事があります」
「話? なに?」
「ツキノ、お前を襲った犯人の身元が分かりました。彼等はメリア王国の体制派に紛れ込む豪族に雇われた者達でした。彼等には位がありませんが、金と力だけは持っている成り上がり者達です」
「そんな人達が何で? 金も力もあるなら自分達の地位に揺るぎなんてないはずだろ? 俺を殺して何の得が? それとも何かあるの?」
「それがあるのですよ。彼等は元々商人です、金を稼いで力を付けて国政に潜り込んできた豪族達、そして、その金の出所は戦争です」
「え……?」
「いわゆる闇商人という奴ですね、表立ってやっている訳ではないのですが言ってしまえば彼等は戦争屋、争いがなければお金を稼げない人達です」
その話には大いに聞き覚えがある、武闘会であった一連の事件、関わっていたのはランティスの闇商人、そういう人間がメリアにもいるという事だ。
「革命が成功してしまえば、今後メリア国内での争いは減っていくでしょう、それでは困る人間がどうやら暗躍している様子ですね」
「でも待って、タイミングが良すぎない? この間はランティスの商人で今度はメリア? そんな事ってある?」
「そういう輩は表立ってはそ知らぬ顔をしていますが、裏では結託しているのですよ。お互い利害は一致している、火種を撒けば勝手に火の手は上がる、その火種を彼等は撒いているのです。金で動かせる人間というのは悲しい事に幾らでもいるのです、彼等は言うでしょう、メリア国王に雇われた、ランティス王家に雇われた、レイシア姫に雇われた、貴族達に雇われた……そんな話しはキリがない、その全てを操っていたのがそういう戦争屋と呼ばれる人達なのです。今回はようやく尻尾を掴みましたが、これが本体なのかどうなのかも私達にはまだ分からない」
「まるで雲を掴むような話だな」
俺の言葉に父さんは「その通り」と頷いた。
「実体がはっきりしない者達を探しているのです、これはすぐに解決できる問題ではない、そしてきっとこれはファルス一国で解決できる問題でもないのです。実体がはっきりしない以上、これからもツキノ、お前は狙われ続けるし、カイト、お前も人事ではなくなるだろう。メリアの王子とランティスの王子、そういう立場で貴方達は今後も事件に巻き込まれ続けるでしょう。ですが、幸いな事に敵方はツキノの事もカイトの事も情報はほとんど持っていない様子です。それもそうでしょう、まさか2人の王子が同じ屋根の下、仲良く庶民の生活を送っているなど想像もできないはずです。しかも、君達が『運命の番』だなんて知る由もない。君達の存在はこの世界を平和へと導く鍵となるはずです」
「まるで僕達が産まれた事自体が『運命』だったみたいな言い方だね」
「それを肯定も否定もできませんが、『運命の番』にはそういう大きな運命の流れを操る何かが存在しているのではないかと感じる時はあります」
「俺達の関係はそんなよく分からない運命なんかに縛られたものじゃない」
「えぇ、それは分かっています。ですが、それでも私はそこに運命の大きな流れを感じずにはいられないのですよ」
父さんが静かに笑みを浮かべる。
「彼等は未だに君達のどちらがツキノか分かっていない。そしてまだカイトの存在にも気付いていないはずなのです。一時、ツキノがカイトと同じように髪を金色に染めていた時期がありましたよね、私はその時のツキノには会ってはいませんが君達はとてもそっくりでまるで双子のようだったと聞いています。彼等がツキノを見付けたのはちょうどそんな時でした、彼等も混乱したそうですよ『王子は双子』と聞いてはいても男女の双子で、男2人だとは思っていなかった、君達は揃いも揃って男の子にも女の子にも見えましたから、余計にですね。しかも、レオンさんの赤髪、ルネーシャ姫の黒髪、どちらでもない金髪です、混乱して情報が錯綜している間に今度はその2人の男の子のうちの1人が消えたのですから、余計に混乱します。思い余って部屋に突撃したら出てきたのはエディ君で、しかも彼はメリアの内情にずいぶん精通していた、そして同時に現れたのがランティスの王子にそっくりなアジェ君です。彼等はもう大混乱ですよ、まぁ、いい気味ですけどね」
「でも、そいつ等全員捕まえただろ?」
父さんはまたひとつ頷き「ですが、1人逃がしました」とそう言った。
「他にも仲間がいる事は分かっていました、カイルの自宅が荒らされていたのがいい証拠です。そして、私達が捕まえたうちの1人を逃がしたのは、彼が言う事を信じれば彼はランティスから送られたスパイだったからです」
「ランティスから? スパイってどういう事?」
「まだ彼の言う事を100%信じる訳にはいきませんが、彼が言うには、彼はメリアに巣食うそう言った癌を根絶やしにする為に内々にランティスから送られた間者だったというのです。彼は言いました、自分の仲間は革命派にも王国派の中にも潜んでいる、とね」
「それを送り込んだのは?」
「ランティス王家です」
ざわりと周りの空気が揺れた。皆が聞き耳を立てるようにして父さんの話を聞いている。
「ここにいる人間は皆事情を知っている者達だけなので言ってしまいますが、私達はそんな話しは聞いていません。そうですよね、アジェ君?」
「うん、そうだね。僕はそんな話しは聞いてない。ただ僕の情報は限られた物だから、ランティスの全てを知っている訳じゃない、その人がランティス王家から出されたというのが、ランティス王家のどこから出されているのかによって、僕に把握できていない情報も勿論あると思ってる」
「そういう訳で私達は一か八かの賭けで、彼を囮に出したのです。彼には二重スパイとして情報提供もお願いしています、それがどの程度こちらに渡ってくるか、もしくは全くの大ぼらでこちらの情報だけが持っていかれるのか、それはまだ分かっていません。彼には勿論うちの諜報部員が張り付いていますので、事の真偽は近々分かるとは思いますが、私達はそれを呑気に待っている時間はないのです」
「時間? 何で?」
「呑気に時間をかけていては、ランティス王国が崩壊する可能性があるからです」
また、ざわりとその場の空気が揺れた。
「おい、ナダール、それは一体どういう事だ?」
声を荒げるようにスタール団長が前に出てきた。けれどその話しは誰もが聞きたい事なのだろう、誰もそれを制止するような者はいない。
「これも囮に出した彼からの情報なので真偽の程は定かではありませんが、ランティスの病巣は根深く王家の中にすら蔓延っている、彼は言いましたよ『アジェ王子はファルスと結託して我が国を滅ぼそうとでもしているのか!?』とね」
「え……? 何で? 僕がそんな事する訳ないじゃないか!」
アジェおじさんが俄かにうろたえる。
「それは私達皆分かっています、だが彼はそうは思わなかった。メリアの王子であるツキノと一緒にいたアジェ王子はランティスに復讐をしようとしているのではないのか? 彼はそう考えたようですね」
「もう、何でだよ! 馬鹿じゃないの!?」
「情報が足りていないのですよ、それくらい混乱も起きているのです。誰もが手探りで諸悪の根源を探している、だから私達は疑いながらも彼を逃がしたのです。少なくとも彼のランティスに対する愛国心は本物だと信じたのです」
まるで暗闇の中を手探りで進んでいくような作業だ、そんな事を父さんはずっと続けていたのかと思うと頭が下がる。
「グノー、ようやく記憶が戻った所ですが、貴方には伝えておかなければいけない事があります」
「何? 何か嫌な事?」
「貴方にとってはあまり嬉しくはない事かもしれませんね。間もなく私達はザガに帰るという話しを今朝もしていたので覚えていてくれているとは思うのですが、私達は来週にはヒナノを連れてザガへと帰ります」
「うん、それは知ってる、覚えてる。そうか、ヒナノの事忘れたままじゃ帰るに帰れなかったよな」
「ヒナノの事はいざとなったらブラックさんに預ける事も考えていましたが、無事に思い出していただけたので本当に良かった。そして、ツキノはルーンへ、カイトとユリウスはランティスへと渡る事が決定しています」
瞬間母さんの顔が驚きの表情に変わり、続けて泣きそうに歪み「なんで」と小さく呟いた。
「ツキノは命を狙われている、カイトは顔が割れている、ここイリヤにいるのは危険なのですよ」
「だったら皆纏めてザガに連れて行けばいい! 全員俺が守るよ! だってこいつ等は全員大事な俺の子供達だ!!」
「貴方1人で全員は無理です。今後はヒナノもヒナノ姫と間違われ、襲われることも増えるでしょう。そんな状況で1人で全員を守り通すのは不可能です。ザガはメリアとも近い、わざわざ敵の眼前に2人を連れて行く必要はない」
「でも、だからって」
「ルーンはここイリヤと違って人の出入りが少ない、もし入ってきたとしても必ずエディ君、アジェ君の目を通す事になる、とても安全な場所です」
「だったらカイトも一緒にルーンに行けばいい、なんでカイトはランティスなんだ!? しかもユリウスまで一緒にって、どうしてだよ!」
父さんに詰め寄る母さんは今にも泣き出しそうな顔で、父さんの胸を叩く。
「ランティスの病巣を叩き潰す為ですよ。グノー、これは考え抜かれた選択なのです、エリオット王子の子供であるカイトには危険が付き纏う可能性もありますが、それ以上に安全でもあるのです。もし何かがあった場合、ランティス王家は必ず彼を保護するはずです。勿論、王子の子である事を前面に出していく訳ではありません、けれどいざという時、彼のその肩書きは絶大な効果を発揮するはずです」
「するはず、するはずって、そんなのただの願望だろ!」
「けれど、彼には行ってもらわなければならないのです」
「俺は反対だ」
「これはもう決定事項です」
「なんで!」とまた母さんは父さんの胸を叩く。
「ごめん、グノー、僕がカイト君に頼んだんだ。僕の弟、マリオ王子が命を狙われている、僕は彼を助けたい、その為に僕がカイト君に我が儘を言ったんだ、本当にごめん」
「アジェ、なんで……」
「大丈夫、カイトは私が守りますよ」
ユリウス兄さんの言葉に母さんは瞳に涙を浮かべて首を振る。
「お前だってあの国じゃ、カイトよりお前の方が……」
「私はこの見た目ですからあの国で差別される事はありません」
「そうじゃない! お前は、それでも俺の子なんだよ! お前は、メリア王家の血を引く子供なんだよ!」
「それは分かっています、でも大丈夫です。どんな場所に行っても、どんな危険が迫っても、対処できるように私達を育てたのは母さんだろ?」
「そうだけど……そうだけどっ!」
「当初はルイも一緒に行く予定だったのですがそれはさすがに止めました。あの国でのメリア人差別は悪化の一途ですからね。ルイのあの赤髪ではランティスでは目立ちすぎる」
母さんの肩がまたしてもびくりと震えた。
「いくらファルス人だと言っても差別は消せない、ルイは私達と一緒にザガへと向かう予定です」
あからさまに母さんがほっとした様子が窺える、けれどまだ神経はぴりぴりと尖ったままなのは微かに薫る彼の匂いが教えてくれる。
「とは言ってもザガだとて、そこまで安全な訳ではない、私達がザガを離れていた数ヶ月でまた治安は著しく悪化していると聞いています、問題は山積みなのです。グノー、確かに私達の周りには常に危険が取り巻いています、貴方が貴方の好きな人達を守りたいという気持ちは分かりますが、どう頑張ってもそれは1人では無理なのです。これは私達が平穏な生活を手に入れるための布石なのです、皆の行動ひとつひとつが平和な未来に繋がっているのです。ですからどうか、今は聞き分けてください」
父さんの言葉に母さんはいやいやと首を振っていたのだが、真っ直ぐに見詰め続ける父さんの瞳に、もうこれは覆せない話しなのだと悟ったのだろう、うな垂れるようにして頷いた。父さんはそんな母さんの肩を抱いて、またその頭を撫でる。
「ツキノ、カイト、君達にも苦労をかけるし、たぶんこれからも大変な事はたくさんあると思う。けれど何があっても私達は君達の味方だし、君達が決めた事を尊重していくつもりです。私はね、君達が末永く幸せである事がこの世界の未来の幸せに繋がると、そう信じているのですよ」
「俺達はそんな大それた存在なんかじゃない」
「それでも私は君達の幸せを祈っているのですよ、だって君達は私の大事な子供達なのですからね」
父さんは俺の本当の父親ではない、勿論カイトの父親でもない、それでも彼は誰よりも俺達の父親だった。
「さぁ、堅苦しい話しはここまでです。今日はお別れの晩餐会、名残惜しくはありますが、最後まで楽しく飲み明かしましょう」
父さんのその掛け声に周りの空気が一気に和らいだ。なんだか凄いな。父さんの凄さはとても見え難い、いつもにこにこしているだけで頼りないと言われるのもしょっちゅうだけれど、それでも何故か人を惹きつける。
人の上に立つというのはきっとこういう事なのだろう。
「カイト、アジェ君、あとはユリウス、ちょっといいかな? 話しておきたい事があります」
宴に戻った皆の様子を伺いながら、父さんは3人に声をかける。何だろう? 皆には話せない事? 俺や母さんにも? この3人の共通点ってなんだ?
俺の傍らでカイトは首を傾げながらも頷いてアジェおじさん、ユリウス兄さんと共に行ってしまう、残された俺はどうにも居心地が悪く周りを見回した。
母さんは少し憔悴した顔でとぼとぼと台所へと向かうので、俺はその後を追いかけた。
「母さん!」
「ん? ツキノか……いや、この場合ヒナノって呼ぶべきか?」
「俺は俺だよ、ヒナはヒナなんだからちゃんとそう呼んであげて」
「あぁ、そうだな。ヒナノ、料理手伝って」
名前を呼ばれた妹ヒナノは嬉しそうに駆けてくる。父さんも強力な助っ人と言っていたくらいだ、元々こういったパーティの催しではこうやって子供は全員手伝わせられるのが常なのだ、今までの俺はそれを嫌がり全てを他の兄弟に丸投げていたが「俺も手伝う」と彼に付いて行ったら、目を見開いて驚かれてしまった。
「ツキノ、どうした? 熱でもあるのか?」
「なんでだよ! 元気だよっ」
「お前が自発的にお手伝いなんて、雨でも降るんじゃないか?」
怪訝な顔の母さんにヒナノはくすくす笑みを零す。
「ツキ君はきっとヒナと同じなのですよ。ママに甘えたいのでしょう?」
そう言ってヒナノは母さんの腕に自分の腕を絡めた。
「ヒナは甘えたいですよ。忘れられてしまって悲しかった分、思い出してもらったらたくさん甘えるって決めていたのです」
妹ヒナノの言葉に母さんは顔を歪め「ヒナ、本当にごめんな」とまた謝る。
「ヒナは大丈夫なのですよ、ヒナはママがヒナの好きな物を作ってくれたら、それでもう全部忘れるですよ。だからママは早く他の子達の事も思い出してあげてくださいです」
「他の子達……?」
「ヒナの弟と妹達ですよ。ずっとヒナと一緒にいてくれたです。ヒナだけ思い出してもらってなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいなのですよ」
「うぁ……まだ俺誰か忘れてるんだ、ってかヒナより下って、俺、そんなにたくさん産んだっけ?」
「うふふ、そこはママが自分で思い出すですよ」
そう言ってヒナノは楽しげに母さんに擦り寄った。いいな、さすがに俺はそこまで母さんに甘える事はできやしない。
けれど、俺のそんな視線に気付いたのか母さんは「ほい」とヒナノが擦り寄っている方の手とは反対の手を俺に差し出した。
「えっ……と?」
「おいで、ツキノ」
「いや、でも……」
「遠慮すんなって、んふふ、ツキノの匂い久しぶりだな。行かせたくねぇなぁ」
片手で俺を抱き寄せ、俺の髪に顔を埋めるように言った母さんの言葉に俺は泣いてしまいそうだった。




