恋模様①
「嘘だろ……」
僕は呆然として、その滅茶苦茶に引っ掻き回され物が散乱する僕の部屋を見回した。
「おやおや、ここも酷いですねぇ」
ユリウス兄さんは他の部屋を見回っていたのだけど、そちらは見終わったのか僕の背後からひょいと部屋を覗き込んで、呑気にそんな事を言った。
「もう! どこに何があるか全然分からないだけど! 鍵! せめて鍵!!」
僕がユリウス兄さんを引き連れて自宅に帰ってきた理由はひとつ、僕の首に嵌められたチョーカーの鍵を取りにきたのだ。
1人で行けると言った僕にユリウス兄さんが付いて来たのは、たぶん昼間にあった出来事を彼の親友イグサルさんから聞いたからだろう。今日の昼間、僕はふてぶてしい態度のアルファに絡まれ、嫁になれと脅された。
勿論そんなのは願い下げで断ったのだが、こんな事になるのも、まだ僕とツキノが正式に番になっていないからだ。僕は今日こそツキノに僕の項を噛んでもらおうとチョーカーの鍵を取りに来たのに、その鍵が見当たらない。
「あの鍵予備はないのに! もう何処だよ!」
散々に荒らされた部屋の床に這い蹲るようにして探し回るのだが、探し物は本当に小さな鍵だ、簡単には見付けられず、僕は肩を落とす。
「これは時間がかかりそうだ、今日は諦めた方がよくないかい?」
「でも……」
仕事を終えてからの寄り道だ、外は既に夜の帳が下り始めている。部屋の中は薄暗くて、確かに探し物には向かない時間だ。
今日こそツキノに項を噛んでもらおうと思ったのに、ようやく自分はツキノの物になれると思ったのに、こんなのあんまりだ!
「何か他に盗られた物とかは?」
「別に、荒らされてるだけ。元々我が家、盗るような金目の物何もないから大丈夫だと思う。けど、父さんの私物までは分からないな」
「カイルさんの私物……そこは本人に確認してもらわないと分からないか。まだ公になっていない薬の研究資料なんかが盗まれてないといいですけど」
「父さん、そういうのはよっぽど家には持って帰ってないと思う。家に帰ってくる時は仕事が一段落した時で、仕事を家に持ち込む人じゃないから」
今日だって家がこんな事になっていたって帰って来てはいないのだから、まぁ、そういう事だろう。
「誰がこんな事をしたのかも気になりますね。ただの物盗りならまだしも、まだ昨日の仲間がいるのだとしたら、それはそれで厄介だ」
「うぅ~そんな事より、見付かんない!!」
腕を組んで思案するユリウス兄さん、僕は床に散乱する細々とした物を放り投げて今日の鍵捜索は諦めた。
「もし鍵見付からなかったらどうしよう。これ、外れるのかな……」
僕の首に嵌められたチョーカーはオメガ用の特殊チョーカーだ、防犯面を考えて簡単に取り外しができないように物自体も頑丈にできている。切ったり壊したりが簡単にできる代物ではない。
「大丈夫でしょう、もし無かったら、うちの母さんが外してくれますよ」
「え……?」
「それ、母さんが作った手作りです。もしかしたら鍵の予備もあるかもしれないですよ」
「そうなの!?」
「まぁ、恐らくは。ただ現在母さんはあの状態なので、その辺も思い出さない事には所在が分からない。それに今カイトはツキノでアルファだと思われてる、母さんには見せられないよ」
駄目じゃん! すぐにでも外せるかと思いきや、そちらも時間がかかりそうで僕は溜息を零した。
ユリウス兄さんは鍵の所在を「それとなく聞いておくね」と僕に言い、僕をツキノの待つ宿屋まで送ってくれた。
「明日も迎えに来ますから、一人の行動は控えてください」
「えぇ? 大丈夫だよ?」
「大丈夫かそうでないかはこちらで判断します。私のカイトに対する護衛任務はもう既に始まっているという事だけ覚えておいてください」
「そうなんだ、なんかごめん」
「気にしなくてもいい、これも仕事のうちです」
それじゃあ兄さんのプライベートがなくなってしまうと僕は思うのだが「大丈夫だよ」と彼は笑った。
宿屋の人に通された僕達の今日から暮らす部屋は、どこの豪邸の一室かという程の豪華さだった。そう、あれだよ! 武闘会の時に乗り込んだカーティス邸! あんな感じ。
「なんか落ち着かないね」
それでももっふりとソファーに身を沈めると気持ちが良くて、寝てしまいそうだ。
「俺達、こっちの部屋だって」
そう言ってツキノに連れて行かれた部屋もずいぶん広い部屋だった。僕の家のリビングくらいあるんじゃない? しかもちゃんとベッド2つある。別にひとつでいいのに。
「ねぇ、カイト、今日もしかして何かあった?」
ベッドに腰掛け、スプリングを確認するようにふわふわしていると何故か突然ツキノに問われ僕は首を傾げる。
「え? 別に何もないよ? なんで?」
「カイトから知らないアルファの匂いがする」
僕に寄って来て、すんと匂いを嗅いだツキノは不機嫌そうに眉根を寄せた。
ツキノの知らないアルファの匂いなんて心当たりは1人しかいなくて、僕は「え? 嘘! 本当に?! うわっ、最悪!」と、慌てて自分の匂いを嗅いでみるのだがよく分からない。
実際あの男の匂いは僕にはほとんど感じられないのだ、ツキノに気付かれた事に逆に驚いたくらいだ。
「やっぱり何かあったのか?」
「う~ん……うん、まぁ、あったね」
「何?」
「ユリウス兄さんの友達のイグサルさんって分かるだろ? そのイグサルさんの従兄弟って人に『お前は俺のオメガだ』って言われて、フェロモン浴びせられたんだよね。僕にはほとんど分からなくて、ふざけんなって感じで……」
話している途中にツキノに抱き締められ、ツキノのフェロモンを浴びせられる。やっぱりツキノはいい匂い。好き。
「人のオメガに匂い付けなんて、いい度胸だ! ぶっ飛ばす」
「え……? 匂い付け?」
「気付いてなかったのか?」
「だってあの人ほとんど匂いしなかったし、ユリウス兄さんにも特に何も言われなかったよ? そんなに匂う?」
「お前の匂いに不純物が混ざってる感じで気持ちが悪い」
そうなんだ? と僕は首を傾げるのだが、やはり自分ではよく分からない。
「もうそいつには近寄るな!」
「僕から寄ってった事は一度もないよ、勝手に寄って来るんだから仕方ないだろ。しかもその人、好きな子ほどイジメるタイプの人間らしくてさ、めっちゃ絡まれるの。ホントうざい。僕のこと散々オメガの癖にって馬鹿にしたあげく、嫁に来いとか意味不明過ぎて、そんな事言われてほいほい付いてくオメガがいるなら見てみたいって思ったよね」
僕の言葉にツキノは苛々したように自身の爪を噛む。
「カイト、チョーカーの鍵は?」
「え? あぁ、そうだった、聞いてよ! 今日家に泥棒入ったみたいでさ、家の中めっちゃ荒らされてんの! 鍵も探したんだけど、いつもの場所になくてさぁ……ツキノ?」
ツキノの表情が更に険しくなって、僕の顔を睨み付けるようにツキノは僕を見やる。
やめてよ、その顔怖い。
「鍵はなかったのか?」
「う……ん、でも、これグノーさんのお手製らしくてさ、予備の鍵有るかもってユリウス兄さんが言ってた。ただ記憶が戻るまでは何処にあるかは分からないらしいんだけど……ねぇ、ツキノ、顔が怖いよ?」
「むしろ何でお前はそんな呑気な顔をしてられるんだ! もし万が一その鍵を犯人が持って行ってたら! その犯人がアルファだったら! お前、襲われて無理やり番にされる可能性だってあるんだぞ!」
「え? えぇ……そんな事って、ある?」
「絶対ないって事はないだろう! 今日、お前はよそのアルファに匂い付けまでされてんだぞ! お前の事をオメガだって知った上で、お前を狙った空き巣だったらどうすんだ!」
まるで突拍子もない事を言われて「それはない」と笑い飛ばしたかったのだが、ツキノの表情があまりにも真剣で、僕は笑いを引っ込めた。
「お前は今現在俺だと思われている可能性が高いんだ、お前がオメガだと相手が知れば、お前との間に子を作ろうとする人間だって現れるかもしれない。その子供は必然的にメリア王の孫って事になるからな。俺と間違われたままお前がもしそんな目に遭ったら、俺は……」
「そんなの考えすぎだよぉ」
「カイト!」
またツキノにきつく怒られた。心配してくれてるのは分かるけど、気の回しすぎだと思うんだけどなぁ。それに、もしそうなら危険性は『ヒナノ姫』であるツキノだって同じだ。
「もっと早くに番になっておくんだった、どうしてお前がヒートを起こした時に躊躇したのか、自分のトラウマなんかどうにでもなっただろうに!」
「ツキノ、あの時は駄目だったんだから、そういう自分を責めるような後悔するのは止めよう? 全部タイミングが悪いだけ、上手くいかない時だってやっぱりあるんだから、そこは仕方なかったって諦めて今後の事を考えようよ。僕はね、嬉しいよ。ツキノが僕と番になる事に前向きになってくれたと思うだけで、凄く嬉しいんだよ」
ツキノはまた僕を抱き込んで、僕の肩口に頭を預けるようにして「ごめん」と一言呟いた。
「謝る事何もないだろ? ふふふ、素直なツキノはやっぱり変だよ」
「この期に及んでまだ俺の事、天邪鬼とか言う気か?」
「そういう所も好きなんだから、ツキノは変わらないでいてよ」
「それはこっちの台詞だ」
僕は何も変わってなんかないのに、変なツキノ。
「そういえばお腹空いたね、今日の晩御飯なんだろう? こんなに上げ膳据え膳なの久しぶりだから、なんだか申し訳ないな」
僕が笑うとツキノはようやく怒りを治めたのか、ふっと肩から力を抜いた。
変なツキノ、何をそんなに苛立っているのか分からないけど、僕達が一緒にいられる時間はきっともうそんなにたくさんはないと思うのだ。だから今はもっとツキノといちゃいちゃしてたいなぁ。
「ここ数日で色々な事があって、どんどん俺達の世界は変わってく。知らなかった事もたくさんあって、俺は自分がどうしていいかも分からない。カイト、俺はどうすればいい? 何が正しい? どの選択を選んでも、どこかしらに迷いが残るんだ。お前と離れる事が正解なのか不正解なのか、俺にはそれすら分からない」
「ツキノはツキノの好きなようにすればいいんだよ。だって、それがツキノなんだから」
ツキノは無言でしゃがみ込み、膝を抱えるようにして顔を伏せた。まるで昨日の拗ねた僕みたいだ。
「それが分からないから聞いてるのに……」
「そっかぁ、でも僕の中にも答えはないよ。僕は僕で自分の今後を模索中だからね。でもひとつ決めてる事は『僕は絶対ツキノと結婚するぞ』ってそれだけかな」
「それは嫁なのか、旦那なのかどっちだ?」
「あはは、ツキノはそれでも迷ってるんだ。どっちでもいいよ、ツキノが決めなよ。それとも僕が決めたほうがいい?」
「いや、もう少し迷う事にするから保留しといて」
ツキノの物言いに僕はまた思わず笑ってしまった。
「男性オメガっていうのは、生まれた時からこんな俺みたいな状態の癖に、カイトには迷いはなかったのか?」
「迷い? 特別にはなかったかなぁ、だって僕はツキノと結婚すると思ってたし、ツキノは普通に男だったからお嫁さん以外の選択肢がなかったからね。これが、大人になってから『運命』に出会うとかだったらまた話しは別だったと思うよ? ルイ姉さんみたいなアルファのお嫁さんを探してたら、厳つい男性アルファが『運命』だったとかね、それだったら物凄く戸惑っただろうけど、そんな仮定意味ないよね? 僕の相手はツキノだけ、どんなツキノもツキノだから妻の立場でも夫の立場でも何も変わらない」
「そういうものか?」
「ツキノは難しく考えすぎ。どっちだっていいじゃん、僕の隣にツキノがいる、それだけの話だよ?」
ツキノはぽかんとこちらを見上げる。あれ? 何だろう? 僕、変な事言ったかな?
「シンプルだな」
「これって元々、至ってシンプルな話だったと思うよ?」
「そうか」とツキノは頷いた。
「どっちでもいいんだな」
「うん、どっちでもいいんだよ。そこに愛が在りさえすればね」
「そうか、そうか」と頷いて、ツキノは微かに笑みを見せた。僕はツキノの心の迷いを少しくらいは払拭できたかな?




