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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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恋慕③

 俺達は朝食を終えると、揃って家を出た。ルイ姉さんだけは母さんと家に残っているのだが、俺達と入れ替わるよう何人かの騎士団員がデルクマン家を訪れて賑やかなものだった。

 デルクマン家には最近騎士団員も詰めていると黒の騎士団の人達が言っていたが、彼等は仕事と言うよりも遊びに来ているような感じで、聞けばやはり業務としてデルクマン家を訪れている訳ではないと養父は言った。


「彼等は休みの日に都合をつけてグノーの様子を見に来てくれているのですよ。とても有難いと思いもしますし、申し訳ないとも思っています。彼等は『うまい飯屋に通っているだけだ』と言いますが、そんな訳ないですからね」


 デルクマン家は昔から人の出入りの多い家ではあったが、こんなに途切れる事なく毎日誰かしらが居座っているという事はなかった。皆が彼等家族を、とりわけ母さんの様子を案じているのだとすぐに分かった。

 伯父さん達の泊まっている宿屋の前まで送り届けて貰い、俺は1人伯父さん達と合流だ。

 カイトとユリウス兄さん、そして父さんは今日も普通に仕事があるので出勤なのだが、俺1人だけこんな事でいいのだろうか?

 宿屋のフロントまで俺を迎えに出てきてくれたアジェおじさんは、俺の顔を見るとぱっと笑みを見せて「こっちこっち」と俺の手を引いた。

 連れて行かれたのは恐らくその宿屋で一番グレードの高い部屋なのだろう、ずいぶん広く調度品も立派なものがあしらわれた豪勢な部屋で俺は困惑した。


「今日からツキノ君とカイト君も来てくれる事になったから、奮発してグレード上げちゃった。部屋も広いし、専用の庭まであるんだよ、凄いよね」


 俺は言葉も出せずに、その部屋を眺めやる。最初からずいぶん豪遊していると思っていたが、さすがにこれは無駄遣いが過ぎるのではないだろうか? これ一泊幾らくらいの部屋なんだろう? 考えるだに恐ろしい。


「こんな立派な部屋じゃなくても……」

「大丈夫だよ、この宿屋は友人のお兄さんが経営している宿だから、お友達割引があるんだ」

「それにしたって……」


 その部屋は宿屋の中でもまるっと一棟別棟なのだろう、入ってすぐのリビングはカイトの家より余程広かったし、部屋も幾つもありそうだ。アジェさんの言うように、窓の外にはそこそこの広さの庭が広がっていて散歩だってできてしまう。

 何というか別世界だ、住む世界が違う……

 エドワード伯父さんはどうやら外出中のようで姿が見えないし、広い部屋に2人きり、どうにも空間を持て余してしまう。


「どうしたの?」

「身の置き場に困る」

「あはは、ツキノ君はお城で暮らしてた事もあるんだろ? あそこに比べたら全然だろ?」


 確かにそれはその通りなのだ、ここイリヤに暮すために出された条件は祖父と一緒に暮らすことで、俺は半年程をファルス城で暮らしていたのだが、やはりその時も俺は今と同じ居たたまれなさを感じていた。

 俺が城を飛び出したのは勿論カイトと一緒に居たかったというのもあるのだけれど、城に住むという場違い感に居たたまれなくなったというのもあるのだ。

 基本的に自分の事は自分でやるように躾けられて育った身で、数多くの使用人に世話を焼かれる生活にはどうしても馴染めなかったのだ。

 庶民くさいと言われようとも、もうそこは庶民育ちなのだから仕方がない。


「もしかして、おじさんはこういう生活に慣れてるの?」

「こういう……?」

「人にお世話されて暮す、贅沢な暮らし」

「んん? 別にそこまででもないけど、家にも昔からお手伝いさんは何人かいるよ?」


 お手伝いさん、いるんだ。そういえば、この人達貴族だった……


「エディも最初は慣れないって言ってたけど、今はもう普通だし、こんなの慣れだよ」

「もしかしておじさんの家も大きいの?」

「え~? どうだろう? カイルさんの家よりは大きいけど、割と普通だよ」


 アジェおじさんの普通が何処基準なのか分からない俺は頭を抱える。軽率にルーンに行くと言ってしまったが、俺はそんなお屋敷で暮らしていけるのだろうか? きっと今までのように引き籠もりという訳にもいかないのだろうし、俺はそれに一抹の不安を覚える。


「どうしたの? また体調悪い? そういえば貧血はもう平気?」


 生理も3日目ともなればさすがの俺でも慣れてくる。腹具合も日を重ねてだんだん普通に戻って来ているので、俺は「大丈夫です」と頷いた。

 「そういえば、ちゃんとツキノ君の服も持ってきておいたからね」と、笑みを見せたおじさんは俺をウォークイン・クロゼットへと引っ張って行く。っていうか、この部屋そんな物まであるのか? 宿屋じゃないじゃん、もう家だろ、これ。


「ねぇ、おじさん、俺の服、おじさんが買ってくれたのしかないんだけど……」

「何か問題あるかな?」


 あるだろ! 全部女物だろ、これ!


「おじさんは俺を女扱いしたいんですか?」

「うちの1人息子は可愛げがないんだよねぇ……可愛い服着せようと思っても着てくれないし、似合わないし。その点ツキノ君は似合ってるから問題ないよ」


 質問の答えになってない!


「それにこれ女物じゃないよ? その辺はちゃんと選んで買ってきたもの」


 いやいや、そこに掛かってるの絶対ワンピースだから! 絶対女物だから! しかも、いつの間にやら靴まで揃ってんじゃん、誰が履くんだよそんなヒール靴! ってか、サイズ俺の足にジャストサイズだよ、教えてないよ、なんで知ってるの!?

 険しい顔でクローゼットを眺める俺にアジェさんは苦笑して「まぁ、半分冗談だけど」とクローゼットの端の方に寄せられた服を俺に手渡してくれた。

 それは、目の前に並べられた服を思えば普通に男物のシャツとズボンで、色は今まで自分があまり着用しないような原色寄りのシャツだったのだが、俺はほっと安堵の吐息を漏らす。


「似合うのに、勿体ないな」

「似合う似合わないの問題じゃなく、俺の男としての矜持の問題です」


 女物の服を脱ぐ事ができた俺はようやく本来の自分に戻れたような気分だ。ただ、普通のシャツを着ただけなのに妙に落ち着く。


「ツキノ君はあくまでツキノ君なんだね」

「そこを変える気はありません」


 「そっか」とおじさんは笑みを見せた。それでも俺には少しだけ不安がある、もし俺の身体の成長がこのまま男として育たずに止まってしまったら……

 今は完全な少年体形、その姿はユリウス兄さんの友人のミヅキさんを彷彿とさせる。彼女は少年のように髪を短くしていて、まるで小柄な少年の姿だ。俺の今の姿はまさにそれで、もしこのまま成長しなかったら俺とミヅキさんの間になんの違いがあるというのだろう?


 俺はふるふると首を振る、今はそんな事を考えている場合ではない。


「そういえば、昨日の犯人達どうなりました?」

「まだ、取調べ中だけど、概ねエディの予想通りだったみたい。何人かはメリアの貴族の名前を上げて、自分達は雇われただけだって言ってるって。ただね、1人だけ少しだけ毛色の違う人がいるみたい」


 毛色の違う人? 意味が分からなくて俺は小首を傾げる。


「あのね、あの時1人、僕の顔を見て『王子』って言ってた人いただろう? あの人なんだけど、どうもあの人だけはランティスの人みたいなんだよねぇ」

「ランティスの? なんで? あいつ等メリアの体制派だったんでしょ?」

「そう、そうなんだけど、その人自分はランティスからメリアに送られた密偵だって言ってるらしいんだよね。メリア情勢を探っているうちに体制派の動きに気付いて潜り込んだんだって。自分の仲間は王国派や革命派にも潜んでいるって言ってるらしいよ」

「それって一体何の為に?」

「それが分からないから、まだ取調べが続いているんだよ。それもあって今、エディいないんだけどね」


 エドワード伯父さんの不在にそんな理由があるとは思わず、俺は考え込んでしまう。

 メリアの体制派、その中に紛れ込むランティス人。なにかもう不穏な物しか感じない。


「俺も何かできないかな……」

「ん?」

「なんだか俺ばっかりぬくぬく守られていて、俺はこんなんでいいのか? って思っちゃって……」

「守ってくれる人がいる内は守られておけばいいよ、頑張るのは自分の周りに誰も守ってくれる人がいなくなった時。そんな時が来る可能性がゼロじゃないからツキノ君はそれまで自分の頑張りは温存しておけばいいと思うよ」


 「それって、やっぱり甘やかされてる」と俺が呟くと、アジェおじさんは「いいの、いいの」と笑みを零した。


「今の自分に無力さを感じてるなら、もし誰かが躓いた時に力になってあげればいいよ。今は自分が甘やかされる時、できる時に他人を甘やかせられるように温存は大事だよ」

「そんなの、結局返せなかったらどうするんです?」

「長い人生、必ず一度はそういう時がくるよ。その時に気付いて寄り添ってあげられればそれでいいと僕は思ってる。僕は言っては何だけどあまり人の役に立てるような人間じゃないからね、そういう時こそ本領発揮で張り切っちゃうよ。今は、僕はツキノ君の傍にいてツキノ君を笑わせるのが仕事かな」


 そう言っておじさんは僕の頬を撫でた。いつでも能天気に笑っている、やる事成す事どこか子供じみた言動のおじさんの表情が、急にとても大人に見えた。


「もしかしておじさんのこの豪遊も、わざとなの?」

「ふふ、それはどうだろうねぇ」


 おじさんは笑って俺に背を向けた。おじさん達との観光は本当にとても楽しかったのだ、それももしかして全て俺の為だったとしたら……?


「この宿屋ね、お茶も凄く美味しいんだ。お茶菓子もあるし一服しようか?」


 そう言っておじさんは簡易キッチンへと楽しげに歩いて行く。不思議な人、けれど一緒にいると何故か落ち着く。

 俺は無言でおじさんの後を追った。



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