恋慕②
客室から連れ出された俺はルイ姉さんの部屋で散々に笑われた後、結局彼女の部屋で寝る事になってしまった。姉弟みたいなものだし、別にどうという事もないのだが、女の部屋で寝るのは初めてで少しばかり緊張してしまう。
「そんなに畏まらないでよ、変にこっちまで緊張しちゃうでしょ」
ルイ姉さんはそう言って笑ったのだが、俺は何度も自分は男だと言っているのに、そんなに危機感なくて大丈夫なのか? ルイ姉さんは非常にモテる人だし、今のこの状況を快く思わない人はたぶん恐らくたくさんいそうな気がする。
「姉さんは俺と一緒でいいの?」
「あら? 気を遣ってくれてるの? そんな格好の貴方にそんな事を言われるのは変な感じね。私は貴方をヒナノだと思ってるから、別に問題ないわよ?」
ベッドに寝転がって、彼女はおいでおいでと手招きするので、俺はしぶしぶベッドに上がり、彼女の横に滑り込む。
本物のヒナノは彼女の妹。そうか、俺は妹扱いか。俺、何度も自分は男だって言ってるのに、外堀から女に変えられそうでちょっと怖いよ。
「それにしても、その首筋。可笑しいわね、アルファのツキノがそんなに噛み跡付けて、まるで愛されてるオメガみたい」
「これは……カイトのチョーカーの鍵、家に置きっぱなしだし、噛んでくれないなら噛ませてくれってカイトが言うから」
「別に言い訳なんかしなくていいわよ、仲が良くていい事じゃない。私は羨ましいのよ」
「羨ましい?」
ルイ姉さんはベッドの端によって天井を見上げる。
「だって貴方達は『運命の番』なんでしょう? 私にはまだ『運命』の相手は現れていないんですもの、羨ましいに決まってる。ただでさえ女のアルファは少ないのよ、私は『運命』に巡り会えるのかすら分からないんですもの、羨ましくない訳ないじゃない」
「ルイ姉なら誰でも選り取りみどりだろ?」
「一方的に好きになられたって、こっちが好きになれなきゃ意味ないじゃない。私を好いてくれる人は有難い事にたくさんいるけど、違うのよ。私は愛されたいんじゃないの、誰かを本気で愛したいの、うちの両親みたいに、貴方達みたいに、この人が『運命の番』です! って胸を張って自慢できるような人に私は会いたいの」
「今の所ピンとくる相手は誰もいないんだけどね」とルイ姉さんは苦笑する。
「ねぇ、ツキノ、貴方はいつカイトを自分の『運命』だと思ったの?」
ルイ姉さんの突然の質問に俺は言葉を詰まらせた。改めていつと言われるとよく分からない、気が付けば隣で笑っていたカイトと自分はいずれ結婚するのだと物心付いた時には既にそう思っていたのだ。
「幼馴染の『運命の番』って本当に何の苦労もなくて羨ましいわよね。だって気付いたらもうそこに居るんでしょう? この広い世界でいるのかいないのか分かりもしない番相手を探すなんて本当に気が遠くなる作業よ。それでも出会うのが『運命』だって父さんは言うけど、本当にこの世界のどこかに私の『運命』は存在しているのかしら? って、時々考えちゃうのよねぇ」
「ルイ姉はもし『運命』の相手が一生現れなかったらどうするの? 世の中には『運命』じゃなくても番になってる人達はたくさんいる。ルイ姉は自分を好いてくれる人の中で妥協しようとは思わないの?」
「う~ん、今の所はなんとも。私だってまだ夢は見たいお年頃ですもの、そのうち白馬の王子様が目の前に現れる可能性を捨てたくはないわね」
そのルイ姉さんの物言いに俺は思わず吹き出した。白馬の王子様って、自分が王子様みたいななりしてよく言うよ。
「あら、何で笑うの? 私だってまだまだ夢見る乙女なのよ、まったく失礼しちゃうわ」
「あはは、ごめん。でも白馬の王子様よりは囚われの姫の方が可能性は高いんじゃないの? アルファのルイ姉の相手なら向こうはオメガのはずだろう? オメガの白馬の王子様はなかなか難しいと思うけどな」
「あらいやだ、オメガの白馬の王子様を捕まえた人が何を言っているのかしら? カイトは立派に貴方の騎士様じゃないの、自分の事は意外と見えていないのね」
言われて俺も首を傾げる、そう言われてしまうと確かにカイトはオメガの王子様に違いない。
もうまかり間違っても可愛らしい姫という感じではないのだから、一概にいないとは言えないのだなと納得した。
「オメガって言ったって母さんみたいな人もいるんだもの、きっと私の理想のオメガの人がどこかにいるって夢見たっていいじゃない」
「ルイ姉の理想って確か自分より強い人だよね?」
「悪い?」
「条件厳しすぎて、凄く難しそう」
ただでさえオメガはひ弱で線が細い人間が多いのだ。守るよりは守られる方なのは間違いがない上に、ルイ姉の腕っ節は親譲りで、言っては何だが男顔負けなのだ。そんなルイ姉さんより強いオメガなんてはっきり言って探し出せる気がしない。
「番相手のいる人間の余裕かしら? あぁ、腹立たしい!」
そう言ってルイ姉さんは壁の方を向いて寝の体勢だ。俺は天井を見上げ、また腕を伸ばす。
本当に俺の腕は細くて貧相で、まるでオメガのようだと思ってしまう。女の腕だと思えば標準なのかもしれない、けれど男として生きたい俺にとってはその細腕は儚すぎて、溜息を零した。
翌朝客室に顔を覗かせると、半分寝ぐずったような顔のカイトは酷い顔をしていた。
「お前、大丈夫か?」
「はは、ちょっと寝付けなくて。やっぱり1人寝は寂しいね」
そう言って彼は笑うが、その顔は完全に寝不足という感じで、本当にそんなんで1人でランティス行けるのか? と心配になってしまった。
「ツキノはちゃんと寝れた?」
「ルイ姉はお前より寝相がいい」
「なにそれ酷い」とカイトは苦笑する。
「僕はツキノが僕以外の人と寝てるのかと思ったらずっと気が気じゃなかったのに!」
「それでそんな顔してるのか?」
「悪い?」とカイトはぷくりとむくれる。そんなカイトの頬を突いて「俺は完全にヒナ扱いだったよ」と笑ってやった。
2人で連れ立ってリビングへ向かうと、母さんに「おはよう」と声をかけられたのだが、その後彼はこちらを見て微かに首を傾げた。カイトもそれを不思議に思ったのだろう「どうかした?」と訊ねるのだが、彼ははっとしたように首を横に振った。
「何でもない、飯できてるぞ」
リビングには既にナダールおじさん、ルイ姉さんがいて、しばらくするとユリウス兄さんも大欠伸で起きてきた。食卓を囲んで手を合わせる、それはまるで今までと変わらない家族の光景、そこに一番下の娘ヒナノがいない事と、最近引き取った養子の子供達がいない事だけが唯一の違いで、俺は申し訳ない気持ちになる。
本来この場にいるべきは、彼等の本当の家族であるヒナノであるべきなのに、俺がその居場所を奪っている。
「ヒナ、ちょっと手伝って……って、いや……お客様に手伝わせちゃ駄目だな。俺、何言ってんだろ……」
グノーさんが無意識で僕に声をかけ、はっとしたようにそう言うと、困ったような顔で己の頭を軽く小突く。
「おかしいな、ヒナノとは昨日あったばっかりのはずだろう? なんかもやっとするんだけど、もしかして俺とヒナノって面識あった?」
「え……? えっと、なくはなかった、です」
「マジで? ごめんな? もうツキノに聞いてるとは思うけど、俺、頭ポンコツだから、時々色々忘れちゃうんだ。変な奴でごめん。でも、ツキノはそんな所一切ないから、嫌ったりしないでな」
俺は母さんの言葉に頷いた。母さんが全てを忘れてしまった原因は自分なのだ、そんな母さんを変だと思うことなんて絶対にないのに、母さんは本気で申し訳無さそうな表情を見せるので、俺はもう本当に居たたまれない。
母さんは何かを思い出そうとでもするようにおたまを振り回しながら、考え込んでしまう。
「グノー、焦りは禁物ですよ」
「そうなんだけどさぁ……」
家族全員が母さんを慎重な目で見守っている、それに気付いているのかいないのか、母さんはまたおたまを振り回しながら「なんでかなぁ?」と首を傾げた。




