プロローグ
「なんだよ、コレ……どっからこんな数の人間湧いてきてんだよ……」
俺は唖然としてその街の繁華街に立ち尽くしていた。
右を見ても人・人・人の人の群れ、片田舎の小さな町で育った俺には全く想像もできない世界がそこにはあった。
それでも俺の暮らすカルネ領ルーンも昔を思えば人口が増えたと町の人達は口を揃えて言ったものだが、それでも今目の前にいる人の群れを見てしまえば、増えたと言ってもたかが知れてる。
それくらい、そこには人が溢れ、モノが溢れ、そして活気があった。
それにしても人が多い、街の住人達は慣れたようにすいすいと人波を掻き分けて進んでいくが、田舎者の自分にはどうやって前に進んでいるのかも分からない。
少し進んでは人にぶつかり、また進んでは人波に飲み込まれ逆流してしまい、一向に前へ進んでいる気がしない。
「くそっ、こんなに人が多いなんて聞いてない……」
そこは自分達の暮らす国ファルスの首都イリヤで、首都の人口が多いのは言われなくても少し考えれば分かる事なのだが、自分の不勉強を棚に上げて悪態を吐く。
泳ぐようにもがきもがき前に進んでいると、ふいに腕を捕まれ引っ張られた。
「え……ちょっと! 誰? 何!?」
掴まれた腕を離そうともがくのだが、その腕は思いのほか力強くて振り解けず、その人混みを引っ張られるままにしばらく歩くと、ふいに人波が途切れた。
「ふぁぁ、やっと抜けだせたぁ、良かったね、姉さん……って、誰!?」
「それはこっちの台詞だ!!」
俺の腕を掴んでいたのは歳は20代前半くらいの若い男で、よく見てみればとても背が高い。
目に眩しい輝く金髪が陽に輝いて逆光なせいか更にきらきらしていて神々しい。
だが、そんな姿を見ても俺には苛立ちしかない。
「あんた何なのさ! 突然腕掴んで引っ張られて、こっちの方が訳分からないよっ!」
「あぁ! ごめん! 上からその赤髪だけ見えたから、てっきり姉かと思って引っ張ってきちゃった……やばい、姉さんとはぐれた……」
その男は眉を下げ、謝りつつも、当人も困っているのだろう「どうしよう……」とおろおろしている。
「あんたの姉って赤髪なの?」
その男は見事な金髪だというのに、その姉は赤髪なのかと少しばかり首を傾げる。
「あぁ……うん、そう。母がメリアの出身でね、姉は母似なんだ」
人の良さそうな笑顔で男は笑う。
その細められた瞳は不思議な紫色をしていて、こんな瞳の色の人に会うのは初めてだった俺は、都会には田舎にはいない色の人がたくさんいるんだなと思う。
「君も出身はメリアなの?」
彼の問いに俺は渋い顔をする。そう、俺の髪はこの国では珍しい赤髪なのだ。
赤髪は一般的には隣国メリアの象徴で、こんな風に言われてしまうのも日常茶飯事だ。
「生まれも育ちもファルスです。ついでに言うなら母も祖父母もファルス人」
彼は不思議そうに首を傾げる。
「じゃあ、お父さんがメリア人?」
「知りません、会ったことないんで」
不貞腐れたように言った俺の言葉に、彼はまた少し困ったような表情を見せた。
「私は何か聞いちゃいけない事を聞いたかな?」
「別に……こんな赤髪だし、そう言われるのには慣れてる」
そう言って、俺は自身の髪に触れる。
俺の故郷ルーンに赤髪の人間はいない。母はシングルマザーで俺を産み、父の事を語ってくれた事は一度もない。
その赤髪は田舎ではとても目立っていて、影でこそこそ言われている事も知っているが、そんな事にいちいち切れていたら田舎では暮らしていけない。
不機嫌全開の顔の俺に、彼は困ったように笑顔を向けて、改めて謝罪を受けると共に自己紹介をされた。
「私の名前はユリウス・デルクマン。今回の武闘会参加予定の騎士団員なんだけど、如何せん普段は田舎暮らしなもので、姉共々人波に飲まれてね……ここがどこだかも分からないよ……」
「え?あんた騎士団の人なの?」
彼の容貌はほんにゃりしていて、どうにも騎士団員というその厳つい仕事に不釣合い過ぎる。俺はつい疑いの瞳を向けてしまうのだが、彼はそれにもまたほやんと笑った。
体格がいいのは認めるが、そんなほにゃほにゃした感じで国を守れるのか甚だ疑問だ。
「これでもちゃんと騎士団員だよ、そんな疑うような目、向けないで。何なら身分証見せるけど?」
「別に嘘でも何でもいいけどさ、俺は道に迷ってる、あんたも道に迷ってる。ついでに姉も探さないといけないんだろう? だったらここは協力するべきかもな」
「君、若いのにしっかりしてるねぇ」
その彼の話し方にもどうにも力が抜けた。
見た目だけなら格好よくも見えるのに、何なんだろう庇護欲をそそられる。
「で、デルクマンさんはどこに行くの?」
「ユリでいいよ、皆そう呼ぶし。それにこの姓はこの街ではちょっと有名だから、目立ちたくない」
「そうなんですか?」
「君は知らないんだね。でもその方が助かるかな」
「えっと『ユリさん』じゃ女の人みたいだし、それじゃユリウスさんで」
「呼び捨てでもいいのに、君、生真面目だねぇ……うん、でもそれでいいや。私の行き先は第一騎士団の詰所、たぶん姉もそこに向かってるはずだよ」
「お姉さんも騎士団員?」
「違うけど、そこなら知り合いが何人かいるから、頼るならたぶんそこかな」
彼はまたへにょっと人のいい笑みを浮かべた。
「じゃあ、まずはそこを目指しましょう」
「いいの? 君の行き先は? それに君の名前まだ聞いてない」
「俺の名前はノエル、ノエル・カーティス」
「ノエル君か。で、行き先は?」
「決めてない。俺は親父を捜しに来た。まだ、手がかりは何もない」
ユリウスは少し驚いたような表情を見せる。
「何もないの? 行き先も決めてない? お父さんがイリヤにいるのは間違いないのかな? それって結構無謀な試みだと思うけど、大丈夫?」
「これだけ人がいたって、赤髪は珍しいんだろ」
「まぁ、それはね。それでも一人や二人じゃないだろうし、この人の数だよ? 手がかりもなしにどうやって探し出すつもり?」
「手がかかりが全く無い訳じゃない、たぶん俺の親父もあんたと同じ騎士団員のはずだから」
「そうなんだ?」
「確実な根拠じゃないけど、人の噂でそう聞いた。13年前カルネ領ルーンにいた騎士団員の中で赤髪の人って言ったら、結構絞り込めると思うけど?」
「13年前? ルーン? 君まだ13なの?」
「正しく言えば12歳と6ヶ月です」
ユリウスがまた驚いたような表情を見せる。
「同じくらいの歳かと思ったのに、ビックリだよ」
俺は人より少しだけ体格がいいのと、ほとんどを祖父母に育てられているので老成して見えるのか年上に見られる事がよくある。
それにしても彼と同じくらいというのはあり得ない、自分はそんなに老けて見えるのだろうか……まぁ、そのおかげでここまで無事に一人で旅をしてこられたのだから文句も言えないのだけど。
「それにえっと、実を言えばその当時自分もルーンに暮らしてたから、ちょっと驚いた」
「え? そうなの?」
「うん、小さかったからうろ覚えだけど、住んでたよ。確かにあの頃あそこには騎士団員がたくさんいたよね、でも、赤髪の人なんていたかなぁ……?」
彼はそう言って首を傾げた。
「町の人から証言は取れてる。確かに居たはずだよ」
「あの当時あそこで赤髪って言ったら……あ……」
「何か心当たりがあるんですか?」
「いや、ないないない、ありえない」
「なんですか! 隠さないでください!」
「一人だけ心当たりあるけど……無いよ。絶対無い」
「なんでそう言い切れるんですか!?」
ユリウスの視線が泳ぐ。
「ちなみに君のお母さんって誰?」
「メリッサ・カーティスです。今は飲み屋『騎士の宿』の女将をやってます」
「ねぇね!? マジで?! うわぁ、メリッサさんの子? 予想外に知ってる人だったぁ……そっかぁ……メリッサさんかぁ、確かに仲は良かったなぁ……」
ユリウスの挙動があからさまにおかしくなる。
「でもなぁ、そんな事あるかな……本気で不倫?」
「不倫?」
しまったという顔でユリウスは口を手で覆う。
「もしかして、その人奥さんいるんですか?!」
「うん……まぁ、結婚はしてる」
「その当時から?」
「まぁ、そうだね」
一気に頭に血が上った。
確かに母は結婚もせずに自分を産んだ。そこには何かしらの理由はあると思ってはいたが、不倫……自分は不貞の子だったのかと愕然とする。
それでは父親の名を出せないのも道理だ。
「その人、どこにいますか!」
「いや、まだその人だって決まった訳じゃないし、それに今はまだ来てないよ。武闘会は最後の2日間しか用が無いからぎりぎりまで仕事してくるはずだし」
「最後の2日間?」
武闘会という名のこの街のお祭り、それは1週間続くのだという。
俺はそれに合わせてこの街にやって来た訳ではなかったのだが、3年に一度のその祭りは騎士団員のお祭りで、ユリウスもそれに参加する為にイリヤを訪れたのだという。
「ぎりぎりには来るはずだけど……でも、違うと思うよ?」
「そんなの直接本人に聞かないと分からない!」
「まぁ、そうだよね。うん、分かった……とりあえず一緒に行こう。姉にも紹介しておきたいし」
「え? なんで?」
「だって、本当にそうなら君は私達の弟だ」
「……え?」
今度は俺が驚く番だ、何を言われたのか理解できない。
「万が一そうだったらって話だよ? でも、本当だったらショックだなぁ……」
ユリウスはショックはショックなのだろが、それでもまたへにゃりと笑みを見せた。
まさかこの街に着いて早々巡り会ったのが自分の兄かもしれない人物というのはどういう運命の巡り合わせなのだろう……まるで実感が湧かない。
確かに不倫なのだったら腹違いの兄弟がいてもなんの不思議もないのだが、この人が……と思うとどんな顔をしていいのかも分からない。
「とりあえず、行こうか?」と促されて俺達は歩き出す、俺は顔も上げられずその兄かもしれない人の大きな背中を追っていった。
俺の名前はノエル・カーティス、さっき言った通り、歳は12歳と6ヶ月。
俺がここイリヤに家出をしてきたのは母との喧嘩が発端だった。
ファルス王国の端の端にあるカルネ領ルーンの町で俺は生まれ育った。
割と近くに大きな川沿いの街があって、流通も悪くはなく田舎とは言えそれほど不自由な生活は送っていない。
ルーンの町は温泉も有名で、観光客も多く賑わっていると思う。そんな田舎町で俺は祖父母と母の4人で暮らしていた。
いや、正しく言えば祖父母は別の家で暮らしていたので一緒に暮らしていた訳ではないのだが、先程も言ったように母は『騎士の宿』という食堂兼飲み屋を切り盛りしていて、子育てにまで手が回らなかった母は俺の子育てを祖父母に丸投げした。
おかげで俺の生活の半分は祖父母の家での暮らしとなり、どっちが家と言われると俺自身もうよく分からない。
祖母は優しい人だったが祖父は気難しい老人だった。
生活態度から箸の上げ下ろしまで事細かに躾けられた俺は、他の同年代の子供より大人しく大人びていたせいか、周りの評価は悪くない。
しかし、そんな田舎でやはりあるのは異端者への差別。
俺の赤髪はルーンの町で見かける事はまず無い色で、俺はよくこの真っ赤な赤髪を近所の子供達にからかわれ、小突き回されていた。
それを知った祖父は烈火の如く怒り、俺に更に剣技と体術をみっちりと教え込んだ、おかげで多少小突き回されても泣く事も無い可愛気のない子供の出来上がりだ。
相手に怪我をさせてはいけないという思いもあり、相手に無闇にその技を使う事は無かったが、何を言っても何をしても動じない子供相手では虐める側としても面白くなかったのだろう、そんな虐めは月日と共に収束していった。
母は気丈な人だ、まぁそうでなければ店を女手ひとつで切り盛りなどできなかっただろう。
その店の管理人として祖父も名を連ねていたが、その店自体は全て母が管理をしていて、祖父が口を出す事はなかった。
そんなある日母がふと言ったのだ。
「あんた最近父親に似てきたわね……」
母が父に言及したのはそれが初めてで、俺はその言葉に食いついた。
父の事は祖父母に聞いても「知らない、分からない」と言われ続け、母も常に忙しく、祖父はその話題をふると途端に不機嫌になるので、そんな事を聞ける雰囲気は今まで微塵もなかったのだ。
「俺の父さんってどんな人?」
「何? 今までそんな事聞いた事もないくせに」
母は少し呆れたようにそう言う。
聞いたことが無いと言うか、聞ける空気ではなかったじゃないか! と俺は突っ込みたかったが、そこは口を噤んだ。
「父さんって俺の知ってる人?」
「合わせた事ないし、知らないでしょうね。向こうもあなたの事は知らないと思うわ」
さらりと言われてショックを受けた。
父が生きているのなら自分の存在くらい認知してくれていると思っていたのに、まさか存在すら認知されていないとは思わなかったのだ。
「何で母さんは俺を産んだの?」
「子供が欲しかったからよ」
やはりけろりと彼女は言った。
碌に子育てもしなかったくせにこの言い草か……と我が母ながら言葉も出ない。
「羨ましかったのよ、私はこのまま嫁にもいけずに嫁かず後家かと思ったら、せめて子供だけでもと思ったのよねぇ」
まさか自分の生まれた理由が母のそんな身勝手な思いからだったと言うのもショックを隠せない。
「なぁに、ノエル気になるの?」
「自分の親の事が知りたいと思うのは当たり前だろ! 死んでるならともかく、生きてるのに存在すら知らされてないって、どういう事さ!」
「だって、あの人は私を愛してくれなかったんだから仕方がないでしょう?」
それでも子供ができるような事をしていたのかと思うとそれにも腹が立つ。
「母さんもどうかと思うけど、父さんも最低だな」
「お父さんは何も知らないもの、仕方がないわ」
「仕方がない? 仕方がないって何なのさ! 母さんはなんでそんな男の子を産んだんだ!? どうして俺を産んだ!? そんな愛情の欠片もないような二人の間に生まれた俺はどうすればいいんだよっ!」
「どうって……ちゃんと私はあなたを愛してるわよ」
「どうだか! 母さんは俺より仕事が大事、子育てなんかろくすっぽしなかった人間がよく言うよ!」
「ノエル! それは聞き捨てならない。私はあなたをちゃんと立派に育てる為に働いているの、私はあなたを蔑ろにした事は一度もないわ!」
「ちゃんとって何? 立派って何?! 俺はそんなの望んでない! 俺はそんなものより普通に父さんがいて、家庭を守る母さんがいる普通の家で育ちたかったよ!」
「ノエル!」
母はかっとなったのか一瞬手を上げかけて、はっと我に返ったようにその手をおろした。
「確かに母さんは身勝手にあなたを身篭った、だけど、あなたの事はちゃんと本当に愛しているのよ」
「俺は父さんの身代わり……?」
「馬鹿なことを、あの人は関係ないわ」
「母さんはその人が好きなの?」
「今となってはもうよく分からないわね。私はあの頃、年齢の事もあって焦っていたのは事実だから。でもあなたを産んで後悔した事は一度もないわ」
そう言い切った母の言葉に嘘はないと思う、それでも俺は心の靄を払う事はできなかった。
名前も顔も知らない父親、その人を見てみたい、その人を知りたい、それは実の子供としては当然の感情で、俺はその時自分の父親を探す事を決めたのだ。
それからの俺の行動は早かった。
当時を知っていそうな人間に片端から当時の話を聞いて回り、ほとんどの人が「分からない」と首をふるなか、得た情報がその当時ルーンに働きに来ていた騎士団員の中に赤髪の人間がいたように思うという曖昧な証言だった。
だが、赤髪はルーンではとても珍しい、だから俺はその情報に賭けたのだ。
すぐ近くの街から船でイリヤ近くの街まで行き、そこから乗合馬車で1日弱、首都イリヤは思っていたより近かった。
祖父母は俺が母の所にいると思っているだろうし、母は母できっと祖父母の所にいると思っているはず。
それでも3日も経てばその異変に気付くと思うので、そろそろルーンでは騒ぎになっている頃だと思うが知った事ではない。
俺は知りたいのだ、自分が何者なのか。
だから、俺はここへ来た。
俺の話を聞いて、ユリウスは「そんな事があったんだ……」と頷きつつ「でも黙って出てきたのはいただけないね」と苦笑した。
「お母さん心配してるんじゃない?」
「しないよ、俺なんか常に放られっぱなしだからね」
「そうかなぁ……他にもそういう子を知ってるけど、ノエル君はまだ全然構われてる方だと思うけどなぁ」
俺の話を聞いてなおそう言うのか……と少し眉間に皺を寄せてしまう。
「私は両親にそれはもう猫可愛がりで育てられたから、そういう親の心理は分からないけど、私の知っている例では親から放置で3日3晩泣きもせずに待っていたって子がいてね……それを思うと君はまだ見ていてくれる人がいたからお母さんも安心して働けていただけで、放置されていた訳じゃないと思うんだよね」
「3日3晩……」
「そう、しかも当時その子4歳だよ、自分もまだ子供だったけど、さすがに酷いと思ったね」
ユリウスは当時を思い出したのか大きく溜息を吐く。
「その子はどうなったんです?」
「うちの両親子供大好きなんだよねぇ、面倒見られないならうちで預かるって連れて帰ってきちゃって、しばらく一緒に暮らしてた。今は親元に帰ってるんだけど、うちの両親は心配で仕方ないみたい。こっちに来る度に構い倒してるよ。今、彼はここイリヤで暮らしているからね」
実の子供は放置なのに、よその子供は構うのか……と少しもやっとするが、自分の存在自体が認知されていないのだから仕方がないのかとも思う。
それでも何とももやっとする話だ。
「あ……あそこだよ、騎士団詰所。姉さんいるといいんだけど……」
ユリウスが指差す先、その門の前には厳つい兵士が2人門を守るように立っていて、ユリウスは彼等にぺこりと頭を下げる。
「……? んん? 誰かと思えば坊か?! 大きくなったなぁ」
立っていた兵士の一人が知り合いだったのだろう、ユリウスは「お久しぶりです」と笑みを見せた。
「はは、坊はますますお父さんに似てきたな、そんな顔をしていると本当に団長そっくりだ。お嬢は奥さんにそっくりで美人に育ったし、子供の成長は早いなぁ」
「あ、もしかして姉さん来てます?」
「あぁ、さっきな。その辺で会わなかったか?」
「会いませんでしたねぇ、姉はどこへ?」
「幼馴染に会いに行くとか言ってたかな、坊が来たら渡しておいてくれとメモを預かっているよ」
ユリウスはそのメモを受け取って確認すると、ひとつ溜息を吐いた。
「どうかした?」
その盛大な溜息にノエルは首を傾げる。
ユリウスは「姉はどうにもせっかちでね、私はどうやら置いていかれたらしい」と困惑顔で苦笑した。
「坊、そっちの子はうちの新人かい?」
「いえ、彼はただの迷子ですよ、私は彼を送り届けてきます。もし万が一姉が戻ってきたら私は宿泊先にいると伝えておいてください」
ユリウスはにっこり笑みを見せる。
だがその一方でノエルは首を傾げる、彼は俺を一体どこへ送り届けようというのか?
自分は騎士団員の中にいるはずの父親を探しに来たのであって、決して迷子ではない。
「あの、ユリウスさん……?」
「行こうか、ノエル君」
問答無用で腕を引かれた。いやいやいや、行こうかじゃないよ、どこに行くんだよ?!
「ちょっと待って、俺どこに連れてかれるの!?」
「ん? あはは、ごめんね。さすがに君がうちの親の不貞の子だとしたら、さすがにあそこで醜聞を広げられると困るんだよねぇ。姉さんと合流して姉さんの意見も仰ごうと思ったのに姉さんいないんだもんなぁ……」
「困った事だよねぇ」と相変わらずふにゃふにゃした笑顔で彼は笑うのだが、こちらは笑い事ではない。
「だからって俺をどこに連れてく気だよっ」
「君、行く所あるの?」
「え……や、別に無いけど……」
「宿は?」
「……決めてない」
「お金は?」
「……多少は……」
ユリウスは苦笑している。
「今ってさ、お祭りの時期だから飛込みで宿を探そうと思っても難しいよ? 宿屋なんてほとんど埋まってるから今から探しても門前払いが関の山。君は野宿でも何でもと思ってるかもしれないけど、さすがに知り合いの子を放置はできないかなぁ。ましてや弟なんて言われたら尚更だよね」
引かれた腕を離して、改めて彼は手を差し伸べ「一緒においで」と笑みを零す。
その彼の笑顔は何故だか抗いがたく、どのみち行く宛てもなかった俺は渋々頷き、その手を取った。
こうして、俺はある大きな事件に巻き込まれていく事になるのだが、その時の俺はまだそんな事に気付きもしていなかった。