自殺願望病(しにたがり)に効く薬、副作用
失踪はしません、(-_-;)
……そんな。
「何やってるんだよ!」
「何って……ちょっと腕を、切っちゃっただけだよ」
別に何もおかしなところは無い、まるでそういうかのような態度に、
僕は怒りを隠せなかった。
「……いい加減にしてよ。ちょっと腕を切っただけだって?……そんな訳ないでしょ!」
ちょっと見れば誰だって分かるよ……。
「酷い言い方かもしれないけど、そんなんじゃ何も解決しないんだ!」
僕の、その言葉を聞いた姉は僕から視線を外した。
…………色々といいたいけど、先ずはこの切り傷をどうにかしないとな。
救急箱を急いで取りに行こう。
たしか、リビングに。
僕は急いで行動に移した。
この出血量なら……もたもたしてたら姉は死ぬ。
「前とは違って、今回は本気か……?」
僕は思わずそう呟いた。
応急手当をしている間に救急車を呼ぶか?
……しかし、長い。
こうやって走って、救急箱を探している間にも姉の命は削られつつあるっていうのに……
僕の一つ一つの動きがとても遅く感じる。
リビングまでの道のりがとても長く感じる。
僕はリビングにたどり着くと、すぐに棚に置いてある救急箱をとり姉の部屋へ向かう
ーー筈だった。
「救急箱が、無い!?……どうして?」
僕は焦って、棚にあった物を全て放って探し始めた。
が、無い。
僕は、まずいと思い救急車をすぐに呼んだ。
消防署に繋がる電話番号を焦っていたので忘れていたりしたものの、すぐに思い出し呼んだ。
そんなこんなでとりあえず一安心していた時、ふとある考えが頭に浮かんだ。
「まさか、姉が隠した?」
救急箱なんて大事な物がどこにあったかなんて僕が忘れるはずもない。
ましてや、元あった場所に戻さないなど、ありえないことだ。
……それに、姉は今度こそ死のうとしている。
あの傷の深さは、リスカなんてレベルじゃ無かった。
しかし、混乱している僕なら十分に騙せる深さだった。
そこら辺は頭のきれる姉なら、十分に考えられる。
「っ、なんて事を!」
その思いつきが確信に変わった瞬間にはもう、僕は走り出していた。
僕は、また長い廊下を走り姉の部屋のドアを勢いよく開けた。
そして、姉の部屋へ入るなり僕は
「救急箱、どこへ隠した!?」
と、単刀直入に聞いた。
姉は、一瞬ビクッとしていたがしばらくして
「何のこと?」
そう、言った。
……そこまで、そこまで!
「もういい、隣の人からもらって来る」
……僕はそう姉に言った。
そう、姉が救急箱を隠したとしても、無いなら借りればいいだけの事。
幸いここはアパート。隣に住んでいる人との距離は近い。……それなら、まだ間に合う。
「待って」
部屋を出ようと後ろを向いた瞬間、そんな姉の声が聞こえた。
ここで、この言葉を気にせずに走り出していたならば良かったのに
僕は止まってしまった。
その瞬間、姉はとんでもない事を口にする。
「外に出よう物なら、この場で刺すよ」
……僕を刺す、訳がない。
その腕じゃ、刺さる訳がないのだから。
じゃあ一体何を?
その疑問の答えを出した時、姉は既に包丁を腹に当てていた。
「……なんて事を、するんだ」
「……手詰まり、違う?」
……そうだよ。手詰まりだ。僕にはどうすることもできなくなった。
「ねぇ、本当に死ぬの?」
「うん」
僕のその質問をあっさり肯定する姉。
僕は、その時力が一気に抜け、膝から崩れ落ちた。
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃないよ。……だって、たった一人の家族が……」
……今から死ぬ。
そう思うと途端に涙が溢れて来た。
「……泣かないで」
「……そんなの、無理だよ」
泣くななんて、無理な話だ。
「……そう。……じゃあ、こっち来て」
「……うん」
僕は言われるがままに姉の側までやってきた。
「じゃあ、この包丁を握って、私に刺して」
「え?」
刺せ?……いま、刺せって言った?
しばらく、僕はその言葉に動揺していた。
こんな状況、平凡な日常とはかけ離れ過ぎている。
そこに、いきなり突き落とされた訳なので、当然といえば当然ではあるけど。
「知ってる?しにたがりって罪なんだよ?」
「え?」
「地獄に飛ばされちゃうの」
「そ、そうなの?」
「ん、それで人を殺すことって罪じゃない?」
もう、姉が何を言っているのか分からなかった。
でも、何となく理解してしまった。
「死んだら二人で地獄へ行こうってこと?」
「そう」
……また、なんて事を考えるんだ。この姉は。
「地獄なんてあるかどうかも怪しいのに」
「地獄はあるよ。見てきたから、分かる」
……見てきた。……そう妙に自信を持って言う姉に、僕は何を思ったのだろうか
いつの間にか包丁を握っていた。
「ありがとう」
姉はその姿をみて、笑顔でそう言った。
……僕は、このまま、包丁を取り上げてしまう事もできる。
でも、もう出来なかった。
「一息にお願い」
「っ、……僕はまだ死ぬ気はないよ」
「……それでいい。まだ、死なないで」
……あぁ、本当にどうしようも無い姉だ。
でも、逆らえない。
「地獄で待ってる」
「……はいはい。それじゃあ、またね」
……僕は、一つ深呼吸をすると、握っていた包丁に力を力を込めた。
……そして、その瞬間。部屋に憎いほど鮮やかな血が舞った。