夏の風物詩
薄暗い部屋の中、二人の男がテーブルを挟んで座っている。
テーブルには蝋燭が立てられ、ゆらゆらと炎が揺れて、それが異様なおどろおどろしさを演出していた。
「これは先週の事だ。その日は休みだったんだが、俺は用事で駅へと向かった」
低く静かに語り始める一人の男。
それを神妙な面持ちで、邪魔にならない程度にコクリと頷いて相槌を打つ。
「あの日もアスファルトの地面が熱を反射して、焼けるような暑い日だった」
ーーその日、どうしても行かなければならない用事で、俺は暑さを我慢して駅へと向かった。
また、その駅って言うのも自分は見た訳じゃあないが、最近人身事故があったらしい。
正直、そんなのは珍しくもないし、一々気にする事もなかった。
俺は駅へと着いて切符を買った。
そんなに利用しない俺は定期や電子カードを持ち合わせてないからな。
そして改札を抜けて、階段を上る。
一歩。
二歩。
三歩。
四歩……。
ボーッと階段を上っていた俺は、そこで違和感に苛まれて上を見上げる。
すると驚く事に全然上がってないんだ。
額から嫌な汗が出てきて、不安な思いを振り払うように力強く足を進めているが、一向にホームへとたどり着けない。
おかしい。
異様だ。
少し速足になってもまるでたどり着く気がしない。
そんな時、後ろから気配を感じた。
振り向くのが怖かった。
だが、いつまで経っても進めない現状に耐えきれず、勇気を出して振り返った。
そこに見た者は、無表情の男が一人、こちらをじっと見て立ち一言呟くように口を開いた。
「お客様、そちら下りのエスカレーターですよ」
ーー「ってな」
語り終わると男は得意らしげな表情で相手の表情を窺っていた。
「……えーと…………嘘ですよね?」
「まあな」
「まあな、じゃありませんよ! 怖い話しようって、部屋の電気消して蝋燭まで立てたのに、何の話してるんですか?!」
「何言ってるんだよ、夏だからかいだんのホラ話をしたんだよ」
お後がよろしいようで。
小説家になろう様の公式企画のお題が駅のホラー作品に投稿しようと考えていたのですが、さすがに怒られそうなので、こっちに投稿する事にしました。