お叱りと飯屋
ヘトヘトだ。ダンジョンのせいじゃない。エルさんのお叱りによるものだ。正座はいつもやってたが、こんなに長い説教は食らったことがない。精神にもくる。ステータス仕事しろ。
「聞いてますか?フェイス君?」
察しもいい。
「はい。ダンジョン初心者が一人で『ゴッヘル』に3階層まで進んだことですね。心配をおかけしてごめんなさい」
ごめんなさいで謝る。
ダンジョン初心者と言ったのは迂闊だった。能力値も個人差はあるが、人間だと初期は上でも120あるかどうかだ。鍛錬で数値は上がりもするが、ダンジョン以外で能力値を増やして行くのは難しいのだ。
俺の能力値とスキルが異常なだけで叱られるのはもっともである。自殺行為と判断されておかしくない。
「・・・まあいいです。情報はしっかり覚えていたようですし・・・、傷も負った様子もないですし、ちゃんと帰ってきたので・・・」
お許しくださるようだ。
「ただし、潜る階層を申告していないのには・・・」
まだお怒りのようだ。
ダンジョンに潜るときにギルドで潜る階層と期間を申告しておけば想定外の事態でも誰かが助けに来てくれることがある。助けられる可能性は階層によると書いてあった。
期間を過ぎるとギルドからの依頼が出て冒険者が助けに来る。助けられた階層によって報酬を助けられた側が支払うのだ。いや、確かにダンジョン初心者だったけどまだ10階層にも・・・
「エルー、あれっ?エル何で受付から出てる・・・あっオッドアイ君!何で正座してるの?」
助け舟だ。茶髪のお団子ヘアーで可愛い系の顔だなこの人。・・・そして俺は見たまんまの名前か。
「ナズナちゃん、まだ・・・」
「エルストップ。お仕事忘れてるよ」
「あっ」
お説教も終わりだ。助かった。立ち上がる。
「やあ!オッドアイ君!初めまして!私ナズナ!エルの同僚だよ!よろしくね!」
「初めまして俺はフェイス・フェアルーです。よろしくお願いしますナズナさん」
握手する。顔をじっと見てくる。
「フェイス君かーやっぱり可愛いね。これからよろしく!あっエル、仕事仕事!ちょっと苦情が入ってきて見にきたんだよ!」
落ち着きがなさそうに見えるが、可愛い。
「あっそれはまずいわ、フェイス君、お説教は終わりです。ダンジョンに潜る際は申告をしてください。約束ですよ」
「はい・・・あとエルさん」
エルさんがそう言って受付に戻ろうしているが、
「フェイス君どうしたのですか?」
「ドロップの買取・・・終わってません」
「あっ」
・・・忘れるほど心配だったと思うことにしよう。
ーーーーー
そうしてギルドホテルに戻ってきた。今日は色々あったが、今はそれよりも・・・
「何が出てくんのかね?」
この卵だ。ベットの横の小さなテーブルに毛布やらと一緒に置く。魔力を注ごう。
ピタッ
両手で触り、体の中から何かを出す。魔力ではあるんだが、この感覚には慣れない。卵に吸わせて行く。
「今日はどこで食べようか」
3階だと部屋が狭いので、キッチンはない。キッチンやら浴槽は5階以降だ。値段も上がる。
今日の報酬は魔石とドロップで3万ヘクトと少しだ。ヘクトがこの世界の通貨単位だ。
100ヘクトで銅貨、それが十倍ずつで貨幣も変わる。銀貨、大銀貨、金貨、大金貨と上がって行く。それより上も存在するが、まあいいだろう。
ホテル代が一泊3000ヘクトだ。水や明かりの魔道具も洗濯機での衣服の洗濯乾燥も使い放題だ。とても安い。魔道具は魔石で稼働する道具だ。水や明かり、風、火と様々だ。便利すぎる。
今日はそこまで返り血を浴びなかったが、浴びてもギルドの外の地下階段を降りると、装備と本人の丸洗いと乾燥も行なってくれるクリーニングルームがある。
なんじゃそら。
まあまあの一食が500ヘクトなので今日だけで6日分の生活費は手に入った。下の稼ぎだが、命を賭ける分高めである。
過去だと宿代も食費も高かったらしいが、冒険者の増加と冒険者ギルドの設立、安定した魔石の供給でとても安くなっているらしい。利権も絡んでくるが良い面もある。
魔力が半分以上減った気がするので放出を止める。卵に変化はない。まだ初日だ。様子を見よう。
ステータスを見るのは明日だ。早くても今日の日付が変わるまでだ。日付が変わらないとステータスにも変化がない。
どうなってんだこの世界・・・誰かの思惑か?
まあいい・・・それよりも食事だ。それと卵用に籠か何かを買おう。
ーーーーー
装備を剣とポンチョだけにしてホテルから出る。
ギルド近くに飯屋がある。『ゴッヘル』側だ。木造の店でスイングドアから明かりと活気が漏れているところだ。そこに入る。
飯屋でもあるかもしれないが酒場だ。酒臭い。
やめて別のところに・・・
「いらっしゃいニャ!」
ニャ?
猫耳女のウエイトレスだ。頭がいかれてはいない。
彼女は猫獣人だ。キャラ付けとしか思えないが猫獣人だと語尾やらがニャになるのもおかしくないとか。
「お一人様だからカウンターでいいニャ?」
「いいにゃ」
おっと。
「真似すんニャ」
「そっちこそ真似すんニャ」
・・・・・。ハハッ!
「フー!」
「フー!」
「「だから真似すんニャ!」」
いいね!楽し・・・
「ちょっと!」
「「ニャンだ!邪魔すんにゃ・・・あっ」」
やべえ。別のウエイトレスさんが見てる。他の座っている客もだ。二人同時に固まる。
「「・・・」」
猫と顔を見合わせる。髪は明るい茶色だが、猫耳は朱色だ。端にいく程色が薄い。可愛くて綺麗な女の子だ。
「カウンターへ」
「わかったニャ・・・」
ちょっと楽しくて我を忘れていた。反省しよう。
「君のにゃまえは?」
「フェイスだよ。フェイス・フェアルー。店員さんは?」
「私はミリア・セルスだニャ!」
席にすわる。
「このお店のおすすめは?」
「今日のおすすめがあるにゃ!豚のしょうが焼き定食ニャ!」
「じゃあそれで」
「お酒は?」
「いらない」
飲む気が起きたらにしよう。
「700ヘクトニャ!確かにゃ。ちょっと待ってろニャ。オーナー!おすすめ一つニャ!」
「あいよー」
女性の返事だ。オーナーでシェフの声だろうか?
それよりも・・・
「なんでまだここに」
猫がこっちの顔をじっと見てくる。ええ・・・
「珍しい顔にゃ」
「まあね」
自分でもそうだと思うけどさ。ちょっ!近い!
「髪色も違くて綺麗にゃけど、右眼が銀で左眼が金がとてもあっ・・・」
「近いよ」
肩を優しく押しのける。
「あーごめんニャ、見惚れたニャ」
「別にいいよ」
可愛い顔を見れたんだ。目が大きくて茶色だ。鼻が小さくて綺麗にまとまっている。
「フェイスは何処から来たニャ」
「遠い所」
ニコニコしながら意地悪する。
「何処ニャ!」
「ベイツの町のずっと向こう」
ベイツはビルさんのいる町の名前だ。
「確かに遠いところニャ」
「そうだろ?」
「ミリア〜!」
客の声だ。
「あっ!?また今度ニャ!」
猫がちょっと名残惜しそうに去っていく。手を振ってあげた。顔も明るくなった。
さてと・・・だめだ、耳が特別良いわけじゃないから、この喧騒だと聞き取れない。
「お待ち」
コトッ
木製のトレーがカウンターよりは高めの台に置かれる。あれ?誰もいない?
「こっちだ」
「わっ」
とても背の低い女の子が向かいの台にいるのに気付いた。
「オーナーさん?」
「ああ、早く食え」
小人族かー。まあいい、食べよう。
「では遠慮なく」
箸があるから食べるのも楽だ。米もある。
まずはしょうが焼きだ!しょうが焼きを口に運ぶ。
「うまい・・・」
口に広がる豚の脂と少ししょっぱめの醤油の味付けがまず最初だ。その後しょうがのピリッとした辛味と香りが・・・
ご飯が進みますなこれは・・・
「当然だ」
そう言うとオーナーさんが離れていく。
キャベツと味噌汁もある。味わおう。
ーーーーー
部屋に帰ってきた。
食事はとても美味かった。値段もあれなら安い。満足である。猫は忙しそうでこっちに来れなかったがまた来よう。飯が美味いのだ。来ない選択肢はない。
ギルドの2階には資料の他にも道具屋もある。ナイフからポーションまで色々だ。都市を見たくて寄らなかったが、そこで大きめの籠と柔らかい布を買った。
布を敷いた籠に卵を入れて魔力を注ぐ。
体も洗ったし、魔力を注ぎ終えたから今日はもう寝よう。
明かりを消して毛布の中だ。温かい。
「おやすみ」
フルフル