第90話「屈折した欲望」
その頃、アルカディアのメンバーたちは王都の修繕作業に追われていた。
全員事実上の戦力外通告に対する悔しさが表情ににじみ出ており、モルガンに至ってはパーティ全員がジルコニア軍との戦いで瀕死の状態になっていた事を悔やんだ。
戦闘が終わった後、総督部隊が帰還した後で王都に流れてきた救助部隊によって救われ、全員が九死に一生を得ることとなった。だがスピネはカーネリアがモルガンを敵と一緒に攻撃した事を忘れておらず、憎しみの気持ちでいっぱいだった。
「モルガン、それ本当なの?」
オパルが真剣な眼差しでモルガンに尋ねた。
彼女もまた、モルガンが心配で仕方なかった。全員アルカディアのアジトで悲壮な雰囲気の中で非常食を口にしているが、もはやこんな生活には耐えられなかった。
「あ、ああ。でも私にできる事と言えば、敵の動きを止める事くらいだったから――」
「でもルビアンが攻撃しろって言ったおかげで、カーネリアはすっかり攻撃する気になっちゃったの」
「じゃあ、やっぱりルビアンが悪いんじゃない!」
「しかも王都部隊の隊長に就任しやがってよ。生意気な奴だ」
アルカディアのメンバーたちによるルビアンへの陰口が絶えない。
モルガンには1つの考えがあった。このままではルビアンに振り向いてもらえないばかりか、アルカディアが活躍できないままではないかと。
「カーネリアは絶対に許さない。あいつはあたしが倒す」
「今のままじゃ無理よ。カーネリアはあたしたちの何百倍も強いもの」
アマゾナがスピネに忠告する。彼女もあの戦いを倒れたままそばで見ていたため知っていた。
「みんな聞いてくれ!」
「「「「「!」」」」」
モルガンが何かを決め込んだように立ち上がって発言すると、全員がモルガンに注目し、その言動を見守った。
「私たちアルカディアは、これからしばらく修行の旅に出る」
「「「「「ええっ!」」」」」
「女王陛下にはもう伝えてある。このままではアルカディアよりも格下の討伐隊だ。攻撃力、守備力、機動力……それから……回復力も格段に劣っている」
「「「「「……」」」」」
モルガンの正論の前に誰も反論ができなかった。
ルビアンがいなくなってからは後方支援がなくなり、生活面においても苦労を強いられ、無理をし続けた事による疲労でパーティの総合力が落ちていた事をモルガンは見抜いていた。
「そこで、これから私たちは世界中を冒険して色んなモンスターと戦う。ちなみに言っておくが、拒否する者はアルカディアから除名する」
「「「「「!」」」」」
モルガンはメンバーたちの退路を断った。ここで拒否するようなら一生強くはなれないという確信さえあった。この言葉にメンバーたちが覚悟を決めた。
「最悪私だけでも行く。お前たちの覚悟を問いたい。今ここで決断してくれ」
「――あたしは行くわ。モルガンを1人にしておけない」
「私もよ。補給が難しそうだけど、やりがいがあるわ」
「俺も行くに決まってんだろぉ!」
「じゃあ俺も行くぜ」
「「私たちもだよ」」
「あたしも」
「ふっ、俺もだ」
「俺もだ」
「――決まりだな」
アルカディアのメンバーたちに迷う隙を与えなかった事もあり全員が合意する。継続的な遠征ともなると補給が難しいという難点があるが、エンポー依存の戦い方から脱却しなければ進歩などありえない。
今まで通りの戦力ではすぐにジリ貧となってしまうため、総合戦力を極限まで高める必要があるとモルガンは感じていた。
そのためには文字通り冒険をするしかない。
彼女らは強くなるまで決して帰らない覚悟をするのだった。
その頃、ダイヤモンド島の火口最深部にて――。
「ブラッドパールはまだ集まらんのかぁ!?」
「もうしわけございません。ただいま本国から急いで持ち運んでいるところです」
「あとどれくらいかかる?」
「早くても1日はかかるかと」
ぐぬぅ……早くヒュドラーを復活させなければ、奴らが金剛島を奪回しに来るのも時間の問題。ジルコニア軍の帝都部隊、そして遠征部隊はもう使い物にならん。
ジルコニア四天王は2人が戦死、2人が捕虜か。情けない。
負けた者には罰を与えてやらねばな。
「おい、計画を実行しろ」
「はっ!」
部下が命令を受け立ち去っていく。
火口の最深部では既にヒュドラーの亡骸が掘り返されており、誰もがその頭を見て顔が固まったように驚いていた。既に息絶えてから時間が経つというのに表面が腐っているだけで原形をとどめている事からもその生命力の強さが分かる。
ヒュドラーの頭の目の前には邪神の石版、始祖の宝珠、古代の王冠が全て揃っており、それらがヒュドラーと共鳴するがの如く光っている。
だがまだ復活するだけの魔力エネルギーが足りず、魔力エネルギーを捻出するためには宝石の力に頼るしかなかった。
ふふふっ、まさか偽物を持ち帰らされるとは思わなかったが、逃げ帰った将軍の1人が敵の部屋を漁る習慣を持っていた事が幸いした。
まさか女王の部屋のベッドの下に隠していたとは驚いた。
「丞相、大変です」
「どうした?」
「アモルファス軍が東海岸から戦艦数十隻を率いて出撃したとの事です。しかも船の速度を大幅に上げる魔法を使っているため、明日にはここに辿り着くかと」
「それは分かった。して、アモルファス軍の軍勢はどれほどだ?」
「およそ5000人です」
「島にいる軍勢は?」
「東海岸から戻ってきた者たちを含めても1000人ほどです」
「あれだけの軍勢がいたのにもうそれだけしかいないのかっ!?」
「ひっ! もっ、もうしわけございません」
部下たちは体が震え、凍えるように血の気が冷めている。
ジルコニア軍のほとんどは総督部隊、そして移民たちが加わった王都部隊によって壊滅させられ、有力な将軍のいなくなったジルコニア軍は既にアモルファス軍に対抗できるだけの力を失っていた。
「もうよいわ! 下がれっ! この島を絶対に渡すなっ! 占領されれば全員死刑だっ!」
「はっ、はいっ!」
また1人、また1人と部下たちが去っていく。御影はこの一刻を争う事態に冷静さを失い、頭に血が上るほど苛立っていた。
もうすぐ敵軍が迫ろうというところ。しかし、ヒュドラーさえ復活させれば逆転できると妄信していた御影はもはやジルコニアの事さえ考えられないほど漆黒の欲望に塗れていた。
時間との勝負は既に始まっていたのだった。
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