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第87話「寝返った良心」

 ディアマンテにとって最も優先すべきなのは王国民を守る事だ。


 総督部隊はまだやって来ない。そんな状況を前に彼女の心は折れかけていた。すると、ディアマンテは古びた王冠を取り、御影に差し出した――。


「これでよいか?」

「意外と素直だな」


 花崗が受け取ったのは紛れもなく古代の王冠である。


 この古代の王冠を持ち帰った将軍、アモル・ファスが自らこれをかぶり、彼女がアモルファス王国初代国王を名乗ったのがこの国の始まりである。


 始祖の宝珠もまたこれを持ち帰った将軍、路琉胡仁亜(じるこにあ)が持ち帰った事から、彼女がジルコニア帝国初代皇帝を名乗るようになり、以降は歴代皇帝が始祖の宝珠がはめ込まれた冠をかぶる事となった。


 ディアマンテにとって古代の王冠を渡す事は降伏にも等しい行為であった。


 その時――。


「なっ!」


 ルビアンが手をかざして重力の魔法を使い、古代の王冠をその手に取り返した。


「貴様っ! それを渡せぇ!」

「おっと、それ以上近づいたらこいつをぶっ壊すぜ」


 ガーネに教わってて良かったぜ。いつ使うかと思ってたけど、こんな所で役に立つとはな。


「ならば壊される前に奪ってくれるわ」


 御影もまた手をかざして重力の魔法を使う。


「うわっ! て、てめえも使えんのかよっ!」

「重力の魔法を使えるのは貴様だけではない」


 2人の重力の魔法がぶつかり合い、古代の王冠が宙に浮いたままお互いに近づいたり離れたりしている。


「加里、こやつを攻撃しろっ!」

「し、しかし――」

「お前の家族がどうなってもいいのかっ!?」

「!」


 ルビアン……済まんっ!


 加里は一瞬嫌な顔をしたが、それでも彼女は御影には抗えずに左手で右肩を抱えながらルビアンに体当たりをする。


「うわっ!」


 ルビアンが放っていた重力の魔法が解除され、古代の王冠が再び御影の手に渡った。


「貴様にはお仕置きが必要だ」

「やめろっ!」

「これで貴様の魔力は永久に封印された。これで貴様は――」


 ルビアンは彼が話し終える前に爆破の魔法を放つとそれが御影に直撃し、彼は玉座の間にある窓際まで吹っ飛ばされた。


「ぐうっ! 貴様ぁ! 何故魔法が使えるっ!?」

「その封印の魔法だけどよ、体の内側にまでは通用しねえみてえだな」

「何だと!」

「なるほど、ルビアンは体の内側から解除の魔法を使って封印の魔法を解除したのだ。封印の魔法は体の表面にある魔力を無効化する魔法。つまり体の内側から発動した魔法には対応していない。まさか体の内側からも魔法を使えるとは恐れ入った」

「ほう、貴様がルビアン・コランダムか。もっと遊んでやりたいところだが、もう用は済んだ。これさえ手に入ればここに用はない。さらばだ」


 御影が窓を割ってそこから外へ飛び出した。少し落下したところで既に空を飛んでいたワイバーンの背中に降り立つと、彼はそのままジルコニアへと帰っていった。


「くそっ! 古代の王冠を持っていかれちまった。ディア、早いとこ飛行部隊を出した方が良いんじゃねえか?」

「雑兵を出したところで勝ち目はあるまい」

「じゃあこのまま黙って見過ごせってのかよ!?」

「落ち着け」


 ディアマンテがやけに冷静だ。ルビアンにはそれが不振に思えたがすぐ彼女の意図に気づいた。


「もしかして、あの王冠って――」

「ああ、偽物だ。本物の古代の王冠は別の場所にある」

「何だそんな事か」

「加里、これで花崗の目的が分かっただろ?」

「せやな。うち、今日限りでジルコニア軍を辞めるわ。はよ撤退させんとな。戦闘中止っ! 今すぐ撤退せえ!」

「はっ!」


 加里がジルコニア軍兵士の1人に撤退を命令し、それが宮殿中にいるジルコニア兵に伝わると戦闘が中止された。


 ジルコニア兵たちは捕虜となり連れていかれた。


「ディア、ジルコニア軍の総大将は翡翠って奴だ。こいつを翡翠に会わせて戦闘を中止させる」

「相分かった。そいつの捕縛は後にしよう」

「加里、協力してくれるな?」

「もちろんや。もうあいつの私利私欲のための戦争はやめや」

「……そっか」


 ルビアンは加里に回復の魔法を施すと彼女の全身の傷が治っていき、壊れたはずの右肩までもが治り痛みがなくなった。


 加里は治った事を確認するために右肩をグルグルと回してみせる。


「おお~っ! すっげぇ、右肩治ってるやん。おおきに!」

「ルビアン! 何故敵を治療しているのですか?」

「こいつはもうジルコニア軍じゃねえ。今はただの()()()だ。じゃあな」


 ルビアンはそう告げると加里の腕を掴み、彼女と共に戦場へ瞬間移動する。


「やれやれ、ほんっとうに彼は自分勝手なんですから。女王陛下、この戦争が終わったら彼の任命責任を追及させていただきますよ」

「分かっておる。だが彼なしでは更なる犠牲者が出ていた事だろうな。さすがはエメラが惚れた男だ」

「勝手に惚れた事にしないでくださいっ!」


 エメラは顔を赤らめながら怒ると、ぷんすかぷんすかと機嫌を悪くしながらその場を立ち去っていき、宮殿内の守備を固めながら修繕を始めるのだった。


 その頃、戦場となっている王都の街中にて――。


「死ねえええええっ!」


 顔を傷つけられ怒り狂った翡翠が死神の鎌を使い風圧で地面を壊しながら攻撃を繰り返すが、カーネリアたちはそれをひょいひょいとかわしている。


 だが翡翠には隙がなく、カーネリアが反撃に転じる事はなかった。そればかりか彼女の猛攻を耐えるので精一杯であった。


 ジルコニア軍は王都部隊の増援によって既に総崩れとなっていたが、翡翠は諦めておらず、ただ怒りをカーネリアにぶつける事だけを考えている。


「翡翠っ! もうやめやっ!」

「!」


 翡翠の目の前に加里が現れた。その隣にはルビアンが立っている。


「翡翠、うちの話を聞いてほしいねん。せやからまず戦闘中止してくれへんか?」

「……黙れ!」

「ひっ! どっ、どないしたんや!? ……!」


 加里が翡翠の異常に気づいた。


 彼女は恐ろしいほどの冷や汗をかき、その場に立ち尽くすのだった。

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