第72話「再起の始まり」
数日後、食堂にいたルビアンの元に綺羅がやってくる。
綺羅は王都部隊の小隊長に任じられ、ルビアン不在時は彼が王都部隊の訓練をしていたが、これには1つ大きな問題があった。
王都部隊はアモルファス人だけで埋め尽くされていたが、今回の再編成からは事情が変わった。ルビアンの計らいでジルコニア系の討伐隊の者が王都部隊に入ったのだ。
「皮肉なもんだよ。アモルファス人に両親を殺されたと思ったら、今度は僕がそのアモルファス人たちと一緒に訓練をする事になるんだからさ」
「お前なー、王都部隊にいる時点で自分がもうアモルファス人だって事忘れてねえか? お前はジルコニア系ではあっても、ジルコニア人じゃねえんだからな」
「みんな僕の言う事全然聞かないんだよ。余所者の言う事なんか聞けるかってさ。それでも僕がジルコニア人じゃないと?」
――王都部隊に召集された者たちが彼の言う事を聞かないのには理由があった。
かつて喫茶雲母の常連客であった鉱次、店員を務めていた香がスパイ容疑で逮捕されたため、喫茶雲母の関係者全員がスパイのような扱いを受けていたのだ。
「お前がここで生きていくって強く思うならな。それに戦争の件だってさ、そもそもジルコニアが戦争を仕掛けてこなければ、お前の両親だって死なずに済んだ。国民を殺してるのはあくまでその国であって、敵国じゃねえ」
この言葉はルビアン自身にとっても耳の痛い言葉であった。
敵の作戦を知りながら感情的になり王都部隊から離れてしまった責任をルビアンは感じていた。
彼は少しでもその罪滅ぼしがしたかったが、ルビアンには食堂で雑用をこなし続ける必要がある。度重なる戦争でしばらく重税となり、そのしわ寄せが平民に押し寄せていたからだ。
そのために食堂は店内がガラガラの日が続いていた。
常連の内の何割かが戦場に散った。自分がその場にいればまた顔を出してくれたのではないかと思うだけでルビアンは自分が憎らしくなってくる。
だが訓練においては現役の討伐隊隊員である綺羅の方が優れている。
故にルビアンは普段の訓練を彼に任せようとしていたが――。
「このままじゃ訓練にならないよ」
「晶は来たのか?」
「晶さんは来ないよ。しばらく様子を見るってさ。でも、何でルビアンは僕らの事をそこまで信用できるわけ? 全然分かんないよ」
「……俺も信用されなかったからさ」
ルビアンはアルカディア時代の自分の事を話した。
回復だけが取り柄で戦闘中に戦えない事を馬鹿にされ、肝心な時に全く信用してもらえなかった事が原因で危うく何度か全滅しかけた話をする。
いつも信用されなかったルビアンだからこそ、スパイと疑われ、信用される事なくずっと王命によって自宅謹慎を強いられ続けた彼らの痛みが分かるのだ。
王都部隊に入ったジルコニア系アモルファス人は植民地からの移民と同様に自宅謹慎を解除されるが、実際は王都部隊の中での偏見に苦しんでいる。
ルビアンはかつての自分と今の綺羅を重ねていた。
綺羅がのけ者にされている姿をすぐに想像できた。
「まっ、エンポーが普及しきったこの環境で回復しか使えないんじゃ、そりゃ追放もされるわな」
「うるせぇ。でもあれで良かった。今じゃなんか解放されたって感じがする」
「はいはい、話はそこまでにして、まずはこれを召し上がれ」
綺羅が注文したチャーハン定食が彼の前に置かれる。
彼はそれを懐かしむように見つめていると、自然とレンゲに手が伸びた。何年かぶりのチャーハンをむしゃむしゃと食べ、その勢いが段々と増していく。
この味――ジルコニアの味だ。美味い! 美味すぎる! 何だか故郷に帰ってきたようだ。
でも何でジルコニアの味をここまで再現できるんだ?
この食堂といい、僕らを王都部隊に誘ってきたルビアンといい、一体何者なのか興味が沸いてきた。これは偵察のし甲斐がある。
「ふふっ、美味しそうに食べてる」
綺羅はお代をカウンター席に置くと、後ろを向き店から出ようとする。
「美味かったか?」
ルビアンのかけ声に足が止まる。
「――アモルファスで作った料理にしてはね。そろそろ訓練の時間だから帰るよ」
「じゃあ俺も行く。グロッシュ、良いだろ?」
「ああ、どうせもう今日は客が来そうにないからな。それに綺羅君だけじゃ俺も心配だ」
グロッシュは半ば集客を諦めていた。
常連の大半が王都部隊に召集され、食堂に客が来ない状況となっていたからだ。これを見たガーネはため息を吐いた。
「勝手に心配すんなっ!」
綺羅は強がりを見せると、早く出ようと早歩きで食堂の扉の前まで行く。
弱みを見せればなめられてしまう。故に彼はすぐに弱みを見せるルビアンを理解できなかった。何故そこまで人を信じられるのかと。
「食後の運動は体に悪いから、少し休んでから訓練するのよー」
「だから心配すんなって言ってんだろ!」
綺羅は外に出ると食堂の扉を勢いよく閉めた。
彼が言う心配すんなは信用してくれという意味ではない。どちらかと言えば放っておいてくれという意味に近い。
だが本当は誰かに信用されたいと言っているようにルビアンには聞こえていた。
そのくらいに彼は人を信用しなくなっていた。このままジルコニア系移民が王都部隊に馴染めなければ勝機はないと感じながらルビアンは後ろ姿の綺羅に追いついた。
ルビアンは綺羅の横に並び、王都の街中を歩くのだった。
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