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第71話「不信任案」

 女王ディアマンテの不信任案提出により緊急会議が始まった。


 たとえ国王であろうと大臣からの反対を押し切る機会が何度もあれば不信任案を突きつけられ、最悪の場合は政権交代もあり得る事だ。彼女とて決して自分勝手に振る舞えるわけではない。


 ――不信任案には100人を超えるくらいの大臣たちの内、少なくとも8割以上の署名が必要であり、これを突きつけられるという事は国王としての信頼がおけないとみなから言われているに等しいのだ。


「女王陛下、あなたが招集して結成された王都部隊は東海岸の森での戦いで苦戦、そして東海岸沖の戦いでは惨敗しております。そして多くの兵を失ったにもかかわらず、あなたは性懲りもなくまた王都部隊を再編制しようとしています。これは由々しき事態に他なりません」


 エメラが不信任案を出した理由を集まった大臣たちの前で言い放った。


「私も同感です。王都部隊はもはや犠牲者を出すだけの部隊でしかありません」


 ローズもまた大臣派筆頭であるエメラを支持する。


 そして彼女たちに同調するように多くの大臣たちが口々にざわざわと持論を展開し始めた。


 理由はやれ決断力がないだの、王都部隊に固執していたずらに王国民を犠牲にしているだの、散々な言い回しであった。


「お待ちください。女王陛下のご決断がなければさらに多くの犠牲が出ていたのですよ」


 女王を庇うようにクリスター・クォーツが彼女たちを諭す。


 国王派の一角でありディアマンテの腹心だ。青白い短髪で長身と整った顔が特徴であり、いつも強引なエメラたちと仲が悪い事を知った女王陛下が彼を国王派に引き入れた。


「見苦しいな。そんな言い訳しかできない時点で女王陛下はもう終わっている」


 鼻で笑いながらアレクサンダー・プリズムが机に肘をつき、クリスターを馬鹿にするような態度でさっさと会議を終わらせようとする。


 彼は大臣派の一角であり、エメラとは親戚関係にある。


「貴様っ! 今なんつったこらぁ! 女王陛下の前で無礼だぞっ!」

「よせ、みっともないぞ」

「も、申し訳ありません、女王陛下。アレク、口の利き方には気をつけろ」

「はいはい、分かりましたよ」


 現国王のディアマンテには、財務大臣のトルマ、文部大臣のクリスターがついている。


 それに対して現宰相のエメラには、農務大臣のローズ、外務大臣のアレクがついていた。


 ディアマンテが王都部隊を維持するのはアモルファス王国の植民地にいる大臣派の総督部隊が戻って来る事を防ぐためだ。


 口では語らずとも、みなその事をおおよそ察していた――。


「ではこうしよう。この戦争でアモルファス島の王都部隊及び総督部隊が敗北した時は、潔くこの玉座をくれてやろう。それでよいか?」

「いえ、今すぐエメラに譲っていただきたい」


 アレクが真っ向から反発する。彼が推すのはエメラだが彼自身に野心はなかった。


「エメラ、お前が国王になったらどうするつもりだ?」

「無論、すぐに植民地の総督部隊を呼び戻します。そしてアモルファス本土の総督部隊と組む事で連合軍を結成し、それをジルコニア軍にぶつけます」


 エメラが政権を得て植民地から総督部隊を呼び戻せば、大臣派の勢力が盤石なものになってしまうだけではない。植民地ががら空きになり、そこをジルコニア軍に狙われる事をディアマンテは知っていた。


「どこから呼び戻すのだ?」

「アモルファス島からすぐ南にあるカシミールから総督部隊を呼び戻します」

「ほう。して、その間誰がカシミールを守るのだ?」

「地元の討伐隊と警察に武装させて海岸沿いに配置します」

「それだけで植民地を守れるとでも!?」

「!」


 ディアマンテが目を細めながらエメラを見つめ、喉の奥から出た声で彼女を問いただす。さっきまでの冷めきった声とは違い、相手にそれなりの返答を求める力強い口調であった。


 彼女は体が痺れるように震え、しばらく何も答えられずにいると女王がその小さな口を開いた。


「我々にとってカシミールは植民地の中でも特に重要な拠点だ。何せアモルファス本国から最も近い植民地だからな。もしここがジルコニアに奪われれば、本土が南のカシミール、東のダイヤモンド島の双方からの攻撃を受ける危機に晒される。植民地の喪失は万死に値する。お前だけではない。お前の家族も親戚も全員死刑だ。それでもやるか?」

「……」


 ディアマンテが玉座に備えてある長く鋭い立派な王剣を抜くと、それをエメラの前に差し出した。


「女王陛下、一体何を?」

「これで妾を刺してみろ。なに、国王の命で誰かを殺しても罪には問われぬ。それは妾自身であっても同じ事だ。妾を殺せばお前が新たな国王だ」

「なっ、何故そのような恐ろしい事を?」


 エメラの体の震えがますますその激しさを増す――。


 ただ震えているのではない。本気で敬服しているのだ。底が見えぬ女王の器に。


 ディアマンテが小さく笑みを浮かべながらその小柄で細身の体についている豊満な胸を親指で差し、エメラの耳元まで顔を近づけると優しくも冷たいかすれ声で囁いた。


「それがお前の望みなのだろう? お前がこの国を治める覚悟があると本気で思っているのであれば刺してみろ。さあ、この胸を突いてみろ。さぞ赤く鮮やかな血を見られる事であろう」


 玉座がもう目の前にあるというのにエメラの体が動かない。


 そればかりか、彼女は国を背負う覚悟を問われ呼吸が乱れている。


「……わたくしには――できませんっ!」


 エメラは泣きながら喉の奥から声を絞り出すように言葉を吐いた。


「呆れた。国を背負う覚悟もなしに不信任案か。まだ反論はあるか?」

「「「「「……」」」」」


 ディアマンテは王剣を鞘へ納めると、それを玉座に再び備えた。エメラはディアマンテの威厳ある姿に怯み悟った。自分はまだ女王の器ではないと。


 緊急会議が終わった事を伝えるように大臣たちが去っていく。


 こうしてディアマンテへの不信任案は呆気なく破棄される事となった。

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読んでいただきありがとうございます。

クリスター・クォーツ(CV:梶裕貴)

アレクサンダー・プリズム(CV:宮野真守)

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