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第64話「最悪の事態」

 アンは隣にいる男と話しながらアジトへ戻ろうとする。


 1人でいる事を良しとしている彼女にとっては好ましくない状況ではあるが、総督部隊の一員である以上は仕方のない状況であった。


 アゲーディオ・ディリッロ。コリンティアのメンバーの1人であり、見るからにかなり軽い感じのチャラ男だ。だがその見た目に反して実力はあり、総督部隊に割り振られた1人である。


「アン、ジャスパー総督が俺たちをお呼びだぜ」

「総督が?」

「ああ。俺たちに知らせたい事があるんだってよさ。だからこうしてあんたを迎えに来たってわけさ」

「まあいい、ディオ、早く用事を終わらせるぞ」


 アンとディオは共に王都の中心地にあるジャスパーの家を目指す。


 彼の家である宮殿には多くの大理石が敷き詰められており、広い庭の中央にある噴水のそばには様々な花が咲いており、人が通るための道が白く染まっている。


「お呼びですか? 総督」

「ああ、お前たちにはこれからやってもらいたい事がある」

「何でしょう?」

「東海岸の守備を固めろ。奴らが攻めてくるかもしれんからな」

「そこは王都部隊が守っているはずでは?」

「その王都部隊が戦艦を率いて出発した――ダイヤモンド島を取り戻そうと必死なんだろうが、無事に帰ってくる保証はない。いざとなれば我々だけで本土を守る必要があるだろう」


 総督室には多くの書物が小さな図書館のように並んでおり、ジャスパーは木造の立派な椅子に座りながら両腕の膝を椅子と同じ色の机の上に乗せている。


 アンは背中をピンと立てて立っているが、ディオは若干猫背になりながら腕を組んで立ちながら2人の話を聞いている。


「助けには行かないのですか?」

「助ける? 誰を?」

「……王都部隊です」

「お前はいつから王都部隊の一員になった? 我々は総督部隊だ。王都部隊がどうなろうと我々の知った事ではないだろう」

「はっはっは、ジャスパーさんも冷たいねぇ」


 アンはジャスパーの言葉に疑問を感じた。


 王都部隊も総督部隊も同じアモルファス軍である事に変わりはない。だが総督部隊は王都部隊を一向に助けようとはせず、いつもその様子を見守るばかりである。


 しかもアン自らが総督部隊の隊長を務めているのだからなおさらだ。


 王都部隊にはアンと同じ討伐隊の者がいるにもかかわらず、救助命令すら出されない事が気になって仕方ない。


「冷たいどうこうの問題ではない。これも立派な作戦だ。アン、総督部隊を率いて守備を固めろ。分かったらもう下がれ」

「かしこまりました」


 アンとディオは落ち着いた様子で総督室から立ち去っていく。


「ちぇっ、釣れねえ人だなー」


 扉の向こう側からディオの愚痴が聞こえた。


 総督室にはジャスパー1人が残っていたと思われたが、彼女らが去った途端に1人の女性が透明状態を解除し、その姿を現した。


「これで構いませんか? ……女王陛下」


 姿を見せたのは冷たい表情の女王ディアマンテであった。ディアマンテは透明の魔法でその姿を隠し、ジャスパーたちの様子を見守っていた。


「ああ、それで良い。王都部隊とは引き続き距離を置け」

「アンも言っておりましたが、何故ここまで王都部隊と総督部隊を二分するのですか?」

「時が来れば話そう。今は妾を信じろ」

「かしこまりました、女王陛下」


 ジャスパーが少しばかり頭を下げると、ディアマンテも部屋を出ていくのであった。


 数日後――。


 ルビアンたちはいつものように食堂を経営している。


 王都はここ数日間音沙汰のない日々に慣れてきており、再びその平穏を取り戻そうとしているところであった。


「カルボナーラ1つとブラックチャーハン1つ」

「はいよー。ルビアン、パスタを取って来てくれー」

「ああ、分かった――嘘だろぉ! もうパスタの在庫がねえぞ」

「えー、もうなくなっちゃったのー」

「今日中に買いに行かねえと明日は誰もパスタが食えねえぞ。はぁ~、また買い出しに行ってくるっきゃねえな」

「お前も大変だな」


 アクアンがルビアンに同情しながら言った。


 ジルコニア料理はチャーハンのみであったが、ルビアンの提案で元から数種類程度しかなかったチャーハンの種類を増やした事でそこそこの売り上げを上げていた。


 食堂内にはジルコニアから輸入できずにいた醤油の代わりに自家製のソースを使ったブラックチャーハンが新発売され、それを新たな主力にしようとしていたのか、他のメニューの仕入れが疎かになっていたのだ。


「おいっ! 大変だっ!」


 サーファが勢いよく扉を開けると、汗をかきながら息を荒くしてカウンター席までやってくる。何やら非常事態を思わせるほどの焦り顔だ。


「なっ、何だよっ!」

「王都部隊率いる艦隊がっ――アモルファス島の東海岸沖で――壊滅した」

「「「「「!」」」」」


 嘘……だよな。


 ここにいるサーファ以外の誰もがそう思いながら絶句する。


 王都部隊の数はジルコニア軍の戦力を上回っていた。新聞でもようやくダイヤモンド島を取り戻せる事を示唆する記事が連日掲載されていただけに、この敗北には王国内の誰もが失望を覚えた。


 モルガンたちはボロボロになった戦艦に乗って命からがらアモルファス島へと戻り、そこにいた一般市民たちによって保護された後で病院送りとなっていた。


 だが王国内ではエンポーが総督部隊によって独占されていたために別の方法で治療をするしかなく、モルガンたちは痛みをこらえながら回復治療を受けていた。


「それ……どういう事だよ?」

「出発した50隻の内、戻ってきたのは僅か3隻で、モルガンたちやアベンたちは生きていたけど、生きて帰ってきた奴らのほとんどは重傷だった」

「じゃあ、残りの奴は――」

「……残念だけど、戻ってない奴は全員死んだらしい」

「そんなっ!」


 ガーネが両手で口を塞ぎながら嘆いた。


 ルビアンはアベンに挑発され、すぐに王都部隊から離れた事を悔いた。


 一時の感情で味方に大損害を出してしまったと思いながら彼は落ち込んだ。

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読んでいただきありがとうございます。

アゲーディオ・ディリッロ(CV:沼田祐介)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・壊滅するとわかってて戦場を離れたルビアンが落ち込んだこと。命を失ったもののためにも、こどもじみた言動はやめてほしい。 [一言] 帝国の罠、エンポー頼みの反動にハマりました。最悪のタイミン…
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