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第56話「静かに迫る危機」

 ルビアンが石版を通して見たのはあの禍々しい姿のヒュドラーだった。


 だがカーネリアが買った歴史本に描かれている姿とは違う姿である。


 クリソがルビアンの方へ目をやると、何かを思い出したように片手を顎に添え口を開いた。


「それは伝説の勇者たちがヒュドラーと戦っている姿よ」

「伝説の勇者?」


 カーネリアが言った。彼女の関心もその絵に向く。


 ――その黄金の石版には一本首のヒュドラーの体が島全体を覆い尽くし、海は枯れた大地と化し、その地表には3人の勇者たちが描かれている。


「その石版の下が伝説の勇者たちで上がヒュドラーよ」

「でもこのヒュドラーは首が1本しかねえぞ。その歴史本には首が9本あったんだぞ。これどっちかが間違ってるんじゃねえか?」

「そうかしら。文明を滅ぼされかけたというのに、その姿を直に見た古代人たちが間違って覚えるとはとても思えないわ。あくまでも推測だけど、ヒュドラーは姿を変えられるんじゃないかしら」

「変身能力か?」

「伝説のドラゴンなら変身能力の1つや2つ、持っていても不思議じゃないわ。じゃあそろそろ帰って。研究は1人でいる時じゃないと進まないの」

「お、おう」


 ルビアンは様々な仮説を頭の中に巡らせ、カーネリアと共に東海岸から食堂へと戻ってくる。


「あっ、2人共大丈夫?」


 既に帰っていたガーネが真っ先にルビアンとカーネリアに話しかける。


 この時には東海岸での戦闘が王都民たちに伝わっており、モルガンたちは増援部隊として連絡係に伝えられ、酔いを醒ましてから増援部隊の一員として駆けつけたが、その時には既にジルコニア軍が撤退した後であったために悔しがる。


 この戦闘以降、兵士たちはしばらくの間アルコール制限がかかった事は言うまでもない。


「あっという間に兵士たちがみんないなくなっちゃったってアメジが嘆いてたわ」

「なるほどな。みんな酔っぱらってたから増援部隊が遅れたわけか」

「ルビアンはあんまりお酒飲んでなかったもんね」

「あたしはいくらでも飲めるから平気だったというわけだ」

「スピリタスを全部飲み干しても顔色1つ変えないくらいだもんね」

「でも収穫もあったぜ」


 ルビアンがニカッと笑いながら今までの出来事を話す。


 敵を倒したわけではなかったものの、増援部隊が来るまでの間を少人数で粘った事や、古代文字で書かれた歴史本の翻訳がようやく始まった事を話した。


 翌日、ルビアンの元へモルガンがやってくる。


 彼女の顔は悔しさと憤りでいっぱいだった。酔った状態のまま増援として駆けつけ、しかも相手を一兵も倒さずに帰ってきた事を恥じていた。


「ルビアン、女王陛下から手紙だ。受け取れ」

「ディアから手紙か。どれどれー」


 ルビアンはディアマンテからの手紙を開ける。


 手紙にはこう書かれていた。


『ルビアン、今回の戦闘での活躍ご苦労であった。ついてはお前に王都部隊副隊長への昇格を命じる。光栄に思え。それからあと3ヵ月足らずで我が国のジルコニア米が尽きる。それまでに決着をつけろ』


 食堂にはタイムリミットが迫っていた。


 主力商品であるジルコニア料理に必要なジルコニア米が取引できない以上、どうしても限界が来る事は分かっていた。


 あと3ヵ月でジルコニア米がなくなっちまうのかよ。うちの主力商品がなくなっちまったら、うちにはもう常連以外誰も来なくなるぞ。


 ルビアンの脳裏に危機感がよぎる。


 彼にとってこの手紙は昇格という名の褒美であると共に、ジルコニア料理の危機を伝える最終通告でもあった。食堂の軍需工場化を拒否した今、潰れたところで文句は言えない立場である。


「そうかー。期限を過ぎたらもう戦争が終わるまでアモルファス料理でやっていくしかないのかー。あー、困った困った」

「でもアモルファス料理は他の飲食店でもやってるし、お客さんを呼び込むとなると値段を下げるしかなくなるわ」

「これ以上値下げしたら採算が合わなくなるぞ」


 まずいな、かなり落ち込みムードになっちまってる。でも俺にできる事っつったらせいぜい食材の廃棄コストをゼロに抑える事くらいだしなー。


 ルビアンは考えた。段々と客が減っていく食堂をどう支えていけば良いのかを。


 食堂の客は客席全体の3分の1もなかった。


 ジルコニア料理を好物としている人々はチャーハンに飽き、ジルコニア人たちはジルコニア人のスパイが悪行を働き逮捕されてしまった事から極力家に引きこもる事となった。


 そのためにレストランカラットは少数のアモルファス人の常連客のみとなっているが、常連とは言っても毎日来るわけでもなく、多くて2日に1日程度である。


 休日などないに等しかった。


 年中優雅な日々を過ごしている貴族に負けたくないのか、平民たちは休日を返上する者が非常に多かったからだ。そもそもそんな余裕がないものさえいる。


「何とかしねえと」


 ルビアンが弱々しい声で呟いたその時――。


 1枚の皿が盛大に割れ、破片が食堂の床いっぱいに飛び散った。


「おいっ! お前何やってんだよっ!」

「ごっ、ごめんなさいっ! わっ、私弁償します!」


 隣にいた客から落とした女性に対して怒号が飛ぶ。


「あー、大丈夫だ。その場から動かないでくれ」

「?」


 ルビアンが皿の割れた位置に手をかざすと、修復の魔法によって皿の破片が時間を巻き戻すように集まっていき、あっという間に元の皿へと戻っていった。


「良しっ! これでもう大丈夫だ。怪我は無かったか?」

「は……はい」


 先ほど皿を割ったおかっぱ頭の女性がルビアンに惚れ惚れしながら席へと戻っていく。そこから少し離れた席に座っている老人がルビアンを尖った目で見つめている。


「――お前、修復の魔法が使えるのか?」


 老人がルビアンに対して低い声で尋ね、声がする方向にルビアンが向いた。


 そこには古びた衣装を着た白髪の老人がテーブル席に着いていた。

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