第47話「和む食堂」
それからというもの、モンスターが暴れ出す事はなくなった。
事の真相は全て女王ディアマンテの知るところとなり、王都の安全が確認されたところで王都部隊がようやく適度な休息取る事ができた。
王都部隊はダイヤモンド島を取り戻すべく再編成されるのだった――。
「はぁ~」
「ガーネ、そう落ち込むなよ」
「だってぇ~」
ガーネがため息を吐いていると、そんな彼女を心配したグロッシュが話しかける。
原因は明らかだった。ガーネはずっと心配していた香がジルコニアのスパイで、度々王都で暴れるモンスターの原因であった事にショックを隠しきれない。
「せっかく友達になれると思ったのに」
「ジルコニアの連中がみんなそういう人間とは言わないが、当分は距離を置いた方が良いぞ」
「は~い」
ガーネが落ち込みながら雑務をこなす一方で、ルビアンとカーネリアはそれぞれが得た情報を交換するべく会話をする。
「ふむ。つまりあの2人が言うには、モンスターを度々暴れさせていたのは王都部隊をダイヤモンド島へ行かせないようにするためか」
「でも何のためかまでは分かんねえんだよなー」
「それならこれのためだろう」
カーネリアがルビアンの前に分厚い1冊の本を出す。ルビアンは本に対して苦手意識を持っているためか、途端に嫌な顔をする。
「これは?」
「ダイヤモンド島の歴史が書かれた本だ。図書館から買ってきた」
「よく買えたな」
「図書館の本を買う場合、コピーを渡されるから割と安かったぞ。それよりこれを見てみろ」
カーネリアがダイヤモンド島の歴史本の少しばかり浅いページを開くと、そこに掲載されている古い絵を強調するように指差した。
そこには9本の首を持ち、禍々しいほど凶悪なドラゴンの姿が描かれていた。見る者を震え上がらせる邪悪な目と、黒く染まった巨大な体を見たルビアンは怖気が走る。
「何だこいつ?」
「こいつはヒュドラーだ」
「ヒュドラー?」
「かつて栄華を誇った古代文明を一夜にして滅ぼしたとされる伝説のドラゴンだ」
「ドラゴンっていうより蛇に見えるけどな。でも今いないって事は誰かに倒されたって事だろ?」
「察しが良いな。それはそうなんだが、これは全部古代文字で書かれてあるから、詳しい事までは分からない。分かっているのはこいつがダイヤモンド島と何か関係している事と、何者かによって倒された事だけだ。あくまでも推測だが、もしジルコニア軍がダイヤモンド島を取り返した理由がこいつのためだとすれば、かなりまずい事になるのは間違いないだろう」
ルビアンもカーネリアもこの時ばかりは絶望的な未来を想像してしまった。
ジルコニア軍がブラッドパールの力を使う事で凶悪なモンスターさえ手駒にしている事は周知の事実であった。そのために古代文字が分からずともおのずと次の狙いが彼女には読めた。
「古代文字を読める人を探さないとな」
「あのー、ちょっと良いかなー?」
ガーネが声を低くしながら笑顔でルビアンに話しかける。
「何だよ?」
「もう休憩時間とっくに終わってるんだけどなー」
「あっ! やべっ! もうそんな時間かよっ! カーネリア、また後でな」
「ああ、待ってるぞ」
「あんたも営業中でしょ!」
「あー、そうだった。悪いな」
「もうっ!」
新たな危機の可能性の前に、ルビアンたちが休憩時間を気にしている余裕はなかった。
ガーネは仕事をサボり本に夢中になっている2人を不機嫌そうに尻を叩くように咎め口を膨らませているが、それは真面目に働かせる事だけが動機ではなかった。
そこにはカーネリアがルビアンと仲良しそうに共通の話題を通じて必要以上に仲良くなる事を阻止したい気持ちが混在していた。
食堂と扉が開いた。入ってきたのはモルガンだった。何やら嬉しそうな顔である。
にっこりとした表情を保ったまま意気揚々と店内を闊歩し、端にあるカウンター席へと腰かけながらカーネリアを見つめている。
「チャーハン定食を頼む」
「はい、チャーハン定食ねー。お父さん、チャーハン定食」
「はいよー」
「久しぶりー。モルガンって、自宅謹慎中じゃなかったっけ?」
「今日ようやく解けたんだ」
「そう、良かったじゃない」
モルガンが再び常連に戻った事でガーネが一安心する。だがルビアンだけはそれを歓迎していない様子。
ずっと自宅謹慎していろよと思いながら後ろを向き、洗浄の魔法で皿洗いをしたり、修復の魔法で割れたり曲がったりした食器類を直している。
「……ん? もしかして君がカーネリアか?」
モルガンが拭き掃除と客が食べ終わった食器の片付けをしているカーネリアに気づく。
「ええ。あたしの事をご存じとは光栄です」
いつもはぶっきらぼうなカーネリアも客に対しては笑顔で丁寧に話す。
ルビアンにこのような細かい切り替えはできない。故により新人であるカーネリアの方が優先的に接客を任されている。
「私はモルガンだ。よろしくな。昨日の新聞を読んだのだが、その類まれな力で犯人逮捕に大きく貢献したそうじゃないか。岩石系の魔法が得意だとか」
「ええ、噂ほどではありませんけど」
「もし良かったらうちのパーティに来ないか?」
モルガンがカウンター席に両膝を乗せ、繋いだ両手に顎を乗せながらカーネリアをアルカディアへと勧誘する。
「何故あたしなのですか?」
「うちは今防御面が課題になっていてな。攻撃と回復は十分なんだが防御が足りないんだ。その岩石系の魔法は必ず役に立つはずだ。もちろん給料も福利厚生も保障する。だから――」
「お断りします」
カーネリアがきっぱりと断りの返事をする。
彼女のルビアンに対する想いは並外れていた。ルビアンとアルカディアの関係も当然知っている。元々クリスの家に住んでいる事もあり、生活面でも特に困らなかった。
愛する者を追放した討伐隊に入りたいとは到底思えなかった。
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