第43話「訳あり紅茶店」
翌日、ルビアンはカーネリアの教育係となった。
カーネリアは物覚えが良く次々と仕事を覚えていく。
普段は貴族以上の人と話す時以外は常にぶっきらぼうな彼女も接客は心得ており、その美貌も相まってガーネと双璧を成す看板娘となっていった。
パーティ追放から9ヵ月後――。
カーネリアはすっかり店に馴染み、とても新人とは思えないほどの仕事ぶりを発揮するようになっていた。
「あのさ、あいつもう俺が教える必要ないんじゃね?」
「ふふっ、そうかもしれないわね。あとは料理だけね」
「オーダー入ったぞ。サンドウィッチとペスカトーレだ」
「はいよ。この頃アモルファス料理の注文が多いな」
グロッシュが注文の偏りに違和感を感じている。
食堂はカテゴリーを問わず様々な地域の料理を出しているが、主力となっているジルコニア料理であるためにそれが売れなくなればすぐに分かる。
「ジルコニアが一方的に戦争を仕掛けてきたせいだろ」
「そうねー。国内のジルコニア人たちにヘイトが集まってるって聞いたし、ホント戦争なんて早くなくなってほしいわね。あっ、そういえばモルガンはどうなったの? 全然来ないけど」
「あいつは厳重注意の上しばらくは謹慎で、しかも王都部隊の隊長から降格処分だってよ。ざまあみろってんだ」
「もうっ! ルビアンったらすぐそういう憎まれ口を叩くんだから。あっ、そうだ。この前会った香ちゃんのお店に行ってみようかしら。どうなってるか心配だし」
「他人の店より自分の店の心配しろよ」
ルビアンがお人好しなガーネをいなす。ジルコニア人が心配な気持ちも分かるが、食堂の売り上げが段々と下がってきている今、他人を心配する余裕は彼にはなかった。
「どうしても――駄目?」
ガーネが上目遣いでルビアンにお願いをするように彼を見つめている。
「分かった分かりましたよ。ったくしょうがねーなー。俺が行ってきてやるよ」
「ありがとっ!」
「様子を見てくるだけだからな」
ルビアンはずっと貶されてきた影響からか、甘えるように自分を頼ってくる人には非常に弱い。ガーネのお願いにつき合わされるのは今に始まった事ではない。
夕方に店の営業が書き入れ時を過ぎた頃、ルビアンは仕事から早退して香の店へと向かう。
店の場所は常連から聞いていたため既に判明している。
ジルコニアが攻めてくるまでは人気を博していた『喫茶雲母』という紅茶専門店がある。彼はその場所を見つけると、その扉に手をかけた。
店内にはジルコニア人たちが目を半開きにしながら集結していた。
「いらっしゃいませ。確かルビアンさんでしたっけ?」
「ああ、香も元気みたいだな」
「お前よくここに来れたな」
「鉱次、確かジルコニアに戻ったんじゃねえのか?」
「それが戻るに戻れなくなっちまったんだよ」
鉱次は輸出業者である事からスパイを疑われ、戦争が終わるまでの間は国へ戻れなくなった。外にいてもアモルファス人から目の敵にされるため、この店にしか通えないのだ。
そんな話をしていると、店の奥の方から1人の人物が現れる。ロングヘアーを葉っぱのついた髪飾りでまとめた優しそうな外見である。
雲母舞香は喫茶雲母の店長である。
ジルコニアにある実家の紅茶店から独立した実力者であり、少し前までは店を繁盛させていたものの、戦争の影響で店がガラガラになっている事を憂いている。
「あっ、いらっしゃいませ。アモルファス人のお客さんは久しぶりですねー」
「あんたがここの店長か?」
「はい。私はここの店長の雲母舞香と申します」
「俺はルビアン・コランダム。うちの店の看板娘がさー、香が心配だから様子を見て来てくれってお願いされてな。でも無事で良かったぜ」
「もしかしてガーネさんの事ですか?」
香がすぐにその人物を当ててみせる。
「ああ。あいつは自分の店がピンチだってのにお人好し過ぎるんだよ。でもよく分かったな」
「ええ――とても優しそうな方でしたから」
「そうか。アールグレイ1つ」
「あっ、ごめんなさい。アールグレイの茶葉はジルコニアの植民地でないと採れないんです。もう品切れになってから長くて」
アモルファス王国の植民地からはコーヒー、カカオ、バニラなどが採取でき、ジルコニア帝国の植民地からは茶葉、小豆、砂糖黍などが採取できるが、国交断絶をしている今、アモルファス島にある紅茶店、和菓子店などがジリ貧となっている。
そのため苦肉の策でコーヒーやココアを導入している店も少なくなかった。
「じゃあレモンティーにするよ」
「かしこまりました」
そこに1人の男が店内に入ってくる。
「何でアモルファス人がそこにいるんだよ? さっさと帰れよな!」
店に入ってきた小柄でショートヘアーの男がいきなりルビアンを店から追い出そうとする。ここはジルコニア人たちの縄張りだと言わんばかりに。
雲母綺羅は舞香の弟である。彼は両親をアモルファスとの戦争によって失い、アモルファス人たちを目の敵にしている。
だが姉には滅法弱く、彼女から離れたくないために一緒にアモルファスへと移住してきたのだ。
「ああ? 何だてめえは?」
「雲母綺羅、ここの店員だよ」
「店員がそんな態度で良いのかよ」
「お前らアモルファス人は客じゃねえんだよ」
「綺羅! やめなさい!」
「で、でも――」
綺羅が急に弱腰になる。彼は優しく聡明な姉がキレると怖い事を知っている。
舞香はこれ以上大層な台詞を吐かせまいと獲物を狙う猛獣のような眼光で弟を睨みつける。
「別に彼個人は何も悪くないでしょ。謝りなさい」
「……ごめんなさい」
舞香の剣幕の押され、綺羅はしぶしぶとルビアンに頭を下げた。
「良いんだよ。でも何でそんなにアモルファス人が嫌いなんだ?」
「……僕の両親は……アモルファス人の奴らに殺されたから」
「!」
綺羅は自分の親が目の前で殺されていく様を小さくも憎しみのこもった声で話し始める。その壮絶な話の内容にルビアンは顔が固まってしまう。
彼は気づいてしまった。戦争が思っていた以上に深刻なものである事を。ルビアンは人間同士の戦争が終わってから討伐隊に入った世代であるためか、戦争を他人事くらいにしか思っていなかった。
この状況も戦争の影響なのだとルビアンは思い知った。
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読んでいただきありがとうございます。
雲母舞香(CV:鬼頭明里)
雲母綺羅(CV:喜多村英梨)




