第38話「女王の側面」
ルビアンの前にはディアマンテの後姿がある。
玉座の間がある真下の階には女王の部屋があり、その扉には金やダイヤといった宝石が施されている豪華なものであった。
「入れ」
ディアマンテがルビアンを女王の部屋へと誘う。
ルビアンはその豪華な扉に対して呆気に取られながらも恐る恐る部屋へと入っていく。高い天井には豪華な絵とシャンデリアが飾られており、床には高級仕様のベッド、机、椅子といった家具、壁には世界的な絵画までもが揃っている。
この部屋だけで1億ラピスはするだろうなと思いながら彼は部屋の中を見渡す。
「――うわぁ」
彼女がベッドの上に腰を下ろすと、その隣にポンポンと手を置いてルビアンを座らせる。すると、ディアマンテは大胆にもルビアンに急接近してベタベタと触り出す。
「あぁ~、やっぱ男の子ねぇ~」
「なっ、何だよっ!?」
ディアマンテはさっきまでの冷徹な表情や威厳が嘘のように愛くるしい表情になり、ルビアンに擦り寄って甘えている。
その姿はまるで子供のようであり、公務の最中にはまず絶対に見せない顔と態度である。公務中とは真反対なこの性格にルビアンは戸惑いを隠せない。
「だってやっと休憩時間が来たんだもん。国王の仕事って本当に大変なのよ。ずっと内政と外交に追われて疲れちゃった」
「お前なー、女王がそんな事言って良いのかよ」
「公務中は口が裂けても言えないわね。でもあなたは別……あなたは誰にでも本当の自分を隠さない度胸がある。良く言えば裏表のない人、悪く言えば人との駆け引きができない人だけど、あたしは凄く気に入ってるの。それに敬意を表して、あたしもあなたと2人きりの時だけは本当の自分を隠さない事にしたんだから、光栄に思ってよね」
性格ばかりか口調まで変わっているところにルビアンは二重人格さえ疑った。
ディアマンテは孤児だった頃の明るい姿と女王としての威厳を保った姿を使い分けていた。多くの者は女王としての彼女しか知らない。
「それがディアの本当の姿なのか?」
「ええ。失望した?」
彼女は少しばかり困った顔になりながら可愛い眼差しでルビアンを見つめる。
「別に――あのさ、モルガンとは知り合いなのか?」
「ええ。モルガンとは彼女がデイムの称号を手にしてからの仲よ。ねえ、何で追放されたの?」
「俺の得意種目が回復だったからだよ」
「あー、エンポーのせいねー。モルガンは接近戦でこそ無類の戦上手だけど、目先の事に囚われて相手の術中にハマっちゃうところがあるから心配していたの。でもあなたのおかげで助かったわ」
ディアマンテはニコッと笑い、ルビアンを改めて褒め称える。
だが彼は動じない。そればかりか持っている疑問を彼女にぶつけた。
「そこまで分かってんのに何であいつに王都部隊を任せたんだよ?」
「――有力な将軍の多くはみんな植民地の総督になっているわ。呼び戻そうと思えばそれもできるけど、総督たちはいずれも大臣派にいる人なの。もし呼び戻した大臣派の将軍たちが活躍すれば、武力と功績を盾に大臣派の誰かが次の国王になる事を要求してくる可能性があったの。正直に言ってしまえば、今はどの大臣派も国王の器じゃないわ。国王に相応しくない者が即位すれば国は乱れ、ジルコニアにその隙を突かれる危険性があるのよ」
「政治的配慮ってわけか」
「簡単に言えばそうね」
アモルファス王国は国王派と大臣派という2つの派閥に分かれていた。
モルガンはディアマンテが信頼する国王派の人間であった。ディアマンテは自らの手足である国王派にいる者を近くに置き、大臣派に属する者は植民地へと追いやる事により、ギリギリのところで勢力均衡を保っていたのだ。
女王の敵はジルコニアだけではない。むしろ内側にいる敵の方が厄介極まりないのである。
常に王位を狙われ続ける孤独の中を戦ってきた女王に対し、ルビアンはディアマンテが女王で良かったと確信するのだった。
「あたしの本当の両親はジルコニアとの戦争へ行って戦死、あたしは孤児院に転がり込んだ後、先代の国王であるお父様に拾われたの。お父様はあたしに大臣派と争ってはならぬと言い残して去っていったわ。だからあたしは、どうしても大臣派の将軍たちの力を借りずにジルコニアとの戦争に勝たなければいけないの。ルビアン、協力してくれるかしら?」
「どうせ断っても強制してくるんだろ?」
「ご名答。あなたに断る選択肢はないわ」
「ねえのかよ。でもどの道王都が乗っ取られたら店の経営がやばいからな」
「あなたっていつでも食堂第一なのね」
「――あそこは身寄りのない俺を家族のように受け入れてくれた大事な居場所だからな」
「大事な居場所……か」
ディアマンテはどこか寂しそうな表情になる。
どこにいても孤立していた彼女にとって今のルビアンの境遇は羨ましい事この上ない。彼女はルビアンとしばらく話し続けた。
ルビアンもまた孤立していたアルカディア時代を思い出し彼女に同情する。
「なるほど、それであなたはあらゆる回復魔法を使えるわけね」
「ああ。最初はあんまり役に立たないって思ってたけど、どれも食堂でやっていくのに便利な魔法ばっかりでさ、俺はあそこが天職なのかもしれねえって思ったんだよ」
「でも本当は討伐隊でいたい気持ちもあるんじゃない?」
「……もう諦めたよ。少なくとも今は回復担当が最も不遇だからな」
「そう。あなたの事はよく分かったわ。もう帰って良いわよ。でも、ここで起きた事は全部内緒よ」
「お、おう」
ばれたら即断頭台に送られそうだな。こいつならやりかねない。
「入れ」
扉の向こう側からノックが鳴ると、ディアマンテがいつもの冷徹で威厳のある表情と態度に戻る。
彼女が心休まる時間はもう終わったのだ。
これからしばらくはずっとこの強固な姿勢を保たなくてはならないのだと思うだけで彼は気が滅入った。彼女が背負っているものの大きさをルビアンは直に感じた。
「女王陛下、そろそろ公務の時間でございます」
「分かった。ルビアン、今日はもう帰れ。妾はこれから仕事がある」
「へいへい、分かったよ」
女王の側面と彼女の大変さを知ったルビアンはディアマンテが女王の部屋を出たのを確認すると、瞬間移動で宮殿を去っていく。
ディアマンテはそっと笑みを浮かべながら玉座の間へと向かうのだった。
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