第32話「遅れた宣戦布告」
モルガンは嫌な予感がした。このままでは負けると。
彼女は玉座の間まで行き、そこで事務処理に追われていたディアマンテを見つけるとすぐに机に両手を置いて抗議する。
「女王陛下、あくまでも推測ですが、彼らの狙いはダイヤモンド島ではないかと」
「何故そう思う?」
ディアマンテは羽根ペンで書類を書きながら彼女に問いかける。モルガンは焦っている様子だが、ディアマンテはいつものように冷静さを保っている。
「両国が停戦協定を結んだ時、何度もダイヤモンド島の返還を要求があったと新聞で拝見しました。彼らがそれを根に持っているとすれば、まずはそこを狙うかと思いまして。つきましては、ダイヤモンド島の警備はどうなっているのですか?」
「がら空きだ」
「まずいですよ。今からでも部隊を向かわせるべきです」
「駄目だ。お前は今まで通り本土を守れ」
「何故ですか!?」
「今下手に動けば奴らの思うつぼだ。さっさと帰れ」
「……」
モルガンは聞く耳を持たぬ女王に従うしかなかった。
彼女が指揮を執る王都部隊は女王直属の部隊であるため、戦場でこそモルガンに指揮権があるものの、大まかな動きはディアマンテの意思決定によって行われるという仕組みである。
このまま手をこまねいているわけにはいかない。だが身動きが取れない。
彼女は絶望の表情を浮かべながら宮殿の階段を下りるのだった。
3日後、ダイヤモンド島ダイヤモンドハーバーにて――。
ダイヤモンドハーバーの少し東側から額に黒い珠がはめ込まれたワイバーンがたくさん迫ってきており、その1匹1匹に兵士が乗っている。
ワイバーンは人より少し大きいくらいの赤黒いボディに翼が生えた下級ドラゴンの亜種であり、人が乗って戦えるよう騎馬隊のような武装を施されている。
それらの部隊が天を覆うように空を移動し、地上の者からは黒い点が空にポツポツと映っているように見えるのだ。
「……ん? 何だあれは!?」
「ワイバーンがたくさんいるぞ」
ワイバーンの口から放たれた火炎弾が、ダイヤモンドハーバーにたくさんある木造戦艦のうちの1隻に勢いよく直撃した途端に大爆発を起こす。
「に、逃げろぉ!」
「きゃああああああ!」
ダイヤモンドハーバーの周辺は大騒ぎとなった。ワイバーンの火炎弾や騎手による魔法攻撃によって戦艦は次々と破壊され、あっという間に港の周辺が火の海となっていく。
近くに住む住民たちは避難命令が出る間もなく慌てて逃げていき、西側の海岸から次々と船を出航させてアモルファス本土へと避難する。
アモルファス王国はジルコニア帝国から不意打ちを受ける形となった。
その頃、王都の宮殿にジルコニアの使者がやってくる。ディアマンテはそれを分かっていたかのような反応だ。早々にジルコニアの使者を玉座の間へと通し、大臣たちを下がらせた。
玉座の間にはディアマンテとジルコニアの使者2人のみとなった。
「これをお受け取りください。我が君、皇帝陛下からの国書です」
「ふむ、大方宣戦布告の知らせを届けに来た――と言ったところか」
ディアマンテは平然とした顔で巻物状の国書を手渡しで受け取ると、それを開いて隅から隅まで黙読し、ジルコニアからの使者はしめしめと口元で笑みを浮かべている。
「よくご存じで」
「ああ。実はな、妾も国書を用意しておいたのだ。持っていけ」
「それはありがたい。待つ手間が省けて何より。ではまた」
ディアマンテは巻物状の国書をジルコニアの使者に手渡しすると、彼はそのまま帰っていく。両者共後ろを向いたまま距離が離れていき、ジルコニアの使者が扉に手をかけた時だった。
「次に会うのは――」
「……」
「お前たちが降伏文書を届ける時だ」
「ご冗談を」
彼はそう言い残し、ジルコニアへと帰国するのだった。
翌日――。
「ええっ!? ジルコニア米を買えなかったぁ!?」
「帝都の商人たちがみんな口を揃えて、今は全てのジルコニア米が帝国の管理下にあって売れないってほざきやがった。あーもうっ! 誰だよこんな戦争始めたのっ!?」
「確か先制攻撃をしたのはジルコニアの連中だったはずだぞ。新聞にもダイヤモンドハーバーを奇襲されて、あっという間にダイヤモンド島を占領されたって書いてあるからなー。でもこのままじゃまずいな。うちの食堂の人気メニューの上位はその大半がジルコニア米を使った商品で占められてる。ジルコニア米を使えないとなれば、売り上げが下がるのは必至だ」
ルビアンたちは困っていた。戦争が始まった事で個人単位でも両国の品物の取引が禁止され、全ての食料品が国の管理下に置かれてしまったのだ。
アモルファス人がジルコニアの商品を手にするにはジルコニアに住む帝国民である事を証明しなければならず、一度に与えられる量も必要分のみであった。逆もまたしかりである。
「オイラたち、このまま路頭に迷っちまうのかなー」
「3人共落ち着いて! 商品が全部売れなくなったわけじゃないでしょ! とりあえず今ある商品だけで終戦まで粘るわよ」
ガーネが食堂の同僚たちをなだめつつも生き残れる可能性に賭けるよう鼓舞する。
彼女はまだ諦めていなかった。何故ならルビアンという名の勝算があったからだ。人気メニューの食材が仕入れられないのであれば持久戦をするしかなく、ルビアンの鮮度の魔法が持ってこいと言える状況であった。
食堂の扉が勢いよくバンッと開く。
そこには汗をかきボロボロの服と装備のまま慌てている様子のスピネがいた。身だしなみに気を遣っているいつもの彼女の姿はなかった。
「スピネちゃんじゃない。どうしたのその格好? 服も装備もボロボロじゃない!」
ガーネが真っ先に反応し、彼女の様子からこれはただ事ではないとすぐに察知する。だがルビアンは一瞬驚いただけですぐに嫌な顔をする。
「お前何の用だよ?」
「もうっ! お客さんでしょ!」
「あっ、忘れてた。わりいけどチャーハンは今日で売り切れだぞ――」
「そんな事はどうでも良いのっ!」
「ああ!? 良くねえだろっ! うちの主力商品だぞっ!」
「このままじゃモルガンたちが危ないの。だからお願い。私たちを助けてほしいの」
ルビアンにとってアルカディアのメンバーたちはもはや他人である。惨めな形でパーティを追放された事に加え、今まで虐げられてきた恨みもある。そんな彼女らをどうして助けられようか。
彼の答えは決まっていた――。
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