第25話「帝都での謁見」
数日後、ルビアンの貢献もあり、食堂は久しぶりに黒字を取り戻した。
何より鮮度の魔法によって廃棄コストを極限まで抑える事ができたのが大きい。食堂の関係者たちは誰もがルビアンに感謝している。ルビアンもまた、ここが自分の居場所であると思い始めていた。
その頃、ルビアンを探しにやってきたモルガンたちが帝都に到着する――。
彼女らはそこで宿に泊まり、その寝殿造や書院造の家に驚いていた。
温泉に入った後は浴衣姿で畳に座り、ジルコニア名物のしゃぶしゃぶを食べ、任務だというのにまるで旅行のように楽しんでいるスピネとアマゾナの2人とは対照的にモルガンは緊張感を露わにしている。
「――お前ら、これから任務があるって事忘れてないか?」
「忘れてないわよ。あたしたちは名目上は観光客なんだから、傍から見ても観光客のように振る舞ってないと怪しまれるわよ」
「そうだよ。モルガンもここまで大変だったんだから、少しは観光を楽しんだら? それにしても――物凄い技術力ね。これ全部木材から作ったんでしょ? 隅から隅まで造形が細かいし、魔法を一切使わずに造ったって言うから驚きね」
モルガンたちはジルコニアの凄まじい技術力の前に度肝を抜いていた。モルガンはこの事からも、あのブラッドパールの繊細な加工技術はジルコニアの者でなければ不可能であるという確信が持てた。
宝石の力は加工が正確であるほどその力を増す。そのためジルコニアの技術力は、アモルファスにとって脅威でしかなかった。
「スピネ、透明薬は持ってるか?」
「ええ、ちゃんとここにあるわ。でもこれは人体しか透明にできないから、宮殿に侵入するんだったら全裸にならないと駄目よ」
スピネが相手をからかうような顔で話しながら、水色の液体が入ったガラスの瓶を取り出して見せる。
「わ、分かってる。任務のためだ。でも、1杯分しかないぞ」
「急な任務だったから1杯分しか作れなかったわ。1杯で3時間は持つから、チャンスを活かせるのは一晩だけよ」
「そうか。なら今夜潜り込んでみよう。それで無理だったら他のやり方で調査を続行し、1週間後に王都へ戻るぞ」
「じゃあその間、ここでずっとしゃぶしゃぶを食べられるのねー。黄金のお寺に、5重に屋根があるお寺に、鳥居がたくさんある神社にも行けるねー」
アマゾナがデレデレした顔で喜びを露わにする。ルビアンがいなくなってからというもの、必要な時に飯を食えない、服の洗濯ができないといった問題が起こり、雑用に便利な能力の重要性が日に日に増していった。
彼女らは遠征中に美味い飯や清潔な服を着れる事のありがたみをようやく知ったのだ。
「あのなー」
モルガンが頭を抱えて呆れるが、開いた窓から外を見上げるとキラキラと輝く星々と明るく光る満月が彼女らを見下ろしていた。
ルビアン、お前は今どこにいるんだ? 私はお前を探しにここまで来た。なのに何故、一向にその可愛い顔を見せてくれない?
私はこんなにも――お前を愛おしく想っているのに。
気が狂ってしまうほどお前が好きだ。
「モルガン、どうかした?」
「いや、何でもない」
「さっきから顔赤いけど、もしかしてルビアンの事考えてたの?」
「ちっ、違うっ! 今は任務中だぞっ! 断じてそんな事はありえん!」
「「分かりやすい」」
「もういい、私は今から行くぞ。お前たちは留守番していろ」
モルガンは気を紛らわせるように透明薬を飲み、服以外が全て透明になる。彼女らの目の前には浴衣が浮いている状態にしか見えないモルガンの姿がある。
彼女は透明なまま浴衣を脱ぎ、そのまま外へと飛び出していく。
勝手に引き戸が開いた事に宿の人がびっくりするが、風で開いたのかと思って外を見ると、誰の姿も見えないのに裸足で地面を蹴る音だけがする。
宿の人は気味が悪くなり、慌てて扉を閉めるのだった。
その頃、帝都の宮殿にて――。
皇居であるこの宮殿の最上階の大広間ではカーネリアが皇帝と将軍に謁見していた。
周囲こそ豪華な装飾が施され、引き戸には熟練の絵師が描いた絵がある。これだけ広い部屋であるにもかかわらず、3人のみであるため殺風景極まりない。風通しもよく、大広間の所々に光の魔法が施された提灯がある。
奥の方にいるのはジルコニア皇帝、玻璃石英であり、その手前にいるのがジルコニアの丞相、花崗御影である。
石英はあらゆる宝石が装飾された冠をかぶり、御影は真珠の首飾りを首から下げて、両名ともただならぬ威厳を持っている。
「陛下、拝謁いたします」
「うむ、そこに座るがよい」
「はい」
カーネリアが座った場所にはテーブルがあり、その上には豪華料理がたくさん盛られている。米から作られた透明な酒が入った盃もある。
「そなたはアモルファスの情報を知っていると聞いた。それでこのように我と会う事を許した。して、何か有力な情報を知っておるのか?」
「もちろんです。これは手土産です。お受け取りください」
彼女はアモルファス産のドライ・ジンのボトルを石英に差し出すが、代わりに御影がそれを受け取り自らの近くへと置く。
「悪いが私が飲むまでこれを陛下が飲む事はない」
「そうですか。では花崗殿、一献盃を交わしていただけますか?」
「ああ、アモルファスの情報を話してくれるのであればな」
「ええ、喜んで」
カーネリアが自ら持ってきたボトルを御影から受け取り、それを開けてそれぞれの盃へとドライ・ジンを注いでいき、まずは彼女自らが飲み干す。
「ふぅ――さぁ、あなたもどうぞ」
「ほう、毒は入ってないようだな」
「ええ、陛下のためにお持ちしたものですから」
御影はまだ警戒しているのか、なかなか盃に手を触れようとしない。
カーネリアは石英がその席から動くのをジッと待っていた。ひたすら焦らしてその場から早く立ち去りたいと思わせるために。
もう1人のスパイが宮殿に忍び込んでいる事も知らずに。
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読んでいただきありがとうございます。
玻璃石英(CV:加瀬康之)
花崗御影(CV:大塚芳忠)




