第200話「食堂の雑用係」
エンマリュウとの死闘が終わって1ヵ月、王都の状況は大きく変わった。
レストランカラットが食堂メインの討伐隊として活躍し、一気にSランクパーティへと上り詰めた事で他の討伐隊までもがパーティ単位での兼業を行うのが当たり前になっていった。
ルビアンは回復屋に加え、またしても新たなワークシステムを確立したのだ。
ふと、ルビアンはシャンデリアの輝く天井を見ながら思った。
彼は不覚にもモルガンの顔を思い浮かべた。生きていれば今頃はここへやってきて悪い噂を広めた事を伝えにでもやってきていつものメニューを注文していたんだろうと考えた。
結論から言えば、アルカディアへの依存はない。
そんなものはとっくに消え失せている。ルビアンがモルガンの顔を思い浮かべたのは、戦いが終わって過去を振り返る余裕ができたからだ。
「ガーネ、買い出し行ってくるわ」
「今から?」
「ああ、夕方には戻る。新しくできた畑の方は綺羅と桃と頼に任せておけば良いし、接客はガーネとカーネリアとエメラの3人で足りるだろ」
「なら私も一緒に行こう」
「アンは食堂の警備を頼む。うちの最強メンバーなんだから、頼んだぜ」
「あ、ああ……」
ルビアンはアンの返事を聞くと、行き先も伝えぬまま瞬間移動した。
アンはルビアンと共に買い出しに行きたくてたまらなかったが、それを断られるとは思っていなかったため、最後に見たその後ろ姿を思い浮かべながら哀愁の念を抱いた。
「……」
「一緒に行きたかったのね。その気持ち分かるわ」
「分かるのか?」
「ええ、私も時々一緒に買い出しに行く時は本当に嬉しいもん。でもね、彼にも1人の時間が欲しい時があるの。散歩したいなら散歩したいって言えば良いのに」
「あいつも素直じゃないな」
ガーネはさっきまでルビアンがいたその場所を寂しそうな目で見つめながら言った。
彼女にだけはルビアンの本音が分かっていた。
彼は嘘を吐くのが得意ではない。故にガーネにはルビアンの嘘がすぐに分かる。いや、心の内がすぐに分かると言った方が良いだろうか。それほどにまで強い絆で通じ合っている。
その頃、王都の墓地にて――。
そこには歴代の全滅した討伐隊の墓があり、墓石にはメンバーの名前と生没年が刻まれている。
ルビアンの目の前にはアルカディアの墓石があり、そこには捜索隊が探し当てたモルガンたちの遺骨と共に埋葬されている。彼の目にはモルガンの墓標だけがくっきりと映っている。
「まさかお前の聖剣に助けられるとは思ってなかったよ」
目の前の墓標に声をかけるが、当然返事はなく、ただの独り言になってしまっている。ルビアンはそれを理解しつつも話しかけずにはいられなかった。
「これはエンマリュウを倒した戦利品として俺が貰っておく。悪く思うな」
元々はモルガンの聖剣だったが、何の因果なのか、聖剣がルビアンを適性ある者と認めた今、それは聖剣がルビアンの正式な所有武器となった事を意味している。
これを墓標に置く事で聖剣を返したい気持ちもある。だがルビアンが長年使っていた剣はエンマリュウの攻撃により消滅したため、なおさら聖剣を返す理由がなかった。
「お前に追放された時は本当に悔しくてたまらなかった。でも今はそれで良かったと思ってる。お前らとおんなじ墓なんて死んでも入りたくねえからな。どうやら俺は討伐隊よりも、食堂の雑用係の方が向いてるらしい。でもモンスターが絶対王都に入ってこない保証もねえ。これはその時に使わせてもらう」
ルビアンの心に悔いはなかった。むしろ清々しい様子だ。
今まで思ってはいても言えなかった事を彼は思うがまま赤裸々に語っていく。
「もうここには一生来ねえけど、最後にこれだけ言っておく。お前はアタッカー以外の人間をないがしろにしすぎた。だから負けたんだよ」
ルビアンは吐き捨てるようにそう言うと、そのまま食堂へと戻っていった。
これがルビアンとアルカディアの最後の接点であった。
「あっ、おかえりー。随分早かったみたいだけど、なんにも買ってないのね」
「目当ての商品がなかったんだよ」
「ふーん、じゃあ何で聖剣なんて持ってるのかなー?」
「護身用だ。大した意味じゃねえよ」
「ルビアン、リニューアルオープン記念に集合写真撮ろうよ」
「ああ、良いぜ」
ルビアンがレストランカラットの最後のメンバーとして写真の射程内に入った。
常連に撮ってもらったレストランカラットの集合写真に写るルビアンたちは、曇り1つない満面の笑顔を連ねていたのであった。
俺はこの聖剣を見る度にあいつらを思い出すんだろうな。
それでも良い。いつか子供たちにこの聖剣の思い出を話して、仲間をないがしろにするとロクな死に方しないって事を教えて反面教師にしてもらおう。
忘れたいけど、忘れちゃいけない。
あの経験は……仲間の大切さを知る良い機会になったから――。
ルビアンは人としても回復担当としても大きく成長した。
その頑なな信念は多くの仲間を引きつけ、その優しさは多くの妻に恵まれた。レストランカラットの一員としてのルビアンの活躍は、まだ始まったばかりだ。
エンマリュウとの戦いから10年後、大勢の客で賑わう中、食堂の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは少しばかり老け気味なのが悩みのサーファだった。
「ルビアン、大変だ!」
「どうしたんだよ?」
「あのバハムートがこっちに向かっているそうだ。このままじゃ王都が危ねえぞ」
「また性懲りもなくモンスターが来たか。何度来ても同じだがな」
「ふふっ、アンは相変わらずの自信ね。どうやらあたしたちの出番みたいだ」
「しゃあねえ、久しぶりにやるか」
レストランカラットのメンバーたちは食堂の経営が板についた様子だ。討伐隊としての訓練も怠らず、ルビアンは聖剣の力を応用して回復魔法の効果をさらに上げる事ができるようになっていた。
彼らは得意げな顔で武装し終えると、すっかり成長しきった子供たちに留守を任せ、王都に迫りくるモンスターを討伐しようと外へ飛び出し、全員の手を繋ぐと瞬間移動でその場から消えた。
ガーネとエメラは討伐隊から引退しており、今はルビアンの子供たちが代わりに加入している。
2人は他の子供たちと共に食堂の留守を預かるのだった。
今回で最終回となります。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
最後まで書ききれたのは数多くの応援あってこそです。
初ファンタジーだったので拙い部分も多かったとは思いますが、思ったより評価が高くてびっくりしています。
来月からはハイファンタジーの新作を投稿していく予定ですので、もしよろしければそちらも読んでいただけると嬉しいです。




