第197話「絆で結ばれた人と龍」
ルビアンはゲールを助けようとエンマリュウの方へと向かっていく。
「させるかよっ。おい、ワニ野郎。俺はここだ」
エンマリュウの注意を引こうと挑発する。エンマリュウは今にも口からあの紫色のビームを放つ準備をしており、それでゲールにとどめを刺そうとしていた。
いくら上級ドラゴンでもこれをくらえばただでは済まない。それは誰の目にも明らかだった。
ここにきてアンはゲールを呼んだ事を後悔する。ガーネたちは必死にその瓦礫の下から抜け出そうと何度も試みようとする。
目の前に敵がいるのに助ける事もできない。全ての望みはルビアン1人に託された。
ルビアンは咄嗟の判断でエンマリュウの背中に瞬間移動し、そこに刺さったままの聖剣を抜こうと必死に歯を食いしばって力いっぱい引っ張った。
エンマリュウは背中からくる痛みに頭を上にあげ、空の方向に紫色のビームを放った。
上空の半分以上を埋め尽くしていた雲はあっという間に消し飛び、それがエンマリュウのビーム攻撃の恐ろしさを物語っていた。
「くうっ! このっ! うわっ!」
エンマリュウは背中に乗っているルビアンを振り落とそうと必死だ。
段々とルビアンの握力が弱くなってきたその時――。
不意に横からゲールが現れ、思いっきりエンマリュウの顔にかぶりついた。
そのままエンマリュウを建物の壁にぶつけると、その衝撃で背中に刺さっていた勇者の聖剣がスパッと抜けた。
エンマリュウの背中からは血がドバドバと流れていたが、やがてその傷口が徐々に塞がっていく。そこにゲールが攻撃を仕掛けた途端、エンマリュウがガードの構えになり、その周囲に緑色のヒールシールドが出現する。
「ゲール、攻撃中止だ!」
ルビアンがゲールに呼びかけた。すると、ゲールは命令通りに攻撃を中止した。
ゲールはルビアンをアンに次いで2人目の友として認めたのだ。ルビアンがアンを必死に守ろうとする姿をしっかりと見ていた事や、かつてアルカディアとの戦いによって重傷を負っていた自分を治療してくれた事を覚えており、そこに確かな信頼関係が生まれていた。
「これでも食らえっ!」
ルビアンはそのヒールシールドに向かって回復の魔法をぶつけた。
エンマリュウは回復するどころか全身に大きなダメージを受けている。
これによってルビアンは他の討伐隊たちが描いた手記が正しかった事を証明した。エンマリュウがガードをしている時は回復とダメージの概念が逆転する。攻撃技を受ければ回復し、回復技を受ければダメージに変わるという現象が起きるのだ。
モルガンたちがいくら攻撃しても無傷の状態に戻っていたのはガード中に攻撃していたためである。
全身の傷口が開くと、エンマリュウはルビアンに向かって怒鳴るように雄叫びを上げ、彼に向かって突撃する。
だがそこにまたしてもゲールが襲いかかり、ルビアンへの攻撃を阻止される。
今度はエンマリュウがゲールに襲いかかろうとする。
「お前の弱点はここだっ!」
ルビアンがモルガンから受け継いだ格好となった『勇者の聖剣』をその手にしっかり握ると、それを持ちながらエンマリュウに飛びかかり、頭に攻撃するふりをして腹部に刺した。
エンマリュウに大きなダメージが入る。今までより手ごたえのある攻撃だ。
弱点は『腹部』だったのだ――。
「やっぱりそこか。お前は攻撃を受ける時に背中を丸める癖がある。無敵の防御力を誇っているにもかかわらずだ。それは弱点である腹部への攻撃を防ぐためだ」
ルビアンはエンマリュウを挑発し続け、ゲールに休憩する時間を与えようとしていた。
しかし、その考えもまたお見通しだったのか、エンマリュウはゲールを狙おうとするが、その勇者の聖剣を向けられると、攻撃を中止してしまう。
ルビアンを攻撃しようとすればゲールに、ゲールを攻撃しようとすればルビアンの勇者の聖剣が炸裂するために攻撃を仕掛けられない。行動の先の展開が分かってしまうほどの知性を持っていたが故に初めてエンマリュウが恐怖心を持った。
だがゲールの体力も限界が近づいていた。
ルビアンがエンマリュウに攻撃を仕掛けると、咄嗟にヒールシールドを展開する。
その隙にルビアンは回復の魔法をゲールに対して放った。ゲールの体の傷が癒え、再び威風堂々としたその姿を見せながら2本の強靭な足で立ち上がった。
エンマリュウが身構えてヒールシールドを展開している最中はその場から動く事ができない事をルビアンは知っていた。
思わぬ形でゲールの回復を許してしまったエンマリュウは怒りを露わにする。
再びゲールとエンマリュウとの噛みつき合いが始まるかと思いきや、今度はゲールが太く長い尻尾をエンマリュウの頭にぶつけて攻撃する。噛みつき合いでは噛む力や腕力で勝るエンマリュウが優勢だが、尻尾のリーチの長さではゲールの方が優勢だ。
この思わぬ戦術の切り替えにはエンマリュウもたまらず距離を置いた。
「エンマリュウ、ヒュドラーはもういない。大人しく冥府の祠に戻れ」
ルビアンがエンマリュウに対して説得を試みた。
知恵が働くなら人の言葉も理解できるだろうと思い、これ以上お互いを傷つけたくないという討伐隊らしからぬ平和主義とも受け取れる想いがあった。
彼にとってはこれが最後の賭けだった。
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