第194話「猛威を振るう地獄の番人」
加里はそんなたくましい後ろ姿の翡翠を感心した目で見つめている。
エンマリュウはたくさんの小刀を捌こうと太くした尻尾を使って体を高速回転させる。
そこにカーネリア、アン、エメラの3人がエンマリュウに攻撃を仕掛けた。
「全く、本当にあなたは突撃しか頭にないんだから。やっぱり加里には私がついていないとね」
「翡翠、戻ってきてくれたんやな」
「みんな、さっきはごめんなさい。でももう大丈夫よ。今度はこの力で、みんなを守ってみせるから」
奇しくも戦場に戻ってきた翡翠が覚悟の目で平和のために戦う事を宣言する。
必要に迫られる直前までその力を封印し、戦う事から逃げていたさっきまでの翡翠とはまるで別人だ。エンマリュウの強さを考えれば逃げても不思議ではなく、ルビアンたちにはそんな彼女を責める気は毛頭なかった。
ガーネもすっかり安心しきった様子だ。
「やっと自分に打ち克ったのね」
「ええ、もう迷わない。加里がやられそうになった時、何故だか自然に体が動いた。みんなを殺めていたこの力だけど、これからはみんなを救うために使うわ。そうでなければ、大切な人を守れないから」
「――なら思いっきりその力を使いなさい」
「ええ、分かったわ。加里、綺羅、行くわよ」
「良しっ、ほなうちらも加勢するで」
「やれやれ、決断が遅いっての」
加里、翡翠、綺羅の3人がカーネリアたち3人を援護しようとエンマリュウへと向かっていく。
ルビアンは負傷したメンバーの回復に努め、ガーネは移動系の魔法でメンバーたちのスピードを強化していき、この合わせ技にエンマリュウが徐々に押されていく。
エンマリュウの攻撃は桃が持つ鉄壁の魔法によるシールド、頼が持つ植物の魔法を重ねて使う事で一時的に防ぐ事ができた。植物の魔法にによって他の魔法の効果を強化する事ができるが、攻撃には使えないために頼もサポートに徹するしかなかった。
ここまでくるともはや持久戦だ。10人共その覚悟はできていた。
「くらえっ! 一点突きっ!」
エンマリュウが怯むそぶりを見せた途端、加里は一点突きで攻撃を加えようとする。
「加里、駄目っ!」
翡翠がエンマリュウの目を見るとその企みを感じ取った。怯むそぶりは攻撃を誘い込むための罠であると気づいたのだ。歴戦の将軍としての勘が翡翠にそれを感じ取らせたが、既に加里がその手に引っかかってしまった。
エンマリュウはガードの構えを見せ、その周囲に特殊なバリアが発生する。
そのバリアに加里の一点突きが決まると、エンマリュウの前身の傷が癒えていき、リージェントで出くわした時と変わらない状態にまで回復してしまったのだ。
「き、傷が……」
「かっ、回復したのです!」
「さしずめ、ヒールシールドってとこだな」
「守りながら回復ができるって、んなもん反則やろ!」
「なるほど、どうりでここまで戦ってこられたわけだ」
「感心してる場合ちゃうやろ。桃、また攻撃がくるで」
「分かったのです」
桃と頼が力を合わせ、鉄壁の魔法でできたシールドを植物の魔法で強化したものを出現させた。
すると、エンマリュウは突然雄叫びを上げ、力強さを感じさせるオーラをその身にまとい、口から紫色のビームを勢いよく撃ち出した。
「「「「「うわあああああぁぁぁぁぁっ!」」」」」
その場にいた全員が吹っ飛ばされ、それぞれが建物の壁をぶち抜きながらがれきに埋もれてしまい、全員の全身から血が流れている。
幸いにも植物の魔法によって強化された鉄壁の魔法のおかげで消し炭になる事はなかったが、メンバーの半数以上が瓦礫の山と化した建物に体をぶつけられて気絶し、戦闘不能となってしまった。
痛みをこらえながらゆっくりと立ち上がったのは、ルビアン、ガーネ、アンの3人のみであった。ルビアンは全体回復の魔法で自らとガーネとアンを回復させた。
エンマリュウは気配を隠しきれない3人を探そうとキョロキョロと目を動かしている。
「くそっ! あのビーム攻撃、ヒュドラーの攻撃に匹敵する強さだ」
「私たちじゃ無理よ。せめてこっちにもあれくらい大きな体があれば」
「――ガーネ、今なんつった!?」
「だから、こっちにもあれくらい大きな体があればって思ったのよ」
「! それだ。ガーネ、しばらくここに隠れてばらばらになったみんなの安否確認をしてくれ。アンは俺と一緒に来てくれ」
「一体どうするつもりだ?」
「俺に考えがある。ガーネ、後は頼むぞ」
「分かったわ――ルビアン、愛してるわ」
「俺も愛してるよ。じゃあ行ってくる」
ルビアンはそう告げるとガーネとキスを交わしてからアンの腕を掴み、瞬間移動の魔法でどこかへと消えてしまった。
これで王都内で唯一意識がハッキリしたまま立っているのはガーネのみとなった。
ルビアンとアンが着いたのは縁都の森の中である。
アンは見覚えのある景色に驚き、ルビアンが自分だけを連れて逃げてきた者と一瞬考えがよぎった。
「ルビアン、ここは私の故郷の森じゃないか。まさかみんなを見捨てて逃げたのか!?」
「ちげえよ。さっきガーネが言ってただろ。エンマリュウに対抗するには、あれくらい大きな体が必要なんだよ。人間だけだとこっちが小粒すぎて、ちょっと隙を見せた途端に押し潰されちまう」
「ルビアン、まさかとは思うが――」
「ああ、そのまさかだよ。もうこれ以外に方法はねえんだよ」
「一か八かだが、やってみる価値はあるか。全く、お前の発想には毎度の事ながら驚かされる」
アンがやれやれと思いながらもルビアンの思いつきに賛成する。
ルビアンはもう後には引けないと思い、アンと共に歩いていく。
縁都では多くの王都民やジルコニア難民が避難先として選んでいるものの、あまりに突然の押し寄せであるために縁都民たちには彼らを迎え入れる用意はなく、縁都中が人で溢れかえっていた。
物静かだった縁都はガヤガヤと祭りのように賑わい、一時的な避難場所として提供されていた。もはや手段を選んでいられる状態ではなかった。
ルビアンとアンは縁都の森深くへと進んでいく。
森のそよ風が木々を揺らしながら彼らを歓迎する。
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