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第192話「王都に迫る悪夢」

 レストランカラットは食堂であると共に討伐隊にもなった。


 ルビアン、ガーネ、カーネリア、アン、エメラ、加里、翡翠、綺羅、桃、頼の10人でその日の内に登録を済ませる事となった。


 通常の討伐隊とは異なり、普段は食堂、緊急時のみ討伐隊だ。仕事内容の切り替えが効くパーティとする事で、緊急クエストになるほどのモンスターが出現しない平和な時期が訪れても生きていけるようになっている。これは他でもないルビアンのアイデアだ。


 討伐隊は長らくいくつかの課題を抱えていた。


 モンスターが出現し続けなければ討伐隊に仕事がなく、財源不足になるために度々どこかに副業で駆り出されたり、足を見られて通常よりも安い賃金で働かされる事態が続出していた。


 そのためにメンバー1人1人の働く時期がバラバラとなり、人数が多ければ多いほどまとまりにくくなってしまうために全員参加の討伐ができない事もざらである。


「確かにこれは名案ですね」


 エメラが微笑みながら言った。


「なんかうちの知ってる討伐隊と全然ちゃうなー」

「加里、これからは討伐隊もそうでない人も、複数のスキルを持たないと生きていけない時代なのよ。料理を習っていたのは幸いね」

「緊急時のみってどういう時や?」

「王都にモンスターが迫ってきた時だよ」


 綺羅が一発合格の回答と思いながらドヤ顔で言った。


 すっかりルビアンに懐いている彼としては、少しでもルビアンと仲良くなろうと説教的に会話に参加しようとするが、カーネリアやアンが壁になっているために近づけないのが秘かな悩みであった。


「それもあるけど、食堂が不振になった時も同様に緊急時だから、その時も討伐隊としてクエストを受けに行く場合があるから、戦闘訓練をしておいてくれよ」

「もう1つ回答があったか」

「なかなか合理的やな。じゃあ俺も定期的に訓練しよか」

「その方が良いのです」


 綺羅、桃、頼は食堂の隣にある畑仕事だ。


 特に綺羅の武器を作る魔法でできた農具を使う事で、効率よく作物を採る事ができている。シールドをドリルに変形する桃の魔法で畑を掘ったり、頼の植物魔法で作物の肥料を作ったりと大活躍だ。


 元々は討伐隊の戦闘でしか使えないスキルであったが、それを見事なまでに畑仕事への応用を実現しているのだ。


「つまり食堂の時はガーネがレストランカラットの店長で、討伐隊の時はルビアンがレストランカラットの隊長というわけですね」

「何だかややこしいわね」


 全員が談笑しながら賄い飯を食べている時だった。


 平和そうに笑っていられたのも束の間、そこに慌てた様子のサーファが食堂の扉を叩くように開け、ルビアンの元へと走り寄ってきた。


「たっ、大変だ! エンマリュウが来やがった」

「「「「「!」」」」」


 全員が一斉に驚いた。


 ついにこの時が来たかと思いながらも冷静な様子だ。


「今どこにいるんだ?」

「リージェントだ。港の海はダイヤモンド島への直通便が多く出てるから、その影響でリージェントもエックスポイズンが多いんだよ。今は直通便がねえけど、エンマリュウは船の航路に沿ってここまで来たみてえなんだよ」

「泳げんのか?」

「ああ、泳げるみてえだ。見た目はまるでワニだから、泳げても全然不思議じゃねえ。俺は住民を避難させてくる。生きて帰ってこいよ」

「当たり前だろ。全員戦闘準備だ」


 ルビアンがそう言うと、全員が一斉に返事をした。


 残り少ない賄いを全員が食べ終えると、すぐに食堂を閉めて客を外へ逃がしてからそれぞれが武器を持って外に出た。


 だが翡翠は1人だけ浮かない顔のまま死神の鎌を出せない状態だ。


 それに気づいたルビアンは武装をしながら翡翠に近づいた。


「どうしたんだよ?」

「ルビアン、ずっと言えないままだったけど、私……かつて死神の鎌で大勢を殺してしまってから、そのショックで死神の鎌を出せなくなってしまったの」

「はぁ!? 今そんな事言ってる場合じゃねえだろ!」

「――ごめんなさい」


 翡翠は涙を流しながら店の外へ出てしまった。


「あっ、ちょっと」


 ルビアンも慌てて追いかけると、それにつられるように全員が店の外へ飛び出した。


「ルビアン、翡翠があの様子なら戦闘は無理よ。ここは9人で戦うしかないわ」

「で、でも」

「討伐隊ならあたしたち以外にもいるだろう。そいつらとも組めば翡翠の不在をカバーできる。翡翠、お前は調子が戻るまで子供たちと避難していろ」

「……分かったわ」


 カーネリアは戦場においては甘えを許さない性格だ。


 戦えない者は無力な住民と同じだ。いや、厳密に言えば戦う気がないのだ。翡翠は武器を出せないのではなく、武器を出す気がないだけである事をカーネリアは見抜いていた。


 緊急時のため説得する時間もない。


「翡翠、大丈夫なんか?」


 心配そうな顔で加里が翡翠に寄り添った。


 長年苦楽を共にした2人の絆は家族以上のものとなっている。


 加里も翡翠の気持ちが分からないわけではないが、武器を使わなければ人を守れないのも事実であると認識しているのが翡翠との違いだ。


「私は大丈夫。戦闘ができないだけだから」

「ルビアン、先にみんなとリージェントに向かって。私は移動の魔法で子供たちを避難させるから」

「ああ、分かった。みんな俺に掴まってくれ。リージェントに瞬間移動するぜ」


 ルビアンがそう言うと、ガーネと翡翠以外の全員がルビアンに掴まり、彼らの周りを魔法陣が取り囲みシュパッと消えた。


 食堂のそばにガーネと翡翠だけが佇み、その周囲では多くの住民が避難の準備に入った。


「翡翠、あんたの言いたい事は分かるけど、今は緊急事態よ。力を貸してちょうだい」

「そ、そう言われても、私は怖いんだ。また死神の鎌を持てば、また人を手にかけてしまうのではないかと思うと――どうしても……武器を出す気になれないの」

「確かにあんたの武器は大勢の人を殺した。でもその力を正しく使えば人を守る事もできるわ。これからはその力を人を殺すためじゃなく、人を守るために使うの。10年前の戦争に責任を感じて武器を使わないと言うなら、私たちを絶望へと導いたあの頃のあんたと変わりないわ」

「!」


 翡翠は責められた子供のような顔で涙腺が決壊している。


 ガーネは途端にちょっと言い過ぎたかしらと思いながらも翡翠から目を背けなかった。エンマリュウに勝つには彼女の力が必要であると確信していたからだ。


 今まさしく、翡翠の覚悟が問われようとしていた。

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