第189話「嵐の後の静けさ」
翌日、ダイヤモンド島の爪痕だらけの街を沈黙が支配する中、王都から派遣され上陸したアモルファス軍捜索隊が戦場となったこの街を入念に分析している。
既にこの街でエンマリュウの戦闘があった事は逃げてきた兵士たちによって王都にまで伝わり、王都民たちは次々と避難の準備に追われていた。
「こりゃひでえ。全身がぐちゃぐちゃだ」
「ああ、拳で力いっぱい何度も殴られてる。それも必要以上に。余程の憎しみを持っていたか、なぶり殺しにする目的だろうな」
捜索隊の数人がオニキの死体を見て怖気が走っている。一般の人であればとてもまともには見られないような状態になっていたからだ。
そこら中から兵士たちの死臭が漂い、屈強な隊員たちでさえ無臭の魔法を使わなければその場に居座れないほどであった。
だが明らかに兵士でもない者が一部混ざっている事に捜索隊は驚きを隠せない。
「モンスターがそんな事をいちいち考えるか?」
「でもそう考えていたとしか思えない。それはこの死体から見ても明らかだ。仲間同士で殴り合った痕跡がない以上、モンスターの方を疑うべきだ」
「隊長! こっちに来てくれ!」
「どうした?」
散らばっていた隊員の1人が慌ただしい様子で隊長を呼んだ。
急いで隊長たちが現場へ向かうと、そこには見覚えのある1人の女の死体が倒れている。
既に腐食が始まっているが、その凛々しくスラッとした身軽そうなピンクのロングヘアーを見ただけですぐに1人の人物を思い浮かべた。
「この人――モルガンじゃねえか」
「えっ、モルガンってあの討伐隊の?」
「ああ、間違いねえ。何度か見た事がある。あっちの遺体と同様に酷く損傷してるな。まるでこの2人だけ執拗に狙われていたかのようだ」
「つまり、兵士たちと共闘はしなかった事になるな」
「これが本当なら、アルカディアは最期までエンマリュウと戦い続けた事になる。あっちにいた男も恐らくメンバーの1人だろう。王族親衛隊に報告だ」
1週間後――。
王都の人々はエンマリュウを恐れ、街中にはただ事ではない緊張感が漂っている。
食堂ではダイヤモンド島に現れたエンマリュウの痕跡から、その分析結果をクリソが報告しに来ているところであった。
「恐らく、エンマリュウはヒュドラーと変わらないくらいの強さにまで成長しているわ。軍でも勝てないんですもの。それと、最後にもう1つだけ報告があるわ」
「何だよ?」
不穏な表情を募らせるクリソに対し、心配するようにルビアンが聞いた。
「――ダイヤモンド島でアルカディアが全滅したわ」
「「「「「!」」」」」
一瞬、時が止まったかの如く、食堂の雰囲気が凍りついた。
ルビアンたちだけでなく、食堂に来る常連たちもかつて全盛期を謳歌していた頃のアルカディアを知っていただけに衝撃であった。
アルカディアはエンマリュウの猛攻により全滅し、モルガン、オニキまでもが戦死したとクリソが報告する。
「戦場を分析した捜索隊によると、彼女らはエンポーを使う前に全滅させられたそうよ。そんな時は誰かが時間を稼いでいる間に回復担当がアタッカーたちを回復するのがセオリーだけど、アルカディアが雇った回復担当はルビアンのように全体回復魔法を持っていなかった。そのために回復が間に合わなかったらしいわ」
「エンマリュウの攻撃速度を考えれば、全体回復魔法を持ったメンバーが1人はほしいところだな」
「ルビアンって、確かアルカディアにいたやんな?」
加里がさりげなくルビアンに聞いた。
今となっては数ある思い出の1つに過ぎない。
ルビアンはこの日が来る事を心のどこかで待ち望んでいた。
「アルカディアがドラゴンを倒せたのは、ルビアンがあらゆる状態異常を治す高等回復魔法や全体回復魔法を使えた事で、相手が倒れるまで継続的に戦い続けられたからだ。なのにあいつらはそれに気づきもせず、エンポーの普及と共にルビアンを不要と見なして追放した。その報いが来たんだ」
アンは悲しむ様子もなく淡々と敗因を述べた。
全く同じ事をルビアンは考えている。
もはやモルガンたちに対する憐みの気持ちさえなかった。だが彼女らが戦死した事を聞いてルビアンたちは心がスカッとしたようであった。
「だからあいつらは負けたんだ。ざまあみろってんだ」
「ルビアン、死人に対してそんな言い方ないんじゃないの?」
ガーネがルビアンを咎めるように言った。だが声に全く力がない。ルビアンの言い分も十分すぎるほど理解できるからだ。ガーネもアルカディアの面々によって食堂を何度も潰されかけた事を知っている。だが死体蹴りをするような事はなかった。
「良いんだよ。あいつらがした事を忘れたのか?」
「忘れたわけじゃないけど……」
「……あいつらは今までの罪を死で償ったんだ」
「これでやっと枕を高くして寝られる」
「それはまだ早い。エンマリュウは死んでいない。奴を倒すまでは心安らかではいられない。ガーネ、いざという時は子供たちを頼む」
「ええ、分かったわ」
ルビアンたちはダイヤモンド島にエンマリュウが現れた事で危機感を募らせていた。
彼らはエンマリュウを倒す事よりも住民や子供たちの避難を最優先に考えていた。故にエンマリュウと出会ったとしても、満足な人数での戦闘は見込めないものと考えている。
十分な備えをしながらも時は過ぎゆき、この日も太陽は地平線の向こう側へと沈むのだった。
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