第181話「生け贄の合駒」
第9章の始まりです。
アルカディア視点多めです。
翌日、アルカディアのアジトに1人の役人が来訪する。
それも1人だけではない。10人ものがっちりした体格で灰色のローブを着た役人たちが威圧感溢れるオーラを放ち、役人のリーダー格の男が扉をコンコンと叩く。
たまたま玄関に1番近いところにいたモルガンが扉を開けた。
「……あなた方は?」
「我々は女王陛下の親衛隊です。アルカディアのモルガンさんはいらっしゃいますか?」
「モルガンは私だが、一体何の用だ?」
「モルガン・ベリル殿、女王陛下からのご命令です。アルカディアは今日中に王都から出撃し、エンマリュウを倒すまでは決して帰らぬようとの事です」
「おいおい、まだロクにアイテムも集めてないんだぞ」
モスアが半ば呆れ顔で反論するが、役人たちにとってはただの時間稼ぎでしかない。
彼らが命じられたのはアルカディアへの出撃を催促するばかりではない。もしも彼らが命令を拒絶する場合はその場で逮捕する権限が与えられている事をモルガンは知っていた。
エンマリュウの討伐がかつての仲間殺しの罪を帳消しにする条件だからだ。それが達成できない時点でモルガンたちは罪人に逆戻りとなり、全員が逮捕されればアルカディアはお取り潰しとなる。それは名誉を重んじる討伐隊にとってはこの上ない恥である。
罪は王都民たちにも公開され、これ以上恥の上塗りをするわけにもいかなかったモルガンは一切の反論をするべきではないと思っている。
「命令に逆らう場合は王命違反としてその場で全員逮捕する」
「「「「!」」」」
モルガン以外のメンバー全員が凍りつくようにぞっとするような表情になる。
彼女に限って言えば、そう言われるのが分かっていたからだ。
既にアルカディアのアジトには10人の役人がいつ逮捕する事になっても良いように魔封じの手錠を構えている。
かつて王命により討伐隊が出撃した例はない。出撃はあくまでもギルドにあるクエストの役割であり、宮殿からの討伐依頼も通常はギルドに張り出される事になっているため、出撃を半ば強要するのは異例中の異例だ。
今までにない処遇にメンバーたちは一歩も動けない。
「エンマリュウの討伐に成功した場合は、お前たちアルカディアを再びSランクパーティに戻し、女王陛下がパトロンとなる事を約束するとの事だ。女王陛下はエンマリュウ討伐をお前たちに託しているのだ。光栄に思え」
「何だとてめぇ!」
オニキが一歩前へ出ると、喧嘩を売られたような顔で詰め寄ろうとする。
「待てオニキ、今は従うしかない。分かった。そのようにすると女王陛下に伝えろ」
「では今日中に出撃するように。明日の昼にまたここへ来る。その時にいた場合は問答無用で逮捕するからそのつもりでな。行くぞ」
役人のリーダー格の男がそう告げると、役人たちがぞろぞろと立ち去っていく。
嵐が過ぎ去った後のような雰囲気になると、全員その場に肩を落とした。
「モルガン、これ一体どういう事なの?」
「――みんなには話しておいた方が良いみたいだな」
モルガンはディアマンテとの間に会ったやり取りを全て話した。
過去の罪が全てお見通しであった事、今回のエンマリュウ討伐は司法取引による無罪放免の条件である事だ。
「なにっ! アナテとブルカの件がばれていたのか!?」
「女王陛下は全てを見通されていた。エンマリュウ討伐を私たちに強いているのはその代償だ。女王陛下は我々を殺すおつもりだ」
「……だったらもうそんな奴に従う意味はねえな」
「どういう事だ?」
モルガンと対面する形で目の前の椅子に座っているオニキが言った。
死を命じられた以上、もはや忠義を尽くす意味はないと悟ったのだ。オニキはエンマリュウだけでなくディアマンテに対しても恨みを抱いている。
「だってそうじゃない。あたしたちを殺そうとする女王になんて従う必要なんてないわ。このまま夜逃げしましょ。ジルコニアまで行けば追っ手も来れないはずよ」
今度はスピネが提案をする。モスアもオブシディも彼女の言葉に頷いている。
モルガン以外の全員が女王への忠義をなくし、このまま逃げようと考えている。これはどっちにしても最初にエンマリュウ討伐の強要を企んだアンの思うつぼであり、アルカディアを王都から排除するには十分な策であった。
あえて死に方を選ばせたのはモルガンの病気を知ったアンのせめてもの情けだ。
「ふふふふ、ふはははははっ!」
突然モルガンが壊れたように笑い出した。彼女はもう自らを王都民ではないと思っている。彼女もまた自分たちを見捨てたルビアンを始めとした王都民たちや女王を見限り、彼らに復讐するための策を思いついた。
「どっ! どうしたのモルガン!?」
「これは我々への侮辱だ。もう我慢の限界だ。夜逃げはしない。ルビアンたちや女王に復讐する」
「復讐って――どうするつもりなの?」
「この前エンマリュウを誘い出す方法を試そうとして他の討伐隊に止められただろう。あれをダイヤモンド島でやるんだよ。そしてエンマリュウを王都まで誘導する」
「「「「!」」」」
モルガン以外の全員に怖気が走った。いかにも悪巧みをしていそうな顔から恐ろしい計画案を出されては、既に王都民として詰みかけている他のメンバーたちも断る理由がない。
「確かリージェントにもエックスポイズンの反応があったはずだ。ダイヤモンド島でエンマリュウを呼び出せば、エックスポイズンの反応につられて王都に討ち入りするはずだ」
「お、恐ろしい事を考えるな……」
「そして私たちはエンマリュウが王都を荒らしまわっている内にジルコニアへ逃げる。エンマリュウを討伐するまでは王都へ戻ってはならない。つまりエンマリュウが王都に入れば、私たちはエンマリュウを討伐する義務を失うわけだ。王都に入れなければ討伐ができないからな。そして宮殿が壊滅すれば、私たちを逮捕する余裕さえ失うだろう。その後で私たちはジルコニアに移住し、ジルコニアの討伐隊として再びSランクパーティを目指そうではないか」
「なかなか良い案を思いつくじゃねえか」
「賛成。その案乗ったわ」
「俺もだ。異論はない」
「もちろん俺もだ」
誰もモルガンに反論すらしなかった。スピネたちはエンマリュウと同じくらい王都民たちや女王を憎んでいる。事実上の死刑宣告に忠誠する気すら失ったのだ。
アルカディア最後の危険を伴う作戦がここに始まろうとしていた。
その企みに気づかぬ太陽はいつものように地平線の向こう側へと沈んでいった。
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