第173話「残酷な王命」
モルガンはアルカディアのアジトの前まで辿り着いた。
みんなにどう伝えようかと考えを巡らせながら扉の前で思い悩んでいる。
ドアノブに手をかけるがなかなか開けようとはしない。王命を伝えれば全員が死に至る可能性がある。だが王命に背けば罪人として裁きを受ける事になる。
どちらにせよモルガンたちは王都から離れなければならなくなった。
モルガンが手をかけていた扉が開いた。
「あっ、モルガン、どうしたの?」
きょとんとした様子のスピネがモルガンに尋ねた。
「スピネか。みんなを呼んでくれるか?」
「分かったわ。みんなー、モルガンが帰ってきたわよー!」
スピネが屋内に向かって叫んだ。オニキ、モスア、オブシディの3人が階段から下りてくる。だがオブシディの様子がおかしい。彼は咳き込むようにしながら顔色を悪くしている。
「オブシディ、大丈夫か?」
「問題ない。この頃風邪をひきやすくてな。この前はオニキが風邪をひいていた」
「そうか」
間違いない。魔力の爪には免疫を下げる作用があるんだ。
それを確信したモルガンは事実を知りながら伏せた。自らの体を侵している病魔は魔力の爪による免疫力の低下である事を改めて認識する。近い内に仲間たちも何かしら大病に侵されるだろうとモルガンは心の中で思った。
「みんな聞いてくれ。女王陛下から直々の王命だ」
「今さら何の王命だよ?」
「1週間後、エンマリュウの討伐へ行けとの事だ。そしてエンマリュウを倒すまでは王都へ戻ってはならないそうだ」
「もっ、戻っちゃいけないってどういう事だよ!?」
「女王陛下は我々に最後の機会を与えてくださったのだ。エンマリュウの討伐に成功すれば、アナテとブルカを殺した事は伏せてくれるそうだ」
「おいおい、ただでさえ10人で戦っても勝てるかどうか怪しい相手だってのに、たった5人で倒しに行けってどういう事だよ!? なあ! おい!」
モスアが納得のいかない顔でモルガンに抗議する。
彼はモルガンの両肩を持ち、無表情のまま淡々と物を言う事しかできない彼女を揺さぶりながら必死に話しかけているが、モルガンに聞く耳はない。ずっと忠実に従ってきた相手から死刑とも受け取れる命令を下されたのだ。
仲間を逃がして自分だけ責任を負う事もできるが、彼女はあえて選ばせた。
「無理についてこいとは言わない。だが討伐へ行かないなら王命に背く事になる。一生王都には帰ってこれないだろうな」
「「「「……」」」」
モルガン以外の4人が押し黙った。
今さら自分たちについてきてくれる者もいない。既に王都民たちからの信頼は失墜し、アルカディアのファンは1人もいない状況へと陥っていた。もはや認識すらされず、その存在感は日に日に縮小していく一方であった。
事実上見捨てられた格好となり抜け出す事も許されず、解散しても王命に背いたと見なされれば同様に罰を受けるのは必至だ。
「私は行くぞ。王命のためではない。今までのけじめをつけるためだ」
モルガンが目を尖らせながら言った。
そこには迷いなど一切なく、残り少ない命を最後の戦いにぶつける覚悟ができていた。無様に病気で死ぬくらいなら戦場に散ろうという覚悟だ。もう懲りたのか、勝つ気など全くない。
「なら俺も行くぜ」
「あたしも」
「俺もだ。モルガンだけに行かせられねえよ」
「なら俺も行こう」
全員モルガンについていく事を決意する。
モルガンの指揮官としての能力には疑問を持っていたが、ずっと一緒にいる内に単なる仲間以上のものを感じていた。
それはルビアンにとっての食堂に対する想いと変わりのない純粋な絆であった。
「うっ、ゲホッゲホッ!」
「「「「!」」」」
突然モルガンが激しい咳に襲われる。咄嗟に手で押さえたが物凄い勢いで血が飛び出し、床にも血がポタポタと落ちる始末であった。これはさすがに誤魔化せない。
「なっ、何で血が出てるんだよっ!?」
「――私はもう長くないらしい」
「そんなっ!」
スピネの目からは大粒の涙が流れている。
ずっと慕っていたモルガンがそう遠くない将来いなくなってしまうかもしれないのだ。それは到底スピネにとっては耐えられるものではなかった。
「もう一度ルビアンを誘うか?」
「いや、もう良いんだ。ルビアンから出禁を言い渡された」
「お前の命がかかってんだぞ。悪いがこればかりは譲れねえ。今から食堂に行って、ルビアンにお前の病気を治すように言ってくる」
「待てっ! オニキっ!」
モルガンがオニキの服の袖をしっかりと掴んで離さない。
「スピネ、今だっ! 食堂まで行けっ!」
オニキが叫んだ。自らが囮となり、その間にスピネを食堂へ行かせる算段だ。
「分かったわ。モルガン、今だけはアルカディアのスピネとしてじゃなく、ずっと苦楽を共にしてきた親友として、あなたを全力で救うわ」
「おいっ! スピネっ! やめろっ! やめるんだっ!」
スピネがそう言いながら食堂のある方向へと走り去っていった。モルガンは必死に止めようとするが、オニキによって足止めされている。
治療してもらえる保証はないし、むしろその確率は限りなくゼロに近い事くらい分かっていた。だがどうしても放ってはおけなかった。自分にできる事なら何でもする。全力で靴を舐めるくらいわけもないと思えるほどであった。
ようやく諦めたモルガンはそのままアジトに入り、スピネの無事を切に願うのだった。
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