第172話「贖罪と名誉の王命」
ルビアンは顎に手を当てながら記憶を巡っていく。
クロコダイラントは大きな川の底や湿地帯の地中に住んでいたとされる上級ドラゴンだ。この星が乾燥期に突入した後、水分がないと生きていけなかったために絶滅したんだよな。
ヒュドラーを調べていた時に絶滅した古代種も一緒に図鑑に載ってたんだよなー。
「ですから、エンマリュウの弱点を見つけるまではくれぐれも用心してください」
クリソはそう告げると、途端に討伐隊の者たちがいる所へと降りてくる。
「エンマリュウがどのモンスターで構成されてるか、分かったかもしれないぜ」
ルビアンがその場を去ろうとするクリソに呼びかけると、彼女はその足を止めた。
「それ本当なの?」
「ああ、モルガンの証言とも一致する」
「是非聞かせてもらうわ」
その頃、玉座の間へと戻ったディアマンテはモルガンと2人きりだ。
モルガンが呼び出されたのはエンマリュウの新たな情報を伝える他、唯一戦った経験のある彼女に依頼を伝えるためであった。
ディアマンテは玉座の間の奥にある窓の外から王都の街並みを見下ろしながらモルガンを誘うそぶりを見せた。
王都では多くの人々が買い物や商売を楽しみながらガヤガヤと賑わい、それが国の豊かさを象徴しているように彼女らには見えた。
「見てみろ。この美しい王都の街を――ここを守るにはお前たちの手を借りる必要がある」
「一体どうしろと仰るのですか?」
「もう一度エンマリュウと戦い、その弱点を見つけてくるのだ」
「! 今の戦力でですか?」
「嫌とは言わせぬぞ。妾が何故お前たちを生かしておいたと思っているのだ?」
「……王都の平和のため――ですか?」
「そうだ。お前たちは食堂を倒産の危機へと追いやったばかりか、罪の自白をしようとしたアナテとブルカを殺し、エンマリュウ討伐のクエストを達成できなかった事で、見せしめのように傷を負った結果、多くのパーティに恐怖心を植えつける格好になってしまった」
この責任をどう取るのだと言わんばかりにディアマンテはモルガンを氷結のような目で見つめ罪悪感を煽った。いっそその場で全滅していれば英雄になっていたものを、のこのこと帰ってきてしまった事で名誉に傷がついた事にようやく気づく。
討伐隊は名誉の象徴だ。それが数々の悪行を重ね、殺人までしていた事が世に知れ渡れば、アルカディアどころか討伐隊自体の信用に傷をつける事になりかねない。
討伐隊は貧困者たちにとっては最後の砦だ。
それを嫌がる者が増えれば、餓死する者や犯罪に走る者が出てきてしまいかねない。討伐隊の評判を守る事が王国全土の平和を守る事にも繋がっているのだ。
「面目次第もございません」
「お前たちを司法取引によって無罪に免じてやったのは、もう一度討伐隊としての誇りを取り戻してもらうためだ。1週間後、エンマリュウを探索し討伐せよ。倒すまで戻る事は許さん。よいな?」
「……はい、女王陛下」
モルガンにとっては事実上の死刑宣告だった。
ディアマンテにとってアルカディアは邪魔な存在でしかなかった。
ミッションを達成するのはほぼ不可能である事を知りながら命じたのは、再び生きる機会を与えると共に死をもって討伐隊の名誉を取り戻させるためだ。
エンマリュウを倒せた場合は国家を揺るがす問題を解決したとして、アルカディアは再びSランクパーティへと返り咲く事ができ、討伐を命じたディアマンテの株も上がる。倒せなかった場合は名誉の戦死として討伐隊としての評判を取り戻せるばかりか、ディアマンテが最も嫌う無能な働き者を一斉排除する事ができ、死んでいれば無理な討伐を命じた事もばれずに済む。
どちらに転んでも彼女にとっては特でしかない。
罪を帳消しにしてもらった手前、逆らうわけにもいかず、モルガンはヤキモキしながらアルカディアのアジトへと戻っていく。
「……アン、これでよいのだな?」
「はい、女王陛下」
木造の高級な机の下に隠れていたアンがのっそりと出てきて立ち上がった。
ディアマンテがそっと笑みを浮かべると、それを見たアンも笑顔で返した。
「これでようやくお前たちに今までの借りを返せた。なかなか恐ろしい提案だな。お前だけは敵に回したくないものだ。それにしても、少しばかり残酷すぎやしないか?」
「良いんです。誰もエンマリュウの調査をしたがらないせいで調査が滞っているとクリソが言っていたのですから、モルガンたちに罪を償わせる良い機会かと」
「そうだな。あやつらはいかんせんやりすぎた。ルビアンという司令塔を失ったばかりに、10年ほど前から秩序を乱す行動ばかりであった。帰ってきた後に引退でもしてくれればそれで良かったのだが、あやつらは功績を上げようと王都の近くでエンマリュウを呼ぼうとしていたのだ。その時は近くにいた討伐隊が止めに入ったおかげで事なきを得たが、あれでもう愛想が尽きた」
「擁護のしようがありませんね」
モルガン、そしてアルカディア、お前たちは絶対に許さない。
奴らが食堂を倒産させようとしたせいで、危うく子供を死なせてしまうところだった。
やられた分はきっちりやり返させてもらうぞ。
私たちを貶めようとした罪を、私たちが味わった痛みを、その命をもって償え。
何より私の愛するルビアンを苦しめ続けた。絶対に死んでもらうぞ。
アンはモルガンに対する憎しみを表情には出さなかったものの、心底ではどんな手を使ってでも彼女らを葬りたいと思っている。
食堂はアルカディアによる妨害工作により、子供たちの分の食料を確保しきれず、餓死寸前にまで追いやられた事があった。アンはそれを忘れてはいなかった。ルビアンたちはもう気が済んでいるものの、人一倍仲間想いなアンにとっては死刑でも足りないくらいだ。
使えるものは国王でも使う。アンを止められる者などいなかった。
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