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第168話「数奇な運命」

 ルビアンはテントの外に出ると、何歩か前を歩いてから後ろを振り返った。


 そこに黄色いテントはなかった。ルビアンは幻でも見ていたかのような感覚に陥った。


「――あれは何だったんだ?」


 ルビアンは愛奈の言葉を思い出した。運命から逃げれば世界が絶望に陥る。


 とても信じられなかったが、ルビアンには1つだけ心当たりがある。


「これはこれは、ルビアンではないか」


 いきなり横からルビアンに話しかける声が聞こえた。ルビアンが横を向くと、そこには騎士の鎧を着たチャロが立っている。


 彼は宮殿の親衛隊へと戻り、女王の目として王都の街をパトロールしている。


「チャロかよ。なんか用か?」

「特に用はないが、また会う事があれば礼を申し上げておきたかった」

「俺が何かしたか?」

「エメラ様を助けてくれた事には感謝している。色々と恩があるお方でな。それとこの前は悪い事をしたと思っている。まさかヒュドラーを倒すほどの知略を持った者だとは思わなかった」

「分かりゃ良いんだよ」


 ルビアンはあっさり彼を許した。


 彼にとってはどうでもいい事だ。それよりも優先すべき事はいくらでもある。取るに足らない出来事は早々に決着をつけるに限る。


 だがチャロは去ろうとしない。


「それともう1つ――」

「まだなんかあんのかよ?」

「1週間後の正午、宮殿の玉座の間に来てくれ。女王陛下からの通達だ」


 どの道通達をするために食堂を訪れていたのかとルビアンは思った。


 しかし、女王がルビアンに頼ろうとしているという事は余程の場合の話だ。通常は大臣に頼りながら政務を行うのだが、それをしないというのは大臣が信用できないからではない。大臣でも太刀打ちできない事態だからだ。


 ルビアンを大臣として雇いたいのが女王の本音だ。だがルビアンのように大学を卒業していない者は大臣にはなれないのだ。


 ここにも法律や風習の壁がある事を思い知らされた女王は法律改革をも進めている。


 生まれながらの身分ではなく、能力の優れた者を大臣にしたい。


 それがまかり通らない事を彼女は不憫に思ったが、ルビアンは大臣になる気など全くない。自分を認め受け入れてくれた食堂に恩義を感じ、そこに一生を捧げようと考えている。


「何故女王陛下がお前を呼んでいるのかは知らんが、くれぐれも粗相のないようにな」

「分かってるよ」

「これは私個人の話だが、お前とは一度バルーンバトルで手合わせを願いたいと思っている」

「遠慮しとくよ」


 ルビアンは追い払うように手を振って断った。


 できれば面倒事は避けたい。決闘は喧嘩をするだけでなく交流の証としても行われるものだが、ルビアンにそれほどの社会性は持ち合わせていない。昔であればモルガンがトラブルメーカーであったルビアンの代わりにバルーンバトルを引き受けていた。


 そんな時の記憶がルビアンの脳裏によみがえってくる――。


 昔こそ共に笑い合ったような思い出だが、今では一刻も早く忘れてしまいたい思い出と化している。


 ルビアンは食堂へと戻ると、チャロは再びパトロールへと戻っていく。


 その頃、女王ディアマンテはエンマリュウの話題で大忙しだ。


 エンマリュウがジルコニアの領土へと移ったかと思いきや、今度は段々と帝都へ近づいてくるのが見えると、ジルコニアが大慌てで使者を寄こしてきたのだ。皮肉にもかつて遅れた宣戦布告を伝えるための使者が今度は助けを求めるためにやってきた。


 玉座の間には忙しそうに書類に目を通すディアマンテが座っており、彼女と対面するように使者が立っている。


「そなたと会うのは久しぶりだな」

「アモルファスには色々と借りがあるというのに、お恥ずかしい限りでございます」

「そっちの状況を聞こう。今は誰が政権を握っておるのだ?」

「それが、あの戦争以降、代替わりと共に皇帝陛下の権力が失墜し、丞相が事実上の政権を握る始末でございます。私も陛下の使者というよりも丞相の使者です」

「皇帝の声であるそなたが愚痴を漏らすという事は、余程国が荒れているようだな」


 丞相の使者ではあるものの、忠誠を誓う相手はあくまでも皇帝だ。


 唯一の敵国であるアモルファスに対して情勢を伝えるのは、現丞相に対する皇帝のささやかな抵抗とも受け取れる。


「ですが今は皮肉な事に、エンマリュウが帝都へ近づいて来るや否や、これまでの垣根を越えて陛下と丞相が力を合わせているのです」

「それは良かったではないか」

「良くありません。いずれ権力闘争は再開されるでしょう。ものは相談なのですが、エンマリュウを引き受けてはいただけないでしょうか?」

「それは何故だ?」

「今の我々ではとても太刀打ちできる気がしません。ですがアモルファスには前丞相が復活させたヒュドラーを倒したようで」

「お前たちの要望はよく分かった。さっさと帰れ」

「お、お待ちください――」

「帰れと申したはずだが!」


 ディアマンテが使者を睨みつけながら冷たくも少し大きく力強い声で威嚇するように言った。使者は押し黙ってしまい、慌ててジルコニアへと戻っていく。


 玉座の間は殺風景極まりないままディアマンテが1人で独占している。


 その天井まで響くほどの靴音が彼女の寂しさを表しているようだった。

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