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第160話「元に戻れない者たち」

 モルガンは内心複雑であった。


 あるで自分をあざ笑うかのように食堂の経営が波に乗り、最愛の相手が自分以外の者たちと結ばれ、自分とは対照的な立場となっていた。


 もはや全盛期の面影もなかった。


 そんな現実を前に辛酸を舐めながら、モルガンはゆっくりと口を開いた。


「エンマリュウの弱点が分かったかもしれない」

「教えてくれ」

「私の仲間たちだけでも治療してくれ」

「帰れ」


 即答だった。条件を突きつけるような立場ではないと遠回しに突きつけた。


 かつて自分たちを陥れた張本人と対等な立場で取引などしたくないという意思表示だ。ルビアンにとってアルカディアが受けた損害は今までの報いだ。その報いを帳消しにする事を条件にするなど考えられなかった。


 彼女らの魔力の爪による傷を治す事はせずにエンマリュウを倒すヒントを求める事に躊躇はなかった。


「……分かった。無条件で言おう」

「そうこなくっちゃな」

「私たちがエンマリュウを全体攻撃した時、エンマリュウは防御の態勢に入った。その間は一切の攻撃が効かないんだ。だが私が単騎で頭を攻撃した時は怯んだ」

「つまり頭が弱点って事か?」

「ああ、その可能性が高い。奴は無敵だ。悔しいが倒そうとは思わない方が良い。私が無理だったという事は、ルビアン、お前でも無理だという事だ。だが私は、いつか必ずエンマリュウを倒してみせる!」


 モルガンは実際にエンマリュウと戦い、生き延びた数少ない証人だ。


 だがその後で怒り狂ったエンマリュウがモルガンたちに猛攻を仕掛けた事は恥ずかしくてとても話せなかった。それは討伐隊の名誉にかかわる話だからだ。そのちっぽけな意地が彼女の口を封じた。今さら名誉も何もないと知りながら。


 モルガンが座り慣れたカウンター席から立ち上がり、代金を払って去っていくと、ルビアン、カーネリア、アンの3人がバックヤードへと集まった。


「みんな聞いてたか?」

「ああ、しっかり聞こえた。モルガンは単純な突撃馬鹿だと思っていたが、妙に勘が鋭いところもあるようだ」


 アンがさっきまでのモルガンの様子を分析する。


 既にモルガンの底は知れている。だがモルガンが嘘を吐くとも思えない。彼女はエンマリュウに対してこれでもかというほどの憎しみを持っている。今すぐにでも仇討ちをしたいが、戦力では到底及ばないために手も足も出ない。


 討伐隊にとっては屈辱以外の何物でもない。


 アンは考えた。頭が弱点のモンスターはいくらでもいるし、ほとんどは人間の手で淘汰され、序列を思い知ってきた。だがそんな中でエンマリュウが太古の昔から生き延びてきた理由は不明だ。


「ずっと生き延びられるほどの力があるんなら無敵って事だよな?」

「そうだな。ヒュドラーも邪神の石版を攻撃されない限り無敵だった」

「ならエンマリュウにも心臓となる専用アイテムが――」

「そんなものがあるならとっくに発見されているだろう。ここは専用アイテムがない前提で考えた方が健全だと思うが」

「それもそうだな」

「でも妙だな」

「何がだ?」


 カーネリアがルビアンに尋ねた。


 ルビアンは天井を見ながら集中的に彼女の言葉を思い出し、その中に矛盾を見つけた。


「無敵だっていうなら、わざわざ防御の態勢に入る必要ないよな?」

「言われてみればそうだ。防御の態勢に入るって事は、どこかに弱点があるという証だ」

「なら心臓部とかじゃないか?」

「心臓部ならあいつも試したはずだ。そんな余裕がなかった可能性もあるけど」

「奴が生きている内は、私たちも安心はできないな」


 ルビアンたちがエンマリュウについての議論が白熱している時だった――。


「ちょっとー、今営業中なんだけどー」


 ガーネが開きっぱなしの扉を拳でコンコンと軽く叩く。ルビアンたちが一斉にガーネに気づくと、今まさに財産確保の戦いに明け暮れている事を思い出させた。


「あっ、忘れてた」

「忘れてたじゃないでしょ! 次のお客さんが来たんだから早く来てよねー」


 しょうがないなと言わんばかりのめんどくさそうな声でルビアンを呼んだ。


 キッチンでは翡翠が淡々と調理を続けている。


 隣に誰がいても彼女のやる事は変わらない。戦闘の時や調理の時も彼女の刃物捌きは変わらない。


 同じ刃物でも戦闘と料理とでは役割が全く異なる。戦闘はいかに相手を殺すかだが、料理はいかに相手を喜ばせるかだ。彼女はそれを意識しながら正確かつ迅速に食材を捌いていく。


 それをルビアンが興味深い目でジロジロ横から見つめている。


「どうかしたの?」

「翡翠の調理って、見ていて全然飽きないな」

「そう。私は人を斬るのも食材を切るのも慣れてるから、別に何とも思わないけど」

「さり気なく物騒な事言うなぁ~」

「安心して、私はもう二度と戦わないから」


 あんな辛い思いは……もう二度とごめんだわ。


 その思いは加里も同じだった。加里は遠く離れているはずの場所で同じ空を見上げながら翡翠と全く同じ事を考えていた。


 無益な戦いはしたくない。


 翡翠はかつてスピネを拷問した時を思い出した。作戦こそ自分で考えたが、拷問のための攻撃はアンに押しつける格好となってしまった。自らは武器を持たず、周囲の者たちに武器を持たせ尋問の言葉のみをかけた。


 彼女たちは武器を持つ事が恐ろしくてたまらなった。

気に入っていただければブクマや評価をお願いします。

読んでいただきありがとうございます。

これにて第7章終了です。

次は追放10年目の話になりますのでお楽しみに。

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