第146話「最悪の一手」
国政を揺るがしかねない裏切り者が判明し、宮殿は未曽有の混乱に満ちていた。
エメラは最初から女王ディアマンテの忠実なる臣下だった。わざと派閥を作る事で本当の敵を封じ込める狙いもあったが、敵も本当の狙いはつゆ知らず。
その頃、ジルコニアの樹海にて――。
アルカディアの一行はジルコニア帝都に着くと装備やアイテムを揃え、冥府の祠まで赴いた。モルガンたちはそこでエンマリュウを迎え撃つところであった。しかしなかなかエンマリュウは現れない。
エンマリュウの存在が最初に確認されたのは冥府の祠である。
そこはジルコニア帝都から遥か東にある樹海にある場所であり、そこにはジルコニアの最高峰とも呼ばれる山がポツンと佇んでいる。
隅から隅まで緑に染まり生い茂る森、その上空には山の八合目以降を雲海が覆っている。
晴れてはいるが薄暗く、周囲にはモンスターが多く住んではいるが、その多くは草食で大人しいモンスターか、アルカディアの戦力を察して戦おうとすらしないゴブリンなどの雑魚モンスターばかりである。
その周囲にある町や村は避難勧告が出されており、人っ子1人存在してはいなかった。
「――本当に誰もいないな」
モルガンが唐突に言った。彼女たちがいるのは木でできた建物ばかりの村だ。誰もいないが争いがあった痕跡はなく、荒らされてもいなかったのが彼女には不自然に思えた。
これほど人々を騒がせているモンスターでありながら村には一切手を出しておらず、襲ってきた軍にだけ攻撃を加えた事にも疑問がある。
「ええ、私たちだけね」
「なあモルガン、ずっとここで待っていてもしょうがねえんじゃねえか?」
「奴の移動速度は遅い、それがまだ救いと言える点だ。それにしても、他の上級ドラゴンをも凌ぐ奴だから相当大きいはずなのに、ここまで来ても全く姿を現さないとはな」
「確かクリソがエックスポイズンとかいう毒素でエンマリュウが目覚めたって言ってたけどよ。そのエックスポイズンって、結局何だったんだろうな」
「……分からん」
いくら探してもエンマリュウは現れない。
かつてエンマリュウが暴れた記録はない。あくまでも伝承でその存在が伝わっているのみであり、長きにわたり冥府の祠で眠り続けていた事しか記録には残っていない。
つまりエンマリュウにとって人間は未知の存在、人間からしても有害なのか無害なのかは未だに分からない以上、討伐の対象でしかないというのが人間側の見解だ。
ヒュドラーが出現時に撒いた毒素で活性化したのは人間側の責任である。
だがそんな事はアルカディアのメンバーたちは知らない。
「こうなったら二手に分かれるぞ」
モルガンは策を講じた。この広い樹海の中では、まとまった状態で探してもなかなか見つからない。
そこでモルガンは10人いる仲間を二手に分かれさせ、5人1組でエンマリュウの捜索をし、見つかったらその時点で狼煙を上げ、遠くにいる仲間に位置を伝え集合するという作戦だ。
大人数のパーティでは定石とも言える作戦であり、捜索範囲が広がる事でモンスターを発見できる確率を上げられるが、その分戦力が落ちてしまう弱点もある。
「あたしモルガンと一緒が良い」
「スピネ、これは遠足じゃないんだぞ」
「モルガン、ここは私が二手のもう片方の指揮を担当するわ」
オパルが自ら二手に分かれる内の1人を申し出た。
「じゃあ俺もオパルと一緒に探すよ」
「はいはーい、じゃああたしもオパルにつくわ」
「では私もそうしよう」
「なら俺も行こう。これで決まりだ。良かったな、モルガンと一緒で」
トパー、アマゾナ、クンツ、パイロの4人がオパル側につく事となった。
スピネ、オニキ、オブシディ、モスアの4人はモルガン側につき、早くも二手に分かれて捜索を開始するが、モルガンは気が気でなかった。
相手は今までの上級モンスターをも凌ぐ力を持つ最上級ドラゴン、エンマリュウ。そんな相手にパーティを二手に分けるのが最善とは思わなかったが、捜索時間が長引くほどに仲間が苛立ちを覚えていき、問題行動を起こすようになっていく。
以前であればストレスのみんなにとってのはけ口であったルビアンが全てを受け止めてくれたが、彼はもうここにはいない。
「モルガン、私たちは北東へ行くから、モルガンは北西をお願い」
「分かった。オパル、みんなを頼む」
「ふふっ、何その今生の別れみたいな言い方。縁起でもないわね」
オパルが笑いながら意味深な言葉を投げかけた。
ルビアンがここにいれば二手に分かれる事はない。自分から探しに行くのではなく、ドラゴンの大好物などを探し当て、それを餌として撒いておき、現れたところを攻撃する手法を取っただろう。
だがモルガンはルビアンほどの才覚はない。
ルビアンは攻撃の手段をアイテムや仲間の技に依存しているため、普段はメンバーの中で唯一頭を使う余裕がある。いや、頭を使わなければ生きていけなかったのだ。それが結果的にルビアンの軍才を大きく伸ばす事となったが、その事はルビアン本人も知らない。
「気にしすぎだ。私もエンマリュウを見かけたらすぐに伝える。狼煙玉だ。これを上空に投げれば大きな音と赤い花火が出てくる。頼むぞ」
モルガンはオパルに手の平でモテるくらいの赤く染まった小さな玉を渡した。モルガンも同じものを持っている。
「ええ……任せておいて」
これがモルガンにとってオパルの最期の言葉であり、最期の後ろ姿であった。
モルガン側の面々は歩きながら北東へと離れていくオパルたちを見つめていた。
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