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第136話「強引な作戦」

 その頃、スピネが食堂の悪い噂を広めようと躍起になっていた。


 オパルが作戦を立て、スピネたちが作戦を実行し、彼女ら自身もどこかで聞いた噂と称して噂の発信源がどこにあるのかを隠しながら噂好きの王都民たちに情報を流していく。


 王都民たちは噂話やゴシップが大好きだ。アルカディアはその趣味を利用し、食堂包囲網を築き上げようとしていた。そこには大した意思などなく、ただ食堂を潰すというモルガンの陰謀だけがうずくまっていた。


「それでねー、噂で聞いたんだけどー、レストランカラットが昔食中毒の患者を出しちゃったでしょー。またやらかしたんだってー」


 スピネが通りすがりの中年女性に声をかけられ、しばらく話し込んでいる。そして相手がすっかり話にのめり込んだところで噂を流すのだ。


 最も噂を信じ込みやすい時間帯もオパルが計算済みだ。


 仕事が終わりすっかりヘトヘトになっていて判断力が低下している者や、噂好きで相手の話を信じ込みやすい者を優先的に狙い、噂を流していた。


 噂が連鎖しやすいように何度も何度も同じ言葉を繰り返して――。


「ええーっ! 一体何をやらかしたのー!?」

「それがねー、食堂が原産地を偽ってるっていうの。この前食堂に行った客が料理を食べたらー、味に違和感を感じて原産地と違う味がしたんだってー。だから食堂が原産地を偽ってるってわけ」

「へぇ~、それは興味深いわねー」

「でしょー。前々から思ってたけど、やっぱりあの食堂は何か変よ。売り上げも下がってるみたいだし、原産地を偽らないと回らないみたいね」


 スピネの元に王都民が続々と集まってくる。


 みんなスピネの噂話を利こうと彼女取り囲んだ。その内の数人は灰色のローブをかぶっていて顔が見えない。だが彼女はそんな事は気にせずに意気揚々と噂を流している。


 彼女はモルガンの役に立とうと必死だ。


 モルガンからよくやったぞと言われながら頭を撫でられる光景を想像するだけで今にもよだれが出そうになる。


「だからちゃんとした料理を食べるんだったら、食堂へ行く事はお勧めしないわ」

「それは聞き捨てならないな」

「! ……その声はっ!」


 スピネが慌てて声が聞こえた方向へと顔を向けると、数人いた内の1人が頭にかかったローブを脱ぎ、その正体を現した。


「翡翠、どうしてあなたがっ!?」

「それはこっちの台詞だ。何故こんな真似をする?」

「う、噂をするくらい良いじゃない」

「でもー、1つ気になる事があるのよねー」

「なっ、何よ?」

「その噂って、一体誰から聞いたのかしら。おばちゃん気になっちゃうなー」

「スピネ、答えろ」

「ちっ!」


 スピネが身軽な動きでその場から逃げようとする。


 あっという間に人混みから脱出するが、スピネは地面に仕掛けられた罠に引っ掛かり、足が止まったまま動けなくなってしまう。


「きゃあっ! なっ、何なのよこれはっ!? きゃあああああぁぁぁぁぁっ!」


 スピネが慌てふためきながら地面から流れてくる電撃に苦しみ続ける。


 大衆はこの光景に恐れをなして悲鳴を上げながら散り散りになっていく。


 そしてあっという間にスピネの周囲をジルコニア系の移民たちが取り囲んだ。彼らは全員が加里や翡翠を慕っているジルコニア街に住む仲間たちである。


 そこに翡翠がゆっくりと近づいていく。


「私が包囲殲滅を得意としている事を忘れたのかしら?」


 翡翠は無表情のままスピネに言った。彼女はかつて使っていた戦法を捕縛に応用したのだ。


「粘着の魔法と電撃の魔法を組み合わせたわね」

「よく分かったな。仕掛けたのは私だ」

「アンバー・ベルンシュタイン。どうしてあんたまで――」

「そんな事はどうでもいい。噂の発信源は誰だ?」


 アンが動けなくなっているスピネに近づき胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「ううっ……あんたたち、自分が何やってるのか分かってるの?」

「ああ、そのつもりだ。さっさと言え」

「大勢であたしを取り囲んで脅迫するなんて、この卑怯者っ!」

「どの口が言う!」

「ひいっ!」


 アンが今までに発した事のない怒号でスピネを怯ませた。


 その腹の底から発した叫びは周囲の味方さえ驚かせた。


 彼女は仲間の料理が噂によって評価を下げられる事が心底許せなかった。今にも手にかけてしまいそうなその殺意を必死に押さえつけながら彼女の首を掴んだ。


「きゃあああああぁぁぁぁぁっ!」


 アンは電撃の魔法を腕から流し、スピネが事の真相を吐くまで拷問し続けた。しかし彼女は一向に口を割ろうとはしなかった。モルガンにばれれば追放は必至、モルガンを心底慕っている彼女にとってはモルガンをかばって死ぬ事に抵抗はなかった。


 彼女への仲間意識がスピネの口を封じた。


「もういい。これ以上やったら本当に死ぬぞ」


 見るに見かねた翡翠がアンを制止する。スピネは彼女の強力な電撃の魔法に耐え続け、電撃によって生じた全身の切り傷から血を流す重傷を負っていた。


 アンは事の真相を聞き出す事を断念する。


「モルガンに伝えろ。今度噂を流したら容赦はしないとな」

「わ……分かったわ……」


 スピネが力が抜けたように頭をカクッと下に向けた。


「まさか……死んだのか?」

「いや、気絶してるだけだ。帰るぞ。そいつは捨てておけ」

「やれやれ、ちょっとやりすぎたんじゃねーの」


 さっきからずっと見ていた中年女性が高い声でアンに話しかけた。


「お前がスピネを足止めしてくれたおかげでゆっくりと罠を仕掛けられた。感謝するぞ、サーファ」


 この中年女性の正体は変身薬によって見た目も声も変わったサーファだった。


 通常の変装ではばれてしまう事を警戒してか、確実にばれない方法を用いる必要があった。そこでサーファが最初に見た中年女性に変身した後、翡翠たちと打ち合わせをし、サーファがスピネを呼び止めたのだ。


「なに、気にする事はねえよ。役に立てて何よりだ」

「サーファ……ありがとう」


 翡翠はサーファに向かって心から礼を述べた。サーファは思わず顔を赤らめた。


「でも結局スピネの奴、口を割らなかったな」

「いや、スピネは最後に口を割った。本当にやってないなら分かったとは言わないはずだ。最後の最後で解放されたと思って気が抜けたな。これでアルカディアが噂の発信源であるという確証が持てた。そしてその発信者は……モルガンだ」


 アンは洞察力を活かして犯人を割り出した。おおよそ分かってはいたが、彼女はどうしても証人が欲しかった。


 翡翠はジルコニア系移民を解散させ、アンと共に食堂へと戻っていくのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 従業員の1人がロクに変装もせずにそんなことをすれば益々噂のネタになるんじゃ…… まぁ、名高い討伐隊の主要メンバーの1人が人数の差があったとは言え一般人にやられたなんてアルカディアの連中…
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