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第134話「料理番の決意」

 サーファの実家は牧畜だ。彼はとても広く緑に染まった草原を持っている。


 そこにモータウルスという牛のような四足歩行の体、白と黒の不規則な体毛に鹿のような角が生えたモンスターを数十頭も飼っている。


 モータウルスは大きな図体の割に草食かつ大人しい性格であるため人を襲う事はなく、この世界における牛乳や牛肉などはほとんどがモータウルスから採れたものであり、牛の代名詞でもある。


「はぁ~、翡翠ちゃんのためとはいえ、厄介な仕事を引き受けちまったなー」


 サーファが目の前にいるモータウルスに話しかけた。


 当然話は通じない。モータウルスは彼に構わず目の前の牧草をムシャムシャと食べ続けた。


「お前は良いよな。食ってばっかりで」


 彼は前代未聞の任務を前にため息が尽きなかった。


 数日後――。


 ルビアンたちがいつものように食堂の営業をしていると、そこにモルガンがさり気なく現れた。


 客があまりにも少なくこの時間帯に至っては1人もいなかった。キッチンにはガーネがただ1人壁にもたれながら立ち尽くしており、カーネリア、アン、加里、翡翠の4人はテーブル席でボードゲームを楽しんでいる。


「王手。カーネリア、どこへ逃げても次の金打ちで即詰みだぞ」

「こりゃ参ったなー。駒を取られた途端不利になる」

「チェックメイト。加里、クイーンを守ろうとしすぎてキングの守りが疎かになってるぞ」

「だって取った駒が戻ってこーへんから合駒で防げへんもん」


 何だこの体たらくは? 客がいない時はいつもこんな状態なのか?


 モルガンは客がいない時の食堂を見て唖然とした。落ち込むどころかまるでダメージを受けていない様子に彼女は開いた口が塞がらない。


 そんなモルガンに対し、何しに来たんだと言わんばかりの目でルビアンがジッと見つめた。


「そっ、そんなに見つめたら恥ずかしいだろう」


 モルガンが顔を赤らめ、つい胸に手を当てて鼓動が早くなるのを確認してしまった。それほどにまでルビアンに見つめられるのが嬉しくてたまらないのだ。


「じゃあ無視してやるよ」

「そ、それは勘弁してくれ」

「どっちだよ?」


 まるで昔に戻ったかのようなギクシャクしたやり取りが続く。


 不器用な男の代表格とも言えるルビアンに乙女心など理解できるはずもなく、無自覚のまま息を吸うように傷つく言葉を選んでしまう。


「今日はルビアンが作った料理が食べたいな」

「あいにく俺は料理番じゃないんでね」

「今はみんなボードゲームに集中しているじゃないか。ルビアン、作ってくれ」

「……はぁ~、食ったらさっさと帰れよ」

「ああ、分かった」


 モルガンがルビアンのパーティ追放以来、久しぶりに彼の料理を堪能する。


 この幸せそうな顔にルビアンは両手の手の平を上に向けて呆れ笑いを見せる。だが翡翠は彼女に警戒の目を向けていた。


 最近は特に客の減りが激しい。ここはサーファに調査を依頼するか。


「ルビアン、さっき噂で耳にしたんだが、ここの商品が原産地を偽装しているのは本当か?」

「はぁ!? んなわけねえだろ。分かる人には分かるんだよ」

「そうか、みんながお前の言葉を信じると良いな」


 モルガンは笑いながらルビアンの作ったカレーと平らげた。


 ルビアンは消毒するように素早く皿をキッチンの洗い場へと持って行くと、すぐにそれを鮮度の魔法でピカピカの状態にする。


 今の私は悪い噂によって窮地に立たされた食堂の救世主だ。ルビアンもこんな私を見て惚れ直すに違いない。早く私の所へ来い。お前にここの女たちは似合わない。全ては私の作戦通りに事が進んでいる。


 モルガンは今にも笑いで腹が捩れそうになるのを我慢しながら代金を払い食堂から去って行く。


「ありがとねー……あれっ? 翡翠はどこに行ったの?」


 モルガンを見送ったばかりのガーネが翡翠の不在に気づく。


「翡翠だったら、ちょっと用事を思い出したと言って出て行ったぞ」

「そうなの? うーん、特に用事を頼んだ覚えはないんだけど、どうしちゃったのかしらねー」

「今は料理番とはいえ、あいつも元は軍師だ。この不景気に対して、何か策を講じているんだろう。なに、心配する事はない」


 アンが呑気にも翡翠の心配をさせないようにガーネを諭した。


「そういう事なら別に良いけど。そろそろ起きる時間かなー」


 ガーネはアンに言われるままそれ以上の追究をやめると、そのまま昼寝をし続けている子供たちの様子をうかがいに自室へと戻っていくのだった。


 その頃、翡翠は急いでサーファの元へと向かう。


 間違いない。噂の発信源はアルカディアだ。敵情視察をしている間に敵の悪い噂を広め、敵の気づかぬ内に孤立させていく情報作戦だ。だが証拠がない。使いたくはなかったが、もうあの手段しかない。このままじゃ……私の居場所がなくなる。


 翡翠は内心では思い詰めていた。何事もなかったかのように振る舞う事で噂の発信者をどうしてもつきとめたかった。


「サーファ、時が来たわ」

「んじゃ、さっそく友人の元へ行くか」


 翡翠を待ちながらモータウルスの世話をしていたサーファは他の者に仕事を任せると、翡翠と共に王都の中央へと移動していく。


 所々にいつも来てくれていたはずの常連や、時々食べに来てくれるリピーターといった顔があり、彼らは何やら話をしながら街を歩いている様子だった。


 翡翠とサーファは王都の中央にある占い屋のテントを見つけると、何の迷いもなくそこへ一直線に入っていった。


 食堂とアルカディアの戦いは始まったばかりである。

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