第129話「干される食堂」
食堂は豊穣の聖水のおかげで自前で食材を採れるようにはなった。
だが店の営業停止に加えて人件費や食材費までもが調達できなくなり、彼らの財政は日に日に悪化の一途を辿るばかりであった。
さらには戦争によって壊れた建物を立て直すために定期的に払ってきた復興税までもが重なり、ガーネはルビアンたちに給料を支払えないでいたが、それでもルビアンたちは喜んで働いた――。
1週間後、業務停止命令が解かれるも、食中毒をすっかり信じきっていた王都民たちは食堂に対して不信感さえ持つようになり、常連以外は誰も来なくなっていた。
「結局、アナテとブルカはアルカディアの所業を報告せずか」
「あの2人もアルカディアの一員だ。組織を守るためだろうな」
「そのアナテとブルカが食後に腹痛剤を飲んで食中毒をでっち上げたのが今回の営業停止処分の原因なんだろ?」
事の真相をルビアンから聞かされた綺羅が訪ねた。
「それはそうなんだけどさ、病室に腹痛剤は残ってなかった。多分あの2人が持ち帰ったものをモルガンたちが処分した。そうとしか考えられねえよ」
「ルビアン、アルカディアの凱旋式見たか?」
アクアンがアルカディアの遠征成功を報告する。
「見てねえよ。別にあいつらが何をしようと興味はねえ。でもうちの食堂を潰そうとしているのは確かだ。それだけは何としてでも咎めねえとな」
「そうじゃないよ。今ここを通るから見ていろって」
「やれやれ」
アクアンに誘われるまま、ルビアンは食堂の外から窓越しに王都民たちから歓声と拍手を送られているアルカディアの面々を眺めている。
「「「「「!」」」」」
ルビアンがある異変に気づいた。そこにアナテとブルカの姿はなく、2人の代わりに逮捕されたはずのクンツとパイロがいたのだ。
「何でアナテとブルカじゃなく、クンツとパイロがアルカディアに参加してるんだっ!?」
ルビアンたちは信じられないと言わんばかりの表情をしばらく崩さなかった。
「あの2人は逮捕されたはずじゃなかったの?」
「恐らく司法取引だろう」
アンが冷静な顔で答えた。彼女は彼らの顔を見てすぐに察した。
「何だよその――司法取引って」
「罪を軽減する代わりに事件の解決に協力したり、王国に寄付金を支払ったりする制度だ。アモルファス王国では重度の凶悪犯罪以外の罪を犯した者に対して司法取引を行う場合がある。かつてコリンティアの元メンバーたちの何人かはこの制度の世話になっている」
「知ってるんだな」
「大学で司法を学んだ。あいつらはあの手この手を使い、罪を犯してもすぐに出てくる連中だ。無論、アルカディアの連中もそれを知っているだろうな」
「しかもあの2人はコリンティアの元メンバーの中でも上位に位置する2人だ」
「それにルビアンのお手柄で逮捕されてるから、うちらの事も恨んでるやろうしな」
「奇しくもアルカディアとは利害が一致しているわけね」
まずい事になったな。ただでさえずる賢い連中だってのに、ますますずる賢くなっちまうぞ。
ルビアンの脳裏に危機感が過った。
遠征から戻ってきた今、今度はどのような仕打ちを施してくるか分からない。ルビアンとしてはずっと遠征に行ったまま戻ってきてほしくはなかったが、周囲がアルカディアに熱狂している手前、それを口に出す事はできなかった。
豊穣の聖水によってすぐに作物が採れるようにはなったが、畑から採れる量だけでは全員を養う事はできず、定期的に生活費を捻出する必要があった。
しばらくはアンの貯金から全員分の生活費を賄っていたが、それも度重なる消費によって失いつつあったのだ。
「アン、心苦しいとは思うけど、実家を頼る事はできひんの?」
加里が言いにくそうな顔でアンに尋ねた。
「馬鹿言うな。私はベルンシュタイン家を勘当された身だぞ。今さら頼れるか」
「勘当されたって――どういう事や?」
「私は父から国を統べる者としての才能を買われていた。私は大学を卒業した後、コリンティアで活動しながらゆくゆくはベルンシュタイン家を継ぐはずだった。だが私に嫉妬したお兄様やお姉様に反対され、私は父から家を出るように告げられた」
「そんな……家族やのに」
「家族……だからだ」
アンが下を向き力ない声で答えた。首から下げているベルンシュタイン家のペンダントを見つめながら。
上流階級では家族だからこそ起きる問題である。家督を継げば富も権力も思うままだが、家督を継げるのは親に認められた1人のみだ。
故に最も優れた者が他の家族から反感を買い潰される事は特別珍しい事ではなかった。
「才能を認められていたのに追い出されたって、ちょっと意味が分からへんなー」
「あの時父が私を家から追い出したのは、私の命が危なかったからだ。ブロイド兄さんを含む何人かの兄弟は私に味方してくれたが、結局多数を占める反対派たちには抗えなかった」
「だからブロイドはアンを見た時、引け目を感じてるような顔をしてたわけか」
「まあ、そういう事だ。私の貯金が尽きても助けてはくれないだろう」
「じゃあどないするんやー。このままアンの貯金が尽きたらうちら食っていかれへんでー」
「加里、悪いのはアルカディアでしょ」
「そ、そやったな。アン、ごめんな」
「気にするな――何とかするさ」
アンは後ろを振り返りながら言った。だが何の策も講じる事ができないでいる自分に段々と腹が立ってくる。
クエストで度々仕事を貰うようにはなっていたが、大きな仕事は全てアルカディアに横取りされ、小さなクエストを貰うのが限界であった。
アルカディアのバックに誰かがいるのは分かっていたが、彼らにとってその正体を探るのはまるで雲を掴むような感覚だ。
レストランカラットは徐々に窮地へと追いやられていくのであった。
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