第128話「裏切り者の末路」
王都の宮殿では自らが政権を得ようと次々に陰謀が生まれる。
それは何も今に始まった事ではない。王国民たちの知らぬところで国王派と大臣派という強大な2つの派閥が徐々にその摩擦を強め、それが今、衝突するかどうかの瀬戸際であった。
女王ディアマンテとしては衝突を避けたい、だがエメラたちにとってはやぶさかではない。
「食堂は今どうなっている?」
「まだ潰れる気配すら見せていないわ。食中毒患者が生まれた事によって1週間の営業停止処分を受けたみたいだけど、私が送ったスパイは2人共捕まったわ。使えないわね」
宮殿内で食堂について語りながら横並びで歩いているのはローズとアレクだった。
2人は何としてでも食堂を潰す必要に迫られていた。知らぬ間に国王派となったルビアンの活躍によって国王派の立場が強まり、大臣派の危機に晒されていたからだ。しかも大臣派筆頭であるエメラはルビアンに対して好意的である。このままでは政権どころではない。
ローズはルビアンの食堂を潰し、アレクは玉座を狙っている。
「もはやエメラは頼りにならない。食堂を潰して、ルビアンたちを封じ込めなければ俺たち大臣派の政権になる事はまずないだろう」
「それに加えてアルカディアがさらなる活躍を見せれば、王国民たちも我々大臣派を支持するようになるはずよ。これからは我ら大臣派の時代、女王陛下の統治もこれまでよ。アレク、あなたが政権を取って、この国を生まれ変わらせるのよ」
「ああ、分かっている」
ローズとアレクは一刻も早い政権交代を願い、それぞれの邸宅へと戻っていくのであった。
その頃、アルカディアのアジトにて――。
そこではアナテとブルカがモルガンたちと対面し、モルガンは目を細め、ビクビクしながらも立ち向かおうとする2人を厳しい顔で睨みつけている。
「辞めるとはどういう事だ?」
モルガンが氷のような声で2人に尋ねた。
「だって……こんな事をしないと居られない討伐隊になんて居たくないもん」
「そうだよ。後衛の人たちがどれだけ息の詰まる思いでいるか知ってる?」
「お前たちが後衛なのはアルカディアの中でも特に実力が劣るからだ」
「ルビアンの事もそれが原因で追い出したんでしょ?」
「ああ、そうだ。あいつは回復以外の活躍がないからな」
「私たち、ルビアンの気持ちが今分かった。たとえ追い出されなかったとしても、いつかルビアンの方からアルカディアを辞めていたと思う」
「何だと!?」
モルガンの声のトーンが一気に変わり、それが周囲を震え上がらせる。
アルカディアの面々にとってモルガンは尊敬の対象であると同時に恐怖の対象でもあった。彼女の拘りの強さが時に周囲を委縮させる事もあった。昔こそ明るいモルガンだったが、戦いに明け暮れていくにつれて強さに溺れ、周囲に気遣いをする余裕などなかった。
妥協を許さないその性格がルビアンを苦しめ、それに耐えきれなかったルビアンに呆れ、彼女はルビアンを追い出す事に決めた。
だがハウスキーパーにするつもりがガーネに奪われる格好となった事でルビアンへの依存がますます強まり、もはや目の前の仲間さえ見えていなかった。
「私たち、今からみんながした事を警察に報告する」
「「「「「!」」」」」
周囲がざわめいた。まさか身内から裏切り者が出るとは思わなかったからだ。
「「さようなら――」」
アナテとブルカが同時に後ろを振り返った時だった。
「ああっ!」
「!」
気がついてみれば、モルガンの聖剣が後ろからブルカの体を貫き、ブルカがぐったりとした顔で首をカクンと下に向けている。胸と背中から鮮やかに赤く染まった血が流れ落ち、それがモルガンの聖剣を伝っている。
「ブルカっ! ブルカっ! 起きてよぉ~! ううっ……うっ」
アナテが泣きながら叫んだ。モルガンは聖剣を抜き、ブルカの体がアナテの腕の中へと落ちていく。いくらアナテが揺すって呼びかけてもブルカの体はピクリとも動かない。
「アナテ、アルカディアの掟を忘れたか? 裏切り者は死をもって償うべし」
「そ、それって、それくらいの気持ちで忠義を尽くすって意味じゃなかったの?」
「何を言っている。本気に決まっているだろう」
「アナテ、ブルカ、あなたたちには失望したわ」
オブシディやアマゾナまでもがモルガンに同調し、ブルカの死にはアナテ以外の誰も悲しまなかった。数多くの血の滲むような戦闘はアルカディアから心を奪ったのだ。
「せめてもの情けだ。アナテ、お前もブルカの元へ送ってやる」
モルガンが左腕でアナテの胸ぐらを掴み、聖剣の矛先を彼女の胸に向けた。
「最後に言いたい事はあるか?」
「クッ……そんなんだから……あんたは……ルビアンに振られたのよ――」
聖剣が勢いよくアナテの胸を貫通し、モルガンはまたしても返り血を浴びた。
すぐにアナテの体も動かなくなり、その生命活動を停止する。
アルカディアの面々は誰1人として痛みを感じなかった。殺す事にはもうすっかり慣れてしまっていたからだ。誰も仲間殺しに違和感すら持たない。裏切り者は死を持って償うべしというアルカディアでの常識が見事にまかり通っていた。
アナテとブルカの死に顔は無念に満ちているようだった。ブルカに覆い被さるようにアナテが倒れており、モルガンたちは2人の死体をジッと見つめている。
「――モスア、2人を焼却処分するんだ。この事が外に漏れてはまずい。この腹痛薬も証拠になってしまうから処分しておけ」
「ああ、分かったぜ」
モスアは炎の魔法を得意としている。まるでこの時のために雇ったかのようだ。
2人の死体は直ちに焼却処分され、アナテとブルカの存在は段々と忘れられていった。
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