第124話「歪んだ討伐隊」
翌日、いつものように加里と翡翠が開店前の仕込みを始めている。
クローズと書かれた看板をオープンと書かれた面に裏返そうとルビアンが外に出た。
彼は作物が実っている事を信じ、期待を膨らませながら畑を見た。
「おいっ! 大変だっ!」
「どうしたっ!?」
カーネリアとアンが慌てて外に出た。ガーネ、加里、翡翠もその後を追った。
「「「「「!」」」」」
畑の地獄絵図のような光景に全員が絶句する。
作物が全て焼き尽くされてしまっており、消し炭になった作物が辺りに散らばっている。
「嘘……だよな」
「聖水って、作物を燃やす作用あったっけ?」
「違うわ。これは明らかに人為的なものよ」
「一体誰がこんな事を」
「作物が育つ事を良しとしない連中か、あるいは食堂自体を良しとしない奴の仕業だな」
「これ……どうすんのよ? 作物がないんじゃまた仕入れるしかないわよ」
ガーネが黒ずんでいる作物を見ながら嘆いた。
「はぁ~、またやり直しかよ。カーネリア、ギルドから仕事を貰ってきてくれ」
「分かった」
「アンは作物を台無しにした犯人を特定してくれ」
「了解した」
ルビアンはその日の食材を仕入れに行き、カーネリアはギルドから仕事を貰おうとモンドホテルへと赴く事に。
「おっ、カーネリアか。珍しいな」
「モルダ、募集中の仕事はないか?」
「えっ、確か食堂の接客係だったんじゃねえのか?」
「それだけじゃ足りなくなった」
カーネリアはモルダに今日の事情を説明する。
「それは災難だったなー。でもルビアンたちが無事で良かった」
「何かとっておきの仕事はないか? 遠征でも構わないぞ」
「それなら、こういう仕事はどうだ?」
「……これか」
彼女はどこか不安そうな顔でモルダが持っているクエストの紙を見た。
そのままカーネリアが食堂へ帰ると、バックヤードでは何やらアンが魔法薬を調合している様子。
「何やってるんだ?」
「次は必ず犯人を捕まえる。だから罠を張っておく」
「透明薬で自分を透明にして張り込みをするのか?」
「いや、もっと確実な方法だ。豊穣の聖水を撒いた後の畑に近づいてきた奴を炙り出す」
「ふふっ、それは楽しみだ」
ルビアンが水に浸かっている豊穣の水晶が入っているフラスコ瓶と睨めっこをしている。
豊穣の水晶にはどんな水でも浄化された聖水に変えてしまう力があるものの、水を聖水に変えるのには時間がかかる。その間に犯人の特定と財源の確保を行う事にする予定であった。
しかし、またしても不況の波が食堂を襲った。
食堂が開店してからしばらくの時間が経つ。だが数少ない常連以外は誰1人として来ない。常連たちだけでは採算が取れない事は明白であった。
「おっかしいなー。レストランモンドは高級レストランになって敷居が高くなってるっつーのに、あっちよりも客が少ねえぞ」
「ルビアン、お客さんの前でそんな言い方ないでしょ」
「多分だけどさ、噂のせいだと思うぜ」
「噂って?」
ルビアンが座っているサーファに目をやると、彼は下を向きながら口を開いた。
「最近食堂がジルコニア系移民と手を組んで革命を起こそうとしてるって噂だ」
「はぁ? んなわけねえだろ」
「そんなの嘘だって事くらい分かってるよ。でも移民たちを歓迎していない勢力がいるのも事実だ。そいつらがルビアンを目の敵にしていても不思議じゃねえ」
また噂か、この頃ずっと食堂の良くない噂が広まってるな。
てことは作物を台無しにしやがった奴も、噂を広めている奴も同じだったりしてな。
いずれにせよ。早いとこ犯人の特定を急がねえと。
ルビアンは策を考えながらも食堂を守っていこうと躍起になっていた。
その頃、アルカディアのアジトにて――。
「もう食堂には常連以外全く来てねえみたいだぜ」
「この状態が続けば、食堂もあと1ヵ月で終わりだ。ふふふっ、ようやくルビアンが手に入るんだ。早くあいつを迎える準備をしておかないとな」
「モルガンってば、ルビアンの事になると急に乙女になるんだから」
「オパル、次はどうすれば良いんだ?」
「今頃は宮殿にも噂が広まっているわ。今度は食材を断ってやりましょう。食堂の連中に商品を売った商人が王都から村八分にされて追い出されたという噂を流すのよ」
オパルはモルガンと共に食堂を潰そうと企んでいる。どんな形であれ、彼女がモルガンに貢献できる事を心から喜んでいるのは紛れもない事実だ。
王都ばかりか国中の人気者であるモルガンに取り入ろうと、他の仲間たちも完全にモルガンの言いなりになっている。もはや善も悪もない。ここではモルガンのする事全てが善なのだ。
「やはりお前たちの仕業だったか」
「「「「「!」」」」」
どこからともなく声が聞こえた。
「誰だっ!?」
モルガンが呼びかけると、アジトの扉から何者かが入ってくる。
「「「「「!」」」」」
声の正体はカーネリアだった。モルガンたちは彼女の姿に驚いた。彼女は常に誰かの気配を感じており、その後を追ってみればここに辿り着いたのだ。
「天下のアルカディアが気配を悟られ、そっちからは私の気配に気づかないとは情けない」
「盗み聞きとは随分と趣味が悪いわね」
オパルが威嚇するようにカーネリアに近づきながら文句を言った。
「趣味が悪いだと。お前こそ、アルカディアの参謀でありながらその才能を悪用し、何の罪もないあたしたちを困らせて、罪悪感を持つどころかそれを喜んでいただろっ!」
「何ですって!」
「おいおい、よしてくれよ。そんな証拠がどこにある?」
「さっき食堂の良くない噂を流そうとしていただろう。しっかり聞いていたぞ」
「そんな事したか?」
「いいえ、してないわ。彼女の勝手な妄想よ。これ以上事を荒立てるようなら、こっちは出るとこ出ても良いのよ。分かる?」
オパルはその豊満な胸をカーネリアの胸に押しつけ、ニヤリと笑みを浮かべ忠告する。
何の証拠も突きつけられない事にカーネリアは悔しそうな表情を浮かべた。
「作物を全部焼き尽くしたのもお前たちだな?」
「作物? あなた、何言ってるの?」
「お前たちは必ず報いを受ける時がくる。それを肝に銘じておけ」
「ふふっ、負け惜しみの言葉にしか聞こえないわね。せいぜい残り少ないお飯事の時間を楽しむ事ね」
カーネリアは黙ったままアルカディアのアジトを去っていく。モルガンたちは笑いが止まらなかった。彼女らは強さに驕るあまり、いつしか人の不幸さえ笑うようになっていた。
カーネリアは悔しさのあまり、さっきまでこらえていた涙を道中で流すのだった。
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