第12話「叶わぬ夢」
ルビアンは気になっていた。何故フェンリルが暴れていたのかを。
彼はフェンリルの不審な点を調べるべく、既に爆死しているフェンリルを調べていた。爆発の魔法の影響により、辺りは血塗れになっていた。
「うわあああああん! 怖かったよぉ~!」
「よしよし、もう大丈夫だからねー」
少女は怖さのあまり泣いていた。生まれて初めて、これまでにないほどの危機を感じたのだ。ガーネはしばらく少女と一緒にいる事になった。
「ガーネ、そいつを連れて先に帰ってくれ」
「ルビアンはどうするの?」
「俺はここに残る。悪いけど、俺の荷物も頼む」
「え――ええ。分かった」
ガーネは少女の手を握ると瞬間移動を使い、王都へと戻っていく。
「……ん?」
ルビアンが何かに気づく。フェンリルの額には『黒い珠』がはめ込まれていた。
何だこれ? 宝石か何かか? さっきからずっと気になってたんだよな。でもこいつが死んでからは全く光らなくなってるな。
不審に思ったルビアンがこの黒い珠をもぎ取ると、そのまま宝石店へと瞬間移動で離れていく。
辺りに誰もいなくなり、潮風の音だけがその場所を支配する。すると、灰色のローブをまとった何者かが倒れているフェンリルに歩きながら近づき、その死体を冷たい目で眺めている。
「実験は成功――だが素材が弱すぎたか……」
その者は誰にも聞こえないくらいの声で小さく呟き、ニヤリと不穏な笑みを浮かべるのであった。
「いらっしゃい。おや、珍しいお客さんだな」
「クリス、早速で悪いんだけどよ、調べてほしい物がある」
「調べてほしい物?」
「これだ」
「!」
ルビアンがポケットに入れていた黒い珠をクリスに見せると、普段は冷静な彼女は驚いた表情を見せながらもそれを手に取った。
この宝石店、『ジェムストーン』の店長であるクリスもまた、この状況を不審に思った。ただでさえ珍しい伝説の宝石がこの短期間で複数個もここに届いたのだ。明らかに怪しい。外観は人の手で加工を施された痕跡がある。
彼女は片目が髪で隠れているが、しっかりとその宝石を見通している。
「これ、どこで手に入れたの?」
「さっきフェンリルに襲われてな。そいつをぶっ倒して手に入れた。フェンリルが生きている時はめっちゃ光ってたんだけどさ、倒したら全く光らなくなったんだよ。俺にはまるでこいつがフェンリルを操っていたように見えたからさ、不思議に思って持ってきたんだよ」
「ルビアン、フェンリルの額に埋め込まれてはいなかったか?」
「何で分かるんだよっ!?」
「実はな、この前もこれと全く同じ物をモルガンが持ってきた」
「モルガンが!?」
「ああ、あいつもケルベロスの額からこれをもぎ取ってきた。これはブラッドパールだ」
「! ブラッドパールって、確か伝説の宝石で、モンスターの全能力を上げる代物だろ」
「そうだ。だが同時に本能までむき出しになり狂暴化し、一度憑りつかれると、自らの力では制御不能になる。それで今調べているところだ」
ルビアンは驚き、少しの間沈黙する。
しばらくそこに立ち尽くし、何故こんなものがモンスターの額にはめ込まれているんだと疑問に思いながら悩んだ表情になる。
「――? どうした?」
「いや、何でもない。じゃあわりいけど、そいつも調べてくれないか?」
「ああ、分かった」
「じゃあな――」
彼は瞬間移動でレストランカラットへと戻っていく。何度も瞬間移動を見ているクリスは全く驚かなかった。彼女は不審者を見るような顔でブラッドパールを見つめている。
「それ、大きさ全く一緒じゃない?」
店の奥からもう1人の人物が現れ、クリスに話しかける。
「ああ、全く同じだ。少なくとも、この2つのブラッドパールが同一人物によって加工された物である事は間違いないだろう」
クリスは2つのブラッドパールを天秤に乗せる。すると見事に重さが釣り合い、天秤の両側が最終的に真ん中の高さで止まる。
彼女がブラッドパールに対して持つ不信感は、ますます強まるばかりであった。
その頃、モルガンはルビアンが尋ねてくるのをずっと自分の家の一室で待っていた。
彼女は遠征が終わったばかりであり、しばらく休憩するためにずっと部屋の中に閉じこもっていた。彼女はアルカディアのリーダーでありながら、1人の時間をこよなく愛する孤高の戦士としての側面を持っている。だがそれでも平気でいられたのは昔の話。ルビアンとの出会いが、彼女に寂しさの概念を教えた。
モルガンはそんなルビアンを今か今かと待ちわびていた。
おかしい。来るのがあまりにも遅すぎる。もうそろそろ私を頼ってきても良いはずだが――。
モルガンはルビアンをハウスキーパーとして雇うべくハウスキーパーの枠をあえて1人分雇っていない。彼女はピンク色のロングヘアーを指でいじりながら頼ってきた彼を雇う事を楽しみに待っている。
モルガンは元々平民だったが、デイムの称号を授けられてからは豪華な家に住んでいる。いくつもある部屋の内、モルガンの部屋の隣にはルビアン用の部屋まで用意されている。
ルビアン、何故私を頼ってこない。私はもういつでもお前を受け入れる準備をしているというのに……。
あくまでパーティの一員としてではなく、家族の一員としてだけどな。
「入れ」
扉の向こう側からノックの音が聞こえると、モルガンはやる気のない声でノックに応じた。ガチャッと空いた扉からモルガンの執事が心配そうな顔で入ってくる。
「お嬢様、もう諦めてはいかがかと」
「何を言っているんだ。ルビアンが私を頼りに来るかもしれないんだぞ」
「しかし……1人分のハウスキーパーが足りないままですと、家事が大変ですので――」
「もう少しだけ待ってくれ。そろそろ貯金が尽きる頃だろう。あいつの性格を考えれば、私以外に頼れる人はいないはずだ」
「……かしこまりました」
モルガンの執事が彼女の部屋を去っていく。
彼はルビアンの事を伝えるかどうかで迷っていた。だがそれを伝えればモルガンは驚き悲しむ事が目に見えていたため、知らぬふりをするしかなかった。
モルガンは段々と小さくなる執事の足音を聞きながら外を眺めるのだった。
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